7話 ゴブリン君の誤解
ベルが死んでから一年近くが過ぎた。私はまだくろすけと旅を続けている。
魔族領は広大で、端から端まで行くとかなりの年月がかかる。それなのに魔族を束ねろって言うのは中々無理難題じゃないだろうか。
因みに私はまだ、各族長達と会えていない。あまり急いでいないというのもあり、のんびり旅をしているからだ。
馬鹿みたいに広い平原を抜け、今居るのは黒の森。なんとなく近くにあったから寄ってみた。
「全くこの森は本当に……」
以前来たのはベルがまだお子ちゃまだった時だから、結構前かな。
その時もそうだったんだけど、黒の森は広過ぎる。そのうえ時々出てくるモンスターが地味に強いから厄介な場所だ。
ここに来てからもう七日くらい経ったろうか。端的に言えば私は今、迷子になっている。
森から出るのは容易いが、人が近寄らないこの森なら魔族がいるかもしれないと思って探索中だ。
そうしている内に自分がどこにいるか分からなくなってしまった。
というか、一晩寝て、起きたら方向感覚どっか行っちゃったんだよね。
「前もこんな事あったなぁ」
あの時はまだ幼かったベルが何とかしてくれたなぁ。
『このでっかい木を目印にしよう! この大きさならきっとどこにいても見つけられるよ』
ベルはそう言って一本だけ阿呆みたいに成長した大木の傍に秘密基地を作った。
秘密基地なんて言ったけれど、そんな立派なものではなくガラクタ小屋がせいぜいだ。
「こんな記憶すっかり忘れてた。懐かしいな、まだあるのかな」
大木も秘密基地も、百年という歳月で無くなってしまってもおかしくはない。木はともかく、秘密基地の方は絶望的かな。
「ふふ、でも見てみようか」
懐かしい記憶を思い出すと、無性に気になり始めた。上を見るとさすがに木々たちが邪魔で大木を見つけられそうにない。
だから私は魔法で身体を浮かせ、ぴゅーと空へ飛んだ。
「かぁ!かぁ!」
「ごめんよくろすけ。驚かせてしまったね」
急に飛び上がった私の肩でバサバサと暴れるくろすけ。君も飛べるんだからそんなに怒らないでもいいのに。
どうやらこのバカラスは驚いたり、気に入らない事があると、翼で私の頬をビンタする癖がついてしまったらしい。
めちゃくちゃ迷惑。
それはさておき、近くの木の上から全体を見回すと右の方に一際大きな木があるのを見つけた。
「へー、百年近く経ってるのにあの木はまだまだ成長してるんだ」
測った訳じゃないけど、記憶の中のそれより随分と大きくなっている気がした。
ベルもあの木さえも成長しているというのに、この百年で私は何か変われたろうか。
そもそも変わろうとしていないけれど、それでもこの置いてけぼり感は拭えない。
「目で見るより距離あるなぁ」
だがしかしさすがの飛行魔法。多少の距離ならぴゅーっと飛んでいけばあっという間についてしまう。
旅の最初から飛行魔法とか使えば案外簡単に行くのかもしれないけど、私はそれをしなかった。理由は単純で長時間飛ぶと疲れるから。
あとくろすけも居るからそんなに速度は出せないしね。
大木に辿り着くと、懐かしさが込み上げてくる。
「久しぶりだね」
返事なんてあるはずない。それでも言わずには居られなかった。育ちに育った老樹の癖に、枝先の緑には瑞々しい光沢がある。
昔から立派だったのに、今では木々の王のような貫禄さえある。
「うん、実に荘厳だ」
私はなんだか少しいい気分で根元まで降りた。
それから木を1周してみたけれど、秘密基地は当たり前のように消えてしまっている。
当然だ。偶然地上に出た木の根っこがドームになっていたのを利用しただけだし、この木が成長しているのだからあるはずがない。
「ないかぁ……ん? あれは――」
妙な気配を感じて周囲を見回すと、生い茂る草からひょっこりとぼろっちい兜が突き出ている。多分、私から隠れているつもりなのだろうけど、丸見えだ。
くろすけもそれに気がつくと「かぁ〜」と気の抜けた声を上げ、その兜目掛けて飛んでいくと、失礼にも頭上で糞を落とした。
「うわっ」
べっとり付着した糞を驚いて顔を見せたのは、緑色の肌をした小鬼、ゴブリンだった。
ゴブリンは鬼人種の中でも一際体躯が小さな種族ではあるけれど、それにしても小さい。まだ子供みたいだ。
「あー……うちのバカラスがごめんよ」
「い、いきなり酷いっすよぉ!」
「焼き鳥の刑で勘弁してあげて。多分美味しくはないけど」
と言うと案の定くろすけは翼で私の頬を叩いた。
「はぁ……あ、あのこの森に何か用っすか?」
警戒しているらしく、表情が強ばっている。同じ魔族なのに悲しいね。
ぼろっちい兜、刃こぼれしたショートソード、服は布切れもいい所。ゴブリン君には悪いけど、警戒してもあまり意味をなさないんじゃないかなぁと。
「用……うーん、用か。魔族を捜してるんだ。君達の住処に案内してもらえない?」
「えっ、い、いきなりそんなこと言われても……あれ、魔族を捜してるって、もしかして――」
ギョッとした顔のゴブリン君。見ず知らずの人に、住処に案内しろと言うのは無理があったかもしれない。
そう、見ず知らずの人ならだ。私はベルの側近で、多少顔も名も知れている。
「ふふん」
ちょっとくらい得意げになっても罰は当たるまい。ほらほら、ゴブリン君。側近様の名前を言ってごらん!
なんて得意げな顔をしていると、ゴブリン君の顔色はどんどん悪くなっていく。なんだか、様子がおかしい。
因みに、私は別に悪名系側近なんかじゃあない。窓際側近だったけど。
「て、敵襲だぁぁぁ!!! 《《人間》》が攻めてきたっすぅぅぅ!!!」
「えっ」
何をどう勘違いしたら私が魔族の敵になるのか。いや、そんな事を考えても仕方ない。
ゴブリン君は慌てふためき、草木を掻き分けて逃げてしまった。
「私、人間じゃないんだけど」
逃げたというより、応援を呼びに行ったのかもしれない。
「あ、でもあの子を追っていけば他の魔族とも会えるかな?」
誤解は……その時解けばいいよね?
とはいえ、いつ応援が来て奇襲をされるかわからない。私はいいけど、くろすけには防御魔法を施しておかなきゃ。
「ちょっと窮屈かもしれないけど、我慢してね」
くろすけの周囲に防御魔法を展開。自由に飛び回れなくなるけど、傷つくよりはいい。
くろすけもそれを分かってくれたのか「かぁ」と、気の抜けた声で返事をした。
「それじゃあ、勘違いついでに案内してもらおっか」




