6話 勇者と魔王の約束
____________勇者side
「ここで君を見送ってからもう一年か……」
あれから一年、僕らは再び旅に出た。行先は魔族領。あの時と同じルートを辿り、ようやく魔王城まで辿り着いた。
あの時と違う事と言えば、僕らが一人なのと、魔族と交戦していない事くらいか。
「あれは――」
空っぽの元魔王城を見上げていると、その近くには凡そ場違いな景色が広がっていた。
「花畑……?」
異様な光景だ。荒廃した地に一箇所だけ色とりどりの花が咲いている。
近くに行ってみると、その中央には見覚えのある剣があった。
「そうか……誰かが君の墓を作ってくれたんだね」
誰かは分からないけれど、きっと君の事を大切に思っている魔族が作ってくれたんだろう。
ベルゼビュート、あの約束を果たす為に僕らは再びここまで来た。懐かしいな、まだあの時の事を鮮明に覚えているよ。
――一年前。
目の前の魔王ベルゼビュートが発した言葉を僕らはすぐに理解する事が出来ずにいた。
たった一人で軍を壊滅させ、幾つもの騎士団を滅ぼした男が戦争を辞めたいと言っているのだから驚愕する他ない。
「何を驚いている」
「……戦争を辞めるのは賛成だ。でもお前がそれを言うのか? ベルゼビュート、お前は既に万単位の人間を殺してるんだぞ」
「お前達人間も同じ数の魔族を殺しているだろう?」
「僕達は正義の――」
そう言って気がついて。いや、本当はとっくの昔に気が付いていたんだ。
人間に……僕らに正義はない。
二十年前に戦争を仕掛けたのは人間で、今に至るまで魔族側から仕掛けてきたことはない。彼らは防衛で抗戦しているだけだ。
「勇者よ、正義とはなんだ? 当たり前に友や恋人、家族が死んでいくこの腐った世界において、一体何が正義だと言うのだ。明日には親や子が死んでいるような世界だぞ」
ベルゼビュートの目は哀しみに染まっている。戦争を誰よりも忌み嫌っているのは、もしかしたら彼なのかもしれない。
「俺が多くの人間を殺したのは事実だ。それは認めよう。身勝手極まりないが……千年先まで平和を保つには勝手だが今を犠牲にするしかない」
「千年先……?」
「そうだ。数年、数十年の仮初の平和などいらん。人と魔族が手を取り合うには、誰かが悪になるしかないんだ。そしてそれは、俺で構わない」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! お前は……君は一体何を言ってるんだ」
ずっと疑問に思っていたことがある。魔族は個の力では圧倒的なのに、どうして人間に攻め込まないのか。数の不利はあれど、それを覆す力は十分にある。
それこそ、ベルゼビュート単騎でも……もしかすると王国を滅ぼせるかもしれない。
正直に言えば、勇者と言われている僕らでも彼に歯が立たない。戦いにすらならないだろう。
さっきからただ話しているだけなのに、全身を刺すような圧を感じる。剣聖、大賢者、大神官、勇者、人類の最高峰を持ってしてもこれ程の存在を相手にするのは無理だ。
それはこの場にいる僕らが一番よく分かっている。
魔王軍の幹部クラスでさえ、四人で挑んでようやく倒せるかどうか。倒せたとしても、まず間違いなく死人が出る。
絶対的に人間は魔族には勝てないんだ。ネズミが虎に勝てないように、生物としての格が違うのだから。
それでも人間はまだ生きているのが疑問だった。
しかし、その答えが今ようやく分かった気がした。
「ベルゼビュート、君は自分が唯一の悪として死ぬ事でこの戦争に終止符を打とうとしている……?」
だから他の魔族には攻めさせなかった?
