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運命だと思っていた相手は、妹の婚約者でした  作者: Aro Aiura


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蹂躙される聖女、泥棒たちの焦燥

その日、名もなき辺境の村は、突如として押し寄せた大量のグレインフィール伯爵家私兵の軍靴によって、大騒ぎに陥っていた。

馬を降りた父・ロベルトは、高圧的な態度で一人の村人の胸ぐらをつかみ、怒鳴り声をあげる。


「おい! この村の医者はどこだ!」


村人は怯えながらも、怪我人が出たのだろうと勘違いし、素直に診療所の方向を指さした。

その直後、私が患者の診察を行っていた診療所の扉が、無作法に、そして乱暴に蹴り開けられた。


「アリア……!! ようやく見つけたぞ、この家出娘がッ!!」


「お、お父様……!? なぜ、ここに……っ」


目を見開いた瞬間、詰め寄ってきた父の硬い拳が私の頬を容赦なく捉えた。激しい衝撃とともに、私は床へと激しく突き飛ばされる。


「リアに何をするんじゃ!」

「先生から離れろ、この悪党め!」


恩師である老医師や、居合わせた患者たちが、這いつくばる私を庇うように一斉に身を挺してくれた。だが、怒り狂ったロベルトは彼らを冷酷に蹴り飛ばした。


「何をするも何も、そいつは私の娘だ! 私の所有物モノをどう扱おうが、貴様ら泥の平民どもに指図される覚えはない!」


「やめて! 離してください!! 私は5年前に死んだのです、私はあの家には戻りません……っ!」


「リア先生!!」


「うるさい、黙れッ!!」


私の必死の抵抗など、狂気に満ちた父の怒火に油を注ぐだけだった。

髪を掴んで引きずり回され、さらにもう一度、容赦のない拳が私の頭部を直撃する。視界が真っ白に濁り、私はそのまま意識を失った。


「あんた、自分の娘になんてことを……!」

「この村の聖女様をどこへ連れていくつもりだ! この人攫い!!」


村人たちの憎悪に満ちた怒号が響く中、私は家畜のように馬車へと放り込まれ、グレインフィール邸へと連行された。

そして私が診療所に残していた、数年分の未完成の論文や貴重な研究資料は、私が気絶している隙にエリシアとグレイスの手によってすべて強奪され、すでに「才女・エリシアの最新作」として書き換えられていた。



────→────



次に意識を取り戻したとき、私がいたのは、かつて一度も入れたことのなかった屋敷の地下深くにある薄暗い独房の中だった。

あの温かい平穏から、一瞬にしてこの監獄へと叩き落とされた絶望感に、目眩がする。

埃まみれの冷たい床。頬は紫に腫れ上がり、全身が悲鳴を上げているのに、手元には自分を治療するための医療器具など何一つない。そして、目が覚めたと同時に、鉄格子の向こうから父の容赦のない叱責が飛んできた。


「この馬鹿娘が!! どれだけ我が家に泥を塗れば気が済むのだ!」


私はそれから小一時間ほど、身動きの取れない状態で執拗な説教と殴打、蹴りによる暴行を受け続けた。

紫に腫れ上がった腕、蹴り飛ばされて炎症を起こした足。肉体の限界を迎えた私は、それから一週間もの間、40度近い高熱にうなされ、意識の混濁を繰り返した。

だが、驚くべきことに、伯爵は私を殺すつもりはないらしかった。部屋は最低限に掃除され、粗末ながらも栄養のある食事と解熱の薬だけは毎日用意されていた。


熱が少し下がった頃、再び冷酷な足音と共に父がやってきた。

今の私には、もう抵抗する気力も残されていない。張り詰めていた糸が切れ、ただ泥のように横たわっていると、父は苛立たしげに事実を吐き捨てた。


「ヴァルツァー侯爵様との縁談において、お前がいつまでも顔を見せないから、私がどれほど裏で言い訳を取り繕ってきたと思っているんだ! ったく、無能のくせに足まで引っ張りおって!」


父親の言葉を聞きながら、私は熱で浮かされる頭で、冷徹にすべての状況を理解した。

なるほど。父は世間体と侯爵家への畏怖から、私の死亡届を提出していなかったのだ。だが、婚約者候補(双子)の一人であるはずの姉が5年間も一切姿を見せないとなれば、ヴァルツァー侯爵家がグレインフィール伯爵家に「不信感」を抱くのは当然の帰結。


さらに、エリシアの頭脳では新しい論文が書けず、縁談が難航して伯爵家の存続自体が危うくなっていたのだ。だからこそ、私を血眼になって探し出し、ここに連れ戻した。


「いいか、お前にはこれから王城での社交界デビューの場に出席してもらう。そして、妹エリシアの引き立て役として、侯爵家の不信感を払拭し、この縁談を全力で後押しするのだ!」


「……」


「もし失敗してみろ。お前の次の嫁ぎ先は、王都でも悪名高い『加虐趣味を持つ老貴族の後妻』にしてやるからな! 骨の髄まで家のために尽くせ、このクズめが!!」


それだけを怒り狂って言い残し、父は独房を去っていった。


鉄格子の閉まる重い音が響く中、私は腫れ上がった唇の端を吊り上げ、暗闇の中で小さく笑った。


「ふふ……あははっ。いい気味ね……」


あれから5年も経っているというのに、エリシアは未だに婚約者の座を勝ち取れていなかったのだ。私の論文をいくら盗んでも、中身のない張り子の虎だと見抜かれ、侯爵家から蛇蝎のように嫌われている証拠ではないか。



ざまぁみろ、泥棒たち。私を呼び戻さなければいけないほど、あなたたちは追い詰められているのね。



強烈な嘲笑とカタルシスが胸を満たす。

――だが、それと同時に、今の私には彼らに抗うための「武器」も「気力」も、残されてはいなかった。

ここで反抗すれば、村の先生や優しかった村人たちにどんな危害が及ぶか分からない。そして何より、私の肉体はあまりにも傷つき、疲れ果てていた。


「……わかりました。お望み通り、完璧な『無能な引き立て役』を演じて差し上げますわ、()()()


私は暗闇に向かって、感情の消えた声で呟いた。

言われるがままに操られ、妹の踏み台になる道を受け入れる。

けれど、私の瞳の奥に灯った逃亡の望みだけは、この冷たい独房の闇の中でも、決して消え去ることはなかった。

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