8話 ゴブリン村
「敵襲ー! 勇者が攻めてきたっす〜!」
ゴブリン君は私から逃げながら、とんでもない誤報を叫び始めた。
どういう観点から私が勇者になったんだろう……それに、ベルを殺した奴なんかと間違われるのは正直腹立たしい。このクソバカゴブリンめ。
追いかけているうちに村が見えてきた。ならもう案内役でもあるこのゴブリン君に、少しお仕置をしたっていいだろう。
とはいえゴブリン族は鬼人種の中では最弱。もっと言えば魔族の中でも最弱に近い脆弱な種だ。
ダークエルフの私が加減を間違えると殺しかねない。
そーっと、そーっとだ。ちょっと頑丈になったくろすけだと思うくらいでいいのかもしれない。
本当にそれくらい脆い生き物だから。
「こら、人聞きの悪い事を言うんじゃない」
私は杖を振り、小さな魔力弾を飛ばす。勿論中身はスッカスカ。これならゴブリンといえど、当たっても怪我はしないはず。多分。
スカスカ魔力弾は放たれると、ゴブリン君の後頭部に着弾。彼は「ぐえっ」とカエルが潰された時のような汚い声を上げ、前につんのめり、顔面から地面にダイブ。
「あっ……ちょ、ちょっと強かったかな……はは」
見ると、ゴブリン君はピクリとも動かない。しかし、呼吸はしているようで気を失っているだけだった。
良かった死んでない。あとはこの子を引きずって村に……なんて思っていたけれど、どうやらその手間は省けたようだ。
「おい、そいつを離せ! 全員構えろ!」
ゴブリン君の声を聞いてすぐに仲間が駆けつけてきた。勿論武装している。
ゴブリンだけではなく、ホブゴブリンもいる。村としてはそこそこの規模みたいだ。
「いやあの、私、敵じゃないんだけど」
なんて言っても聞き入れられる訳もない。
まずいなぁ。この数相手に攻められると殺さない方が手間だ。んー……でも最低限こちらからは仕掛けないようにしよう。そしたら最悪、殺してしまってもなんとか正当性は示せるはずだしね。
立場はそれなりでも知名度が低いのも考えものだなぁ。
「はぁ、とりあえずこの子返すよ」
浮遊魔法でぷかぷかと浮かばせながらあちらに運ぶと、ゴブリン達は心配そうに囲い、彼の呼吸を確認し始める。
「ご、ゴブ吉!」
「殺してないよ、気を失ってるだけ」
見る限り、警戒は解かれていない。武器を向けている個体もまだまだいる。
「な、何をした!」
「何って、誤解を解こうと思ったら気絶させちゃっただけだよ。ていうかそれ下げてくれる?」
いつまでも刃を向けられているのはあまり心地いいものではない。
しかし、はいそうですかと言う訳にもいかず、ゴブリン達はどよめきながら半信半疑な様子。
実際、必死なゴブリン達には申し訳ないけれど、例え彼らが万の軍勢を率いても特に問題にならない。だって弱いもの。
「下げないの?」
「グッ……! 皆の者、け、警戒しろ!」
ほんの少しだけ魔力を解放。怯みはするけど戦意喪失させるにはまだ足りないかな。寧ろ中途半端過ぎて逆効果かも。
「もう一度だけ警告するね。武器、下げてくれる?」
全開はやり過ぎな気がして、とりあえず半分くらい魔力を解放させた。
魔力を解放させると、木々は騒めき、鳥達は鳴きながら一斉に避難を始めた。濃密な魔力は私の周りを渦巻き、可視化出来るほどだ。
ここまでする必要は全くないけれど差を見せないとわからなそうだったから。
「あぐっ」
「うわああ」
解放の余波を受け、ゴブリン達はゴロゴロと転がっていく。ただ一人まだそこにいるのは、先程気絶させてしまった子だけ。
濃い魔力を受けて目を覚ましたのか、キョロキョロと当たりを見回し、状況確認をしている。
「な、何が起きて……うっ、す、凄い魔力っす」
「……君、平気なの?」
