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運命だと思っていた相手は、妹の婚約者でした  作者: Aro Aiura


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13/30

硝煙の戦場、天才医師の本領

リーヴェル騎士団は、この地の絶対的な統治者である辺境伯の私兵であり、国境一帯の治安を一手に担う最精鋭の精武部隊だった。彼らは定期的に国境付近を果敢に巡回し、国の西部の平和を守り続けている。


その過酷な遠征には元々、私の師である老医師を含め複数のベテラン医師が帯同していたが、ご高齢の師には肉体的な負担が大きすぎると判断され、今やその最前線の任務は、技術を認められた私がすべて引き継ぐことになっていた。


重い医療器具や薬剤の詰まった木箱を手際よく荷馬車へと下ろし、私は甲冑の擦れる音を響かせる騎士たちの傍らへと歩み寄る。


「リア先生、今回もよろしく頼む。あんたが後ろに控えてくれていると思うだけで、俺たちは安心して剣を振るえる」


「恐れ入ります。ですが、なるべく私の出番がないことを祈っていますね」


一人の屈強な騎士に声をかけられ、私は微笑んで応えた。

彼らの瞳には、いつもの訓練とは違う、本物の戦場特有の鋭い緊張感が宿っている。今回は、近くの辺境の村が凶悪な盗賊団に襲われ、国境の深い森にならず者たちが潜伏しているという確実な情報が入っていた。


周囲の空気は肌がヒリつくほど張り詰め、一分の隙もない厳重な警戒態勢が敷かれる。

不慣れな険しい山道を歩き、容赦なく降り注ぐ太陽の元で汗を流しながらも、騎士たちは私を気遣って自然と陣形の内側へと庇ってくれた。命のやり取りへ向かう彼らの精神的な強靭さと、私への絶対的な信頼。伯爵家で「無能」と蔑まれていた私を、この百戦錬磨の男たちは「背中を預けられる立派な仲間」として扱ってくれているのだ。その事実が、私の足に確かな力を与えてくれた。


サポートを受けながら森の深部へと侵入していき、やがて、先頭を歩いていた隊長から、鋭い無言の合図が送られた。

鬱蒼とした木々の奥に、村から略奪した金品を貪り、拉致した女性や子供たちを檻に閉じ込めているならず者の一団を発見したのだ。


いよいよ緊張は最高潮に達し、森の呼吸さえ止まったかのような静寂が広がる。

騎士たちは一言の私語もなく、完璧な連携でならず者たちの周囲を包囲していった。弓兵が正確にターゲットを絞り、弦がギリギリと引き絞られる。息を呑むような緊迫感の中、いよいよその時が訪れた。



「――今だ! 突撃せよッ!!」



若く凛とした隊長の号令とともに、鮮烈な作戦が決行された。


一斉に放たれた矢が確実に敵の急所を貫き、間髪入れずに重装騎士たちが怒涛の勢いで斬り込んでいく。激しい剣の金属音、怒号、そしてならず者たちの悲鳴が木霊する。


「ぐあああっ!」


圧倒的な優勢であっても、狭い森の中での乱戦だ。肉薄した敵の刃を受け、味方にも負傷者が後を絶たない。

私はすぐさま簡易救護所を立ち上げ、前線から運ばれてくる怪我人たちを迎え入れた。


「リア先生、頼む……っ!」

「大丈夫です、致命傷には至っていません。すぐに処置をします!」


衣服を切り裂き、傷口の状態を瞬時に見極める。血飛沫が私の頬を汚したが、脳細胞は恐ろしいほど冷徹に活性化していた。

並の医師ならパニックに陥るような深い裂傷にも、私は眉一つ動かさず、驚異的な手際の良さで消毒を施し、針と糸で正確無比に皮膚を縫合していく。麻酔も不十分な中、豪傑な騎士たちは歯を食いしばってその痛みに耐え、私の腕を一切疑うことなくその身を委ねていた。


「よし、止血しましたが、傷が塞がるまでは安静にしてくださいね。……次の方、お願いします!」


その後、前線の騎士たちは怯むことなく戦い続け、何人かの負傷者を出すも、予定よりも遥かに早い時間で盗賊団は完全に制圧された。囚われていた人々も全員無事に救出され、この日の遠征は見事な大勝利で幕を閉じることとなった。



「今回も素晴らしい手際だった。貴女の医療技術は、いつ見ても感心するほど的確で、美しいな」



血の匂いが残る戦場で、私を労うように声をかけてきた人物がいた。

この部隊の総大将であり、リーヴェル辺境伯家の次期当主――ノア・フェリクス・リーヴェル。

弱冠にして数々の武勲を立てる若き英雄であり、その瞳には高潔な貴族としての強い光が宿っていた。


その気品に満ちた佇まいに当てられ、私はつい、いつもの習性で、無意識のうちにドレスの裾を引くような、完璧に洗練された貴族令嬢の最高敬礼カーテシーをその場に披露してしまった。


「滅相もございません。リーヴェル辺境伯令息様、ならびに勇敢な騎士団の皆様のお役に立てて、心より光栄に存じます」


そのまま、彼が言葉を発するまで美しく頭を下げ続ける。

静寂が流れ――ハッと我に返った時には、すでに遅かった。


「……フフフ、面白いな。顔を上げてください、リア先生」


ノア様は低く、楽しげに笑っていた。その琥珀色に近い鋭い瞳が、私の顔をじっと見つめている。



「まるで、どこぞの大貴族のご令嬢を相手にしているかと思った。貴女は医術だけでなく、その身のこなし、言葉遣いまでもがあまりにも完璧で、素晴らしい」



(あ――――やってしまったわ……!)


内心で冷や汗を流しながらも、私は即座にいつもの「村の医師」の笑顔を貼り直した。


「……ただの見よう見まねですよ。診療所には色々な本がございますし、街の往診の際、遠くから貴族様方の美しいお姿を拝見して、ずっと憧れておりましたの」


「そうなのですか? 僕はてっきり、訳あって身分を隠している、没落した高貴な貴族の令嬢なのかと推測していたのですがね」


遠からず、いや、ほぼ核心を突いたノア様の鋭い洞察力に、私は背筋が凍る思いがした。けれど、それを表に出すほど私は愚かではない。


「まあ、そんなお伽話のようなことが現実にあるはずがございません。私はただの、リアという名の一介の医師でございます」


私はただ、お茶目に微笑んでその場を誤魔化し、それ以上は何も語らなかった。

ノア様はなおも深い興味を湛えた目で私を見つめていたが、やがて「それもそうですね」と優しく微笑み、部隊の撤収命令を下すために去っていった。


一介の村医者であるはずの私の内に眠る、圧倒的な医療知識と、隠しきれない高貴な気品。

この日、私の存在は、ノア・フェリクス・リーヴェルという国の重要人物の心に、決して消えない強烈な楔として打ち込まれたのだった。

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