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運命だと思っていた相手は、妹の婚約者でした  作者: Aro Aiura


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10/23

狂気の隠蔽、虚飾の才女

次の日、私の姿が消えたグレインフィール伯爵邸は、ひっくり返ったような大騒ぎに陥っていた。


「何……? アリアが、姿を消しただと!?」


使用人からの青ざめた報告を聞き、父・ロベルトはすぐさまアリアの部屋へと踏み込んだ。

そこには、両親から買い与えられた豪華なドレスや装飾品が、すべて手つかずのまま残されていた。まるで「この家に未練などひとかけらもない」と突きつけるように。

そして、冷え切った机の上に、ぽつんと一枚の書状が残されていた。


それは手紙ではなく――精緻な医学的書式で整えられた、私自身の()()()()()だった。


────→────


親愛なるグレインフィール伯爵夫妻へ


私は誓って自分の実績を偽ったことなどありません。

しかし、お二人は私の言葉を一度も信じてはくれませんでした。


侯爵家に嫁ぐ資質のない姉など、完璧なグレインフィール家にはもはや不要でしょう。

皆様の手を煩わせないように、自ら消えようと思います。


つきましては、本日付で死亡したものとして処理してください。医師であるグレイス・マクシミル先生の署名があれば、死亡診断書を発行できるかと思いますので、雛形は私が作成しております。事故死したとなれば、侯爵家でも角が立たないかと存じます。


どうか、お元気で。


────→────


「ふ、ふざけたことを……! 医療界を牛耳るヴァルツァー侯爵家に、娘が死んだなどと報告できるわけがないだろう!」


怒りで顔を真っ赤に染めた父は、私が完璧に書き上げた死亡診断書を、狂ったようにズタズタに引き裂いた。


「あの大人しくて、真面目なアリアが、まさかこんな……っ」


母・マルティナも、信じられないというように唇をガタガタと震わせていた。


「何を突っ立っている! すぐに私兵を出してアリアを捜索しろ! 見つけ次第、首に縄をつけてでも引きずり戻してくるんだ!!」


激昂する父の怒号が響き渡る。

その様子を、額から滝のような冷や汗を流して見つめている家庭教師のグレイスとは対照的に、10歳のエリシアは「ついに邪魔者が消えた」とばかりに、その美しい口元に勝ち誇った笑みを浮かべ、優雅な足取りで父親に歩み寄った。


「お父様……家を飛び出すような、出来損ないの卑怯な姉のことなど、もう放っておけばよろしいではありませんか? あのような泥棒、我が家の恥ですわ。これからは、完璧なこのエリシアだけを見てくだされば――」


「エリシア!!」


だが、父親の怒りが頂点に達している最中にそれを口にしたのは、エリシアにとって最大の誤算だった。

地を這うような凄まじい声で遮られ、ロベルトの血走った眼光がエリシアを真っ向から睨みつける。


「……確認だが、アリアのあの手紙に書かれていたことはすべて、あいつの醜い嫉妬の嘘だな? あの画期的な薬草論文は、間違いなくお前が書いたのだな!?」


「っ……!」


さすがの網の目を潜り抜けてきたエリシアも、その狂気に満ちた眼圧に、ほんの一瞬だけ身体を強張らせた。

だが、ここで引けば待っているのは地下の独房だ。10歳の淑女は、即座に完璧な「無辜の被害者」の仮面を貼り直した。


「ま、間違いありませんわ、お父様。わたくしを疑うのですか? 悲しいですわ……。こうして、ヴァルツァー侯爵家お抱えの高潔なグレイス先生も、わたくしの才能を認めてくださっていますのに……」


エリシアの冷ややかな視線が、部屋の隅で顔を青くしているグレイスへと向く。

矛先を向けられたグレイスの背中に、恐ろしい戦慄が走った。

(ここで真実を話せば、私はアリア嬢の才能を妬んで幼い子供と結託し、論文を盗んだ希代の詐欺師として失脚する……!)

すでに私の論文を自分の名義で侯爵家に提出してしまっている以上、グレイスにもう退路はなかった。


「は、はは、はい……っ! ロベルト伯爵、私が命に代えて証言いたします……! あの見事な論文は……間違いなく、エリシア嬢のこれまでの努力の成果です。アリア嬢は……妹君の才能に嫉妬するあまり、心を病んであのような虚言の手紙を残したのでしょう……!」


恐怖に声が震えていた。だが、恩義に盲目となっているロベルトにとって、その震えは「教え子の失踪に対する動揺」にしか見えなかった。


「……そうか。何度も不躾な確認をして申し訳ありません、グレイス先生。やはり、あいつがすべて仕組んだことだったのだな」


ロベルトの瞳からエリシアへの疑念が消え、再びどす黒い「憎悪」へと変わった。

両親の怒りと軽蔑の矛先は、完全に、たった一人で逃亡した私へと向けられた。


「実の妹の功績を盗んだだけでは飽き足らず、叶わぬと知るや家を捨てて逃げ出すとは……。どこまで無能で、卑怯で、浅ましい娘なんだ……!」


「本当にね、お前。あんな気味の悪い子、最初から産まなければよかったわ。エリシアの足を引っ張ることしかしないのだから」


両親の冷酷な言葉を聞きながら、エリシアは前髪の隙間から、引き裂かれた死亡診断書の破片を見つめ、心の中で愉悦に震えていた。


(アリア、あなたの負けよ。あなたの居場所は、もうこの世界のどこにもないわ)


こうしてグレインフィール伯爵家において、私は妹の才能を妬み、嘘を吐いて逃亡した、無能で卑怯な大罪人として完全に定義されていった。

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