11話 呪縛
____________レックスside
「ぐゥ……はぁ、はぁ」
こんなはずじゃなかった。まさか、側近如きに遊ばれるなんて。
奴の幻影魔法を見破れなかった時点で……いや、その前から勝負は決まってたんだ。それをわからずに俺は独りで舞い上がって……くそ、なんだよこれ。
まるで戦いになっちゃいねぇ。アイツは俺に気遣ってやがる。壊れないように、殺さないように……変わらねェんだ。あいつにとって、俺もゴブリンも。
全身が痛てぇ。骨が軋む。
俺は無意識のうちに手から血が出るほど拳を握りしめていた。
「ちくしょう……こんな……こんな屈辱があるかよ。俺はまだ諦めねェぞ! うルあああァァァ――!!」
部分獣化から完全獣化へと変えた。俺の身体は巨大な獅子となり、速度も力も数段上がっている。それなのに……
「学習しなよ。何度やっても同じだよ」
なんで……なんでコイツはこんなにも涼しげな顔してンだ?
俺は強くなったはずだ。まだ足りねぇのか?
まだ俺は弱いのか?
また俺は負けるのか?
俺は強くある為に、あの日からずっと――
十年前、魔王ベルゼビュート様に反旗を翻す集団が現れた。俺の人生で最もクソッタレな日だ。奴らは元々各種族の過激派と呼ばれるやつが多く、当然戦闘力も高い奴ばかり。
ベルゼビュート様は即座に動いたが、反乱軍の規模が大きすぎて、各種族に鎮圧を要請したらしい。
当時の族長、獅子王ライオネル……親父は要請を受け嬉々として各地を周り、次々と反乱軍を壊滅させていった。
ただ、親父と直属部隊が留守にしている獅子の里は戦力が手薄となってたんだ