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運命だと思っていた相手は、妹の婚約者でした  作者: Aro Aiura


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狂気の再点火、獲物を見つけた蛇

ある日のこと。ヴァルツァー侯爵邸の美しい庭園で、レオンハルトとエリシアは向かい合ってお茶を飲んでいた。


()()()()()()様、本日もお招きいただき光栄ですわ。ふふ、わたくしたちもそろそろ、王都での社交界デビューの時期ですわね」


「そうですね、時が経つのは早いものです」


エリシアがレオンハルトの心を掴めないまま、さらに四年近くの歳月が流れていた。そろそろ15歳になる彼女は、未だに数ある「婚約者候補の一人」という不安定な立場に甘んじている。

レオンハルトの美貌と家柄に惹かれて群がる令嬢は星の数ほどいたが、誰もが彼の持つ難解な医学の専門知識についていけず、脱落していく。それはエリシアも全く同じだった。アリアの遺産(過去の論文)の貯金だけで生きてきた彼女には、レオンハルトと対等に医療を語る知性などひとかけらもない。


「王都でのデビューの夜会、エスコートしてくださるパートナーはもうお決まりかしら? よろしければ、このエリシアがご一緒いたしますわ」


上目遣いで熱烈にアピールするエリシアに対し、レオンハルトは一寸の隙もない完璧な社交辞令の笑顔を返した。


「お誘いは光栄ですが、当日は両親と共に重要な挨拶回りが詰まっておりましてね。我が家にとっても数年ぶりの大々的な社交の場です。お相手をするべき貴族が山のようにおりますので……どうか、ご容赦を」


「そ、そうなのですね……。残念ですが、致し方ありませんわ」


あからさまに不満げに顔を歪めるエリシア。貴族の淑女でありながら、これほど簡単に感情を顔に出してしまう浅はかさに、レオンハルトの瞳の奥はますます冷ややかに凍りついていく。彼の心は相変わらず、エリシアには1ミリも読み解けなかった。


その時、タイミングよく執事からレオンハルトへ、父・アルベルト侯爵からの呼び出しが告げられた。


「申し訳ありません、エリシア嬢。急ぎの執務が入ってしまいましたので、本日の茶会はここまでといたしましょう。わざわざお越しいただき、ありがとうございました」


洗練された所作で一礼し、足早に去っていくレオンハルト。

「今日こそ彼に見初められてきなさい」と両親から口酸っぱく言われていたエリシアは、このまま手ぶらで帰るわけにはいかないと焦り、あろうことか、彼の後をこっそりと追うという貴族令嬢にあるまじき暴挙に出た。


アルベルト侯爵の執務室の前。エリシアは廊下の物陰に身を潜め、微かに開いたドアの隙間から中の様子を盗み聞きした。




「――レオン、見ろ! またとんでもない論文がでてきたぞ!」




部屋の中から響いたのは、現当主アルベルトの興奮に震える声だった。


「これを読んでみろ。現場の患者に使われる薬剤に対し、これでもかと緻密な副作用の検証と、快方に向かうまでの()()()の臨床研究成果が完璧な論理で提示されている。まさか、あんな田舎の辺境領に、これほどの知性が隠れていたとはな……!」


中でヴァルツァー親子は、届けられた一冊の論文を前に、驚嘆の面持ちで目を光らせていた。


「執筆者は……()()という平民の医師らしい。彼女の師である老医師が、弟子の才能を惜しんで我が家へ送りつけてきたのだ。『侯爵様がお認めになるなら、いつでもこの優秀な弟子を侯爵の医療機関へ送り出す用意がある』と、手紙が添えられている」


「すごいですね。患者の細かな症状の変化まで書かれている。ここまでの情報を盛り込めるなんて、彼女はきっと患者からも信頼されている熱心な研究者なのでしょうね」


「ああ。……すぐに彼女を我が家に迎えようではないか」


部屋の中の会話を聞いていたエリシアの脳裏に、凄まじい衝撃が走った。

驚愕に目を見開き、慌てて自らの口を手で押さえる。


(リア……四年間の研究……。間違いない、アリアだわ……!! あいつ、生きていたのね!?)


エリシアの胸の中で、ドロリとした嫉妬と、それを上回る猛烈な「歓喜」が沸き上がった。

行方をくらました5年の間に、アリアは死ぬどころか、現場の医者としてさらなる化け物じみた才女へと大成していたのだ。そして今まさに、その圧倒的な頭脳を引っ提げて、ヴァルツァー侯爵家の中央へと召し上げられようとしている。


このままアリアが侯爵家に囲い込まれれば、自分たちの過去の論文強奪がすべて白日の下に晒され、グレインフィール伯爵家は一瞬で破滅する。

だが――逆に、侯爵家にバレる前にあの「無能な姉」を捕まえ、再び檻に閉じ込めて新しい論文を書かせ続ければ、レオンハルトの心を繋ぎ止め、自分の虚飾の栄光を永遠に維持できる。


(急がないと……! あいつが侯爵家の手に渡る前に、わたくしが捕まえて泥棒に戻してあげなくちゃ……っ!)


「フフ……あははっ!まさに神は私の味方だわっ!!」

興奮で歪んだ笑みを漏らしながら、エリシアは足音を忍ばせてその場を離れた。


すぐさまお抱えの馬車へと飛び乗り、御者に向けて狂ったように叫ぶ。

「馬車を急がせなさい! 今すぐ、我が領地へ戻るのよッ!!」


アリアが静かに築き上げてきた平穏を根こそぎ破壊し、再び監獄へ引きずり戻すため――獲物を見つけた飢えた蛇のように、エリシアは暗い欲望を滾らせて伯爵邸へと突き進むのだった。

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