10話 怒れる若獅子
姿を現したのは、若い獅子族。
一見人間のように見えるけれど、口を開いた時に見える鋭い牙や、手足に伸びる尖爪は明らかに獣のそれだ。
逆立った黄金の髪に、獰猛で鋭い目つき。細身で背丈は大きくは無いものの、全身から猛々しいオーラを放っている。
「否定はしないけど、随分な言い方をするねレックス」
また面倒なのが来てしまった。
レックスは族長の息子で、立場も力もそれなりにある。彼らは獣牙種の中でも戦闘に特化した獅子の末裔だ。
他の子達はそこまで危険な感じはしない。ただ、なんて言うか全体的に若いなぁ。
レックスはベルの事は慕っていたはずだけど、私はあまり好かれていた記憶がない。このまま穏便に済まないかな。むりかー……
「ッたりめぇだろうが。肝心な時にほっつき歩いて主を護れねぇ側近なんざ、クソの役にもたたねェだろうよ」
なるほど、中々痛い所をついてくる。まぁ主って訳ではないんだけどね。
「そうかもしれないね。再開の挨拶はこれくらいにして、本題に移るね。ゴブリン達から話は聞いたよ。単刀直入に言うけど、彼らから手を引いて欲しい」
レックスは「はッ」と鼻で笑い、
「それは俺達の下につくって意味でいいのか?」
そう言って隣のゴブ吉に視線をやる。ゴブ吉はビクッとした後、震えながら槍を構え、
「ち……違うっすよ。おいら達は勢力争いには参加しないっす。だからその、帰ってくれないっすか……?」
ふふ、ビビり散らかしながらも言うことはちゃんと言うんだねこの子。
「おい雑魚、勘違いしてんじゃねェか? 魔族は実力主義だろうがよ。その主張を通してぇなら、力で従わせて見やがれ」
ああ、まずい。レックスは血の気が多いし、この様子だと私が何を言っても聞かなそうだな。
ゴブリンは……あてにならないし、困ったなぁ。
なんて思っていると、防御陣系の中から村長がひょっこりと出てきた。
「獅子族の若者よ。我らはベルゼビュート様が築かれた美しい世界を好んでいる。平和にひっそりと暮らしている故、干渉しないでいただきたい」
「美しい、世界だァ……?」
明らかに村長の言葉で空気が変わった。何かがレックスの琴線に触れた気がする。
さっきから垂れ流していたオーラがより増えている。それに、右手を獣化しちゃってるし。結構怒ってるなぁ。
やれやれ、本格的に戦闘になりそうだ。
「あの方の望んだ世界を我ら魔族が壊すなど――ぬおっ!!」
村長の言葉を遮るように、レックスの姿が消えた。
獣化した獅子の右腕は、容赦なくゴブリンを八つ裂きしようと伸ばされている。
呑気に瞬きなんてしていたら見逃してしまったかもしれない。
ギリギリ防御魔法が間に合った。金属同士がぶつかるような甲高い音と火花を上げ、防御魔法と尖爪が衝突。
「下がって。言って聞く相手じゃないよ」
「邪魔すンなエイラァ!!」
瞳孔が開いているし、血管も凄い浮き出てる。何がそんなに気に食わないのか、村長の言葉がレックスを完全に怒らせてしまったらしい。
短気にも程がある。
「目の前で殺させる訳ないでしょ」
「てめぇ、何も聞いてなかったのかよ。平和な世界だ?美しい世界だ? 随分ふざけた事を抜かしやがるじゃねェか」
「レックス、何をそんなにムキになってるの」
やや美化しすぎな気はするけれど、村長の言う事はあながた間違っているとは思わない。
それなのにどうしてレックスはこうまで激昂しているのだろうか。
「ムカつくんだよ。てめぇでは何もしねぇ癖に恩恵だけ貪るハイエナ共が。それにエイラ、てめぇもだ!」
叫びながら距離を詰めてくる。振り上げた拳は勢いよく射出され、私の眼前で魔法に阻まれピタリと止まる。
ただ殴っただけなのに、凄い威力だ。防御魔法もそれなりの質にしないと破壊されかねない。
「なんであの時、お前は護らなかった!」
前後左右と高速移動し、乱打が繰り出される。私を中心に球体の防御を施しているから、どこから攻撃を受けても特に問題はない。
「どうしてお前がいながら、あの人が……!!」
