9話 獅子族襲来
「――獅子族の暴走を止めていただきたいのです」
「獅子族、ねぇ」
カティとかカンみたいな猫族とは違い、獅子族は戦闘に特化した種族だ。個体差はあれど、基本的に気性が荒い。
ゴブリン程度では太刀打ちが出来ないのは当然。基本スペックが違いすぎるからね。変な話、単騎ですらゴブリンの村を壊滅させられる。
両者にはそれほどの差がある。
「はい。ベルゼビュート様亡き後、彼らは獅子族は勢力を拡大させようとしております。どういう理由かは分かりませんが……」
ふーん。ゴブリンはそれに反対しているから、敵対しちゃったのね。
「しかし! それはベルゼビュート様のご意志に反します。魔族同士で争い奪い合う……またあの時代に戻ろうとしているのです」
そっか、ゴブリン達みたいな弱小種はベルのお陰で平和を手に入れたんだ。そりゃ嫌だよね。彼らに力がないから、選択肢なんて無いもの。
村長はさらに続けた。
「我らゴブリンは良いのです。力もなく知恵も乏しい。未だ生きているのが奇跡なほど、矮小な存在ですゆえ……」
「ん? じゃあ別にこのままでいいんじゃないの?」
私は構わないけど、村長としてそれはどうなんだろう。
「エイラ様、私はベルゼビュート様が統治していた魔族が大好きでした。明日の友を、明日の我が子を心配せずとも良い世界……これほど美しいものはありませぬ。ベルゼビュート様のご意志が消えてしまう事がなによりも悲しく、耐えられないのです」
ベルの意志か。私なんて顔すら知られていないのに、ベルはゴブリンにまで崇拝されているんだね。
たかがゴブリンとはいえ、直接話すら出来なかったはずの相手にここまで言わせるなんて凄いよ。
「どうか、側近であるエイラ様のお言葉で獅子族の目を覚ましてやって欲しいのです。その為ならこの命惜しくはありませんッ!!」
突然立ち上がった村長は、どこからともなくボロっちい短剣を取り出し切っ先を腹に当てた。
なんて言うか本当にゴブリンか疑うほど気概があるなぁ。ゴブリンってもっとこう、ね? うん。
「はいはい、とりあえずそれしまってね。命なんて貰ったって仕方ないよ」
「し、しかし……!」
問答無用で私は魔法で短剣を奪い取る。ここで死なれても困るし、私がやったみたいに思われるのも嫌だ。
面倒ではあるけど、対話くらいなら引き受けてもいい。だってこんなにもベルを慕ってくれてる。私はそれがたまらなく嬉しかった。
ねぇベル、こんな所にあなたがいたなんてちっとも思わなかったよ。
自分でも馬鹿だなぁって思うんだけど、なんだかね、ベルに面倒事を頼まれてるみたいでちょっとだけ嬉しいの。
「でも村長、仮に一時的に言う事を聞いてくれても、私がいなくなった後も同じとは限らないよ」
「エイラ様、我らはあなたに忠誠を誓います。あの美しい世界の為なら、この命――」
「もういいってそれ」
二度目を早々にやられると最早ただの安っぽい演出だ。
「まぁ私も色んな魔族に用があるから、一旦引き受けてあげるよ。ああでも忠誠とかは面倒だからいいや。今まで通り好きに生きてよ」
そう、私は結局魔族に会わなくちゃいけない。暴走した獅子族だろうがなんだろうが、会えるなら目的には近付いている。
私に利がない訳じゃない。だから引き受けてあげようかな。
村長曰く、なんともタイミングの良いことに恐らく今夜辺りにも獅子族は襲ってくるみたいだ。
言葉でダメだった場合、全面戦争になる可能性もある。
残念だけど、その場合ゴブリン達は何も出来ずに死んでしまうだろう。個体の戦力差がありすぎるからね。
時間的にも技術的にも、侵入を阻む壁とかは無理だし防具を揃えたとて彼らの爪や牙は止められない。
……あれ? なんかゴブリン達の命運私にかかってる?