魔王ベルゼビュートという巨悪を演じ、他の魔族は圧倒的な存在に支配されていただけだと。
「半分正解だ。だがな、魔王ベルゼビュートが死んだ程度では戦争は終わらない」
「……どういう事だ?」
彼の言っていることが僕にはいまいち理解出来ない。彼が死ねば人間は戦争をする理由がなくなる。
いや、待て。果たして本当に人間は戦争をやめるのだろうか。
魔族との間で三百年続いたとされる不可侵条約を一方的に破ったのは人間だ。殺戮に殺戮を重ね、資源と土地を奪う為に相手を殺しているのも人間であり、僕らだ。
ああ、僕は今ようやく現実を見ているのかもしれない。見たくなかったのに。これまで見えないふりをしていたのに。
諸悪の根源は人間だという事実に、もう僕は目を逸らすことが出来ない。
彼が死んで、それでもきっと戦争は無くならない。何かを理由に戦い、奪い、殺すんだ。
魔族が終われば次は精霊? その次は? 最後はきっと人間同士で……はは、それは昔からか。
「気が付いたようだな」
ベルゼビュートは僕の心を察してか、悲しそうな声色で言った。
「勇者よ、千年先の平和の為にはお前達の協力が必要だ。双方の死者はまだ増えるが……それでも、協力してはくれないだろうか」
「……内容次第だ。僕らも争いは好まない」
他の三人も同様に頷いてくれた。今の所、皆もベルゼビュートに対しての認識が変わっているみたいだ。
「そうか。お前達が話のわかる人間で良かった」
ベルゼビュートはそう言って儚げな笑顔を見せ、今後の計画を語り始めた――
「――と、言うわけだ」
規格外、という他ない。ベルゼビュートはなんて事ないように語ったけれど、その計画を実行出来るとすれば彼以外にありえない。
強靭な精神と圧倒的な実力、どちらが欠けてもまず無理だ。
そうか、確かにその方法なら僕らが協力した方がずっとスムーズに事が運ぶ。
「全く、魔王が聞いて呆れるよ。まるで御伽噺の英雄じゃないか」
そう言うとベルゼビュートはくっくっと笑った。
「勇者様にそう言われるとは光栄な事だ」
「なあベルゼビュート、どうしても君が生きる未来はないのかい?」
未来の平和の為とはいえ、彼が全てを背負う必要なんてない。出来るのことならその手を取り合う未来に、君がいたっていいじゃないか。
そう思っていたのに、彼は軽くため息をつき、「ないな」と即答した。
思考に思考を重ねた結果だ。僕なんかが考えた綺麗事では、この世界は救われないのかもしれない。
ベルゼビュートの言うように、犠牲の上に平和という大地を広げないといけないのか。
ああ、どうして僕ら人間はもっと早く魔族を、彼を知ろうとしなかったのだろう。
そうすればきっと、違う道だってあったはずだ。
愚かな人間のしり拭いを彼がする事もなかったはずなんだ。
「……勇者よ、最期に一つ私用を頼まれてくれるか?」
ふと、思い出したかのようにベルゼビュートが呟く。
「頼み? 僕にできることなら……」
「いつかダークエルフが魔族を束ね、お前たちの前に現れるはずだ。名をエイラという」
エイラ、か。名前からして女性らしい。
「俺が死んだ後に独りにならないように上手くやって欲しい。 あいつが千年先の未来でも、ちゃんと笑えるような世界にしてくれ。頼むぞ、ロベルト」
エイラという子の話をする時、ベルゼビュートは今までに見た事のない優しい目をしている。
「……ああ。任せてくれ。偉大な王に比べればちっぽけな僕だけど、君が命をかけるなら、僕も命を賭してその約束を果たすよ」
それを聞いたベルゼビュートはゆっくりと頷いた。
もしかしなくても、彼はエイラという女性を愛しているんだ。エルフは長命種だし、彼女が生きる世界から戦争を消したいのが本音なのかもしれない。
すごいな、彼は。たった一人の為に自分の命を投げ捨て、世界事変えてしまおうなんて。全く、どっちが勇者か分かりゃしない。
「後を、頼む」
それだけ言い残すと、ベルゼビュートは自身の魔剣で胸を貫いた。
呻く事もせず、彼の表情は穏やかなまま。
まるで来る未来が光に包まれていると確信しているような、そんな顔だ。
「……ああ、必ず」
勇者に託す魔王なんて、君くらいなもんだよベルゼビュート。