般若のような表情の中に、ほんの少し悲しみが混ざっている気がした。
そして徐々に攻撃の威力が上がっている。感情に呼応するように、速く、重くなっている。
まだ破壊には至らないけど、生身で受けたらそこそこ厳しそう。全く、加減もくそもないのかよぉ。
「ごめんね。それは私もずっと後悔してるんだ」
「ならなンで今、こんなカス共を護ってんだよ!! 気に入らねぇ……気に入らねぇなァ!!」
レックスは一度距離を取ると、仲間の方に向き直し、
「お前ら全員手を出すな。俺とあいつの決闘だ」
「おぉ若! やっちまえ!」
「ぶっ殺しちまえ!」
他の獅子族がギャーギャーとヤジを飛ばすと、レックスはそれすらも気に入らないのかひと睨み。それに怯んだ彼らは押し黙ってしまった。
「おいエイラ、文句ねぇな? てめぇらにとっちゃ都合いい展開のはずだ」
「確かに、正直助かるよ。この数の獅子族を相手にゴブリンを守りきる自信はないからね」
殺していいなら別だけど。
「え、エイラ様! お、おいら達の為にそこまで……!」
「えっ? あー……まぁ、乗り掛かった船ってやつだよ」
ゴブ吉くんは何か勘違いしているようだけど、彼らからしたらそうなるのか。
私はレックスを足がかりに、獅子族や他の魔族との繋がりを持ちたいだけなんだけど、それは言わなくてもいいかな。
「それで、そっちが勝ったら私含めて服従でもいいけど、私が勝ったら君達は何をしてくれるの?」
こういうのは最初に決めておかないと面倒だ。特別何をして欲しい訳ではないけど、要求していいのなら要求したい事はある。
「はっ!なんだっていいぜ? 勝てるもんならなァ!」
何でもいいなんて賭け事では禁句中の禁句だ。文字通り私が勝ったら何でもしてもらおっかな。
さてと、それじゃ小手調べと行きますか。
「そう、その言葉忘れないでね」
「てめぇこそ吐いた唾飲むんじゃ――ッ」
「……へぇ、よく避けたじゃん」
予備動作もないし、隠蔽魔法を掛けてるから相当警戒してないと気が付かない。魔力感知にも反応しないし、目には見えない。
空気の振動を感じ取った? それとも獣の本能? どちらにせよ驚いた。
「いつまでも上からもの言ってんじゃねぇぞ」
速い。一瞬で距離を詰め私の後ろから強襲。
ただ、
「獣化じゃ無理だってば」
レックスの獣化じゃ私の防御魔法は破壊できない。何度やっても無駄だし、仮に破壊されたら張り直せばいい。
「ならこれはどうだ?」
余裕たっぷりに呟き、放たれた次の一撃は防御魔法に触れた瞬間、今までとは違う嫌な音を響かせた。
ガラスに亀裂が入るような、そんな感じの。
五指から伸びる爪は確実に食込み、次の瞬間には高い音を響かせ防御魔法が砕け散った。
そしてそのまま彼の右腕は止まることなく私の首を鷲掴んだ。
「うっ……かは」
なるほど。触れてみてはっきりと感じた。
獣牙種は魔力との親和性がかなり低い。その代わり、闘気の扱いに長けた種族だ。
しかし戦闘に特化した獅子族と言えど闘気を操れるようになるには、かなりの訓練が必要た。相応の才がなければ使う事も出来ない。
レックスは爪に闘気を纏わせたんだ。
まだ若いのに既に闘気を扱う段階に到達してるとは……さすがは獅子王ライオネルの息子ってとこかなぁ。
闘気を練られたんじゃ並の防御魔法で防げる訳がない。少し舐めすぎたかな?
「俺がいつまでも成長しねぇと思ったのかよ」
「くっ……ふふ、つ、強くなったねレックス」
爪が皮膚を貫き、生暖かい血液が首筋を伝う。彼は力を緩めようなんてこれっぽっちも思ってない。
「だからよォ……いつまで上から言ってんだてめェ」
そして空いている左手を伸ばし、鋭い爪が私の右眼を貫いた。
ドロリと眼球が垂れ落ちる様をレックスは憤怒の表情で見ていた。
勝負はついた。きっと彼はそんな風に思っているに違いない。
「ねぇレックス。君は一体、独りでで何をしてるの?」
背後から聞こえる声に振り向いたレックスの間抜け面は、多分しばらくの間忘れることはないだろう。