うーん、半分勢いで了承してしまったけど、まずかったかな。
ともかくこの村のゴブリンはホブゴブリン合わせて百くらい。相手は聞いてる感じ、数はそこまで多くない。けど……勢力拡大と言うくらいだから、大物がいても不思議じゃない。
さすがに族長……あの化け物がくる事はないと思うけれど、多分そこそこ強いのがくるはず。
獅子族は基本的に強さに重きを置いている戦闘種族だ。ベルが馬鹿みたいに強かったから大人しく言う事を聞いてくれたけど……今回はどうだろうなぁ。
なんて考えているうちに日が暮れてしまった。
「えーと、私はベル……魔王の側近だったエイラという者だ。この村の事情は村長から聞いた。一応獅子族とは話してみるけど、あんまり期待しないでね」
ゴブリン達を集めそう言うと、頷きながらも皆目を輝かせている。絶対過度な期待してるよこの子達。
特に村長、既にことが治まったみたいな顔やめて欲しい。治まるどころか、始まってすらないのにさ。
きっとゴブリン達は、魔王の側近という言葉に期待を膨らませているのかな。権力なんかこれっぽっちもないんだけど、それは言わなくてもいいだろう。
「うおおおエイラ様ぁぁ!」
「救世主様!!」
「女神様!!」
「エイラ様!!」
あーやだやだ、小っ恥ずかしいよぉ。大声で連呼すんなよぉ。
止むことのないエイラコールが空気を揺らす中、とてつもない大きな魔力を感じた。
「はぁ、呑気に話も出来ないのね」
まだ距離があるとはいえ、明らかに私に存在を知らせている。
誰だろうか。何となく知っているような気もするけど、獅子族とはしばらく会ってないからよくわかんない。
……それにしても随分速いな。
こちらに向かってくる速度も、タイミングも。
「来るよ……防御陣形、急いで」
「は、はい!」
肌を刺すようなオーラ……参ったな、そこそこの手練が混じってる。
まだ少し距離はあるみたいだから探りを入れてみようか。
索敵魔法を展開。
「へぇ……本当に暴走って言葉がぴったりだね」
探知に引っかかった数はおよそ二十。とてもこの規模のゴブリンに向ける数じゃない。
この村を拠点に黒の森侵攻の足掛かりにするつもりなのかな。
と、ここで視界に違和感を覚える。
「……君は何をしてるの?」
大半のゴブリンは後方にて防御陣形を構えている。しかし、私の隣に一人、ボロ槍を構えた子がいる。
「お、俺たちの村っす! 全部エイラ様に丸投げなんて出来ないっすよ!」
最初の子か。名前はなんだっけ、ゴブ吉とかそんなんだった気がする。
「そう、死にたいなら好きにすればいいよ。でも一つだけ言う事を聞いて」
「な、なんっすか」
「先に手を出さないでね。そうしたら私がここにいる意味がなくなるから」
「は、はいっす!」
よく見ればゴブ吉の身体には無数の傷跡がある。それなりに戦ってきたのだろう。とはいえ、所詮はゴブリンなので戦力として全く期待できない。むしろ居ない方がマシまである。
そう言えば、少し気になる事がある。ゴブ吉以外のゴブリンにも傷跡があったり、裂傷があったけど、それはどうしてだろう。多分獅子族から受けたものだけど……
獅子族との戦力差は絶大。ゴブリンなんて殺さない方が彼らには難しいはずだ。
村長曰く、何度か襲撃を受けているらしいけど、未だ死者はいないとの事。
単純に降伏を待ってるだけ? いや、それも変だ。少し殺した方が言う事を聞きやすいし、気性の荒い獅子族が敵対勢力に容赦するとも思えない。
他にも幾つか気になる点はある。
この違和感はなんだろう。
「まさか、獅子族は」
「――おいおい、やたらでけぇ魔力を感じたから急いでみりゃァ……とんだ大物がいやがる」
どうやら時間切れみたいだ。
それよりも、随分面倒なのが来たなぁ。これじゃあ穏便な解決は望み薄かもしれない。
「なァ? クソの役にも立たねぇ側近のエイラ様よォ」
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