凄いなこの子。きっと生まれつき魔力耐性が高いんだ。とはいえ、半分解放したのにゴブリン程度が耐えるなんて……一応、族長クラスでも警戒するレベルなのになぁ。
「へ、平気じゃないっすよ! 今にも吹き飛ばされそうっす! って勇者!?」
このクソバカゴブリンめ。いつまで勘違いしてるんだ。
「だから違うってば。私、一応ベルの……魔王の側近だったんだけど」
そう言って解放していた魔力を戻した。格の違いは理解したろうし、この子はクソバカだけど多分会話ができる。
「魔王様の側、近……?」
嘘くさぁ、見たいな顔で見てくるけど魔力弾の威力もっと強くすればよかったかな。
「うん、勇者なんかと一緒にしないでよ。私ダークエルフだし、ベルに頼まれて他の魔族を捜してただけだよ」
「そ、そういえば噂で聞いた事あるっす……魔王様の側近はダークエルフで、えっと……え、エロ――」
「エイラだけど? なに? 今何を言おうとしたの?」
「ひえっ」
「はぁ、とりあえず疲れるから村に案内してくれる?」
「は、はぃぃ」
あまりに失礼な間違い方をするクソバカゴブリンだが、村には案内してくれるみたいだ。
他のゴブリンもビクビクしながらも了承してくれた。
その後、案内されながら彼らと話しているうちにようやく誤解が解けた。さっきまで警戒していたはずのゴブリン達の表情は一変、目がキラキラしている。現金な種族だなぁ。
色々と話しているうちに、キラキラの原因がわかった。ゴブリン達はベル亡き後、他種族から逃げているらしい。
なんでゴブリン程度が黒の森なんて物騒な所にいるのかと思ったら、そういう理由だったみたい。
何でもベルが死んだ後、幾つかの種族は次期魔王となるべく勢力の拡大を狙っていて、弱小種族であるゴブリンは格好の的という訳だ。
しかしなんて言うか、少し悲しいな。争いの絶えない魔族をベルが纏めてくれたのに、居なくなった途端にまた争うなんて。
ベル、きっとこうなる事が分かってたんだね。だから私に頼んだんでしょ?
纏め役なんて柄じゃないんだけどなぁ。
それに、何かを隠しているような感じもする。多分トラブルでも起きてるんだろうね。
と、それはさておき案内された村は中々酷い出来だった。
目を疑うほどお粗末な家? いやもう家というよりは小屋だ。
その中で比較的大きい小屋に通され、今は村長とお話中。
「うちの者が大変申し訳ございませんでしたぁ!」
諸々の事情を話すと村長はものすごい勢いで頭を下げた。めり込むんじゃないかってくらい、それはそれはもの凄い勢いだ。
「分かってくれたら大丈夫だから、そこまでしなくていいよ」
「エイラ様の寛大な御心、感謝してもしきれません」
「はは、大袈裟だなぁ村長さん」
寛大な御心なんて初めて言われたや。うふふ、私寛大だって。
その後は他愛もない話をして、彼らなりのもてなしをしてくれた。遠慮したかったんだけど、村長の勢いがすごすぎて断りきれなかった。
ご馳走です!と言って出されたのはモゾモゾ動く芋虫。
いや、無理。食べられないよぉ。気持ち悪いもん。
ドン引きしているとくろすけが代わりにつつき始めた。雑食とはいえ、くろすけよ、それを食べた口で私をつつかないでね? 本当にやめてね。
くろすけは嘴を紫色の液体で汚し、私の肩に戻った。
うぅ、酸っぱい臭いが……
露骨に嫌な顔をしていると、村長が神妙な面持ちで口を開いた。
「エイラ様……!!」
ああ、本題が来た。人を襲っといてちゃっかりしてるなぁ。
「どうか我らゴブリン族を救ってはいただけないでしょうか」
「はぁ……私になにしろって?」
ちなみにまだやるとは言ってない。
「その……獅子族の暴走を止めていただきたいのです」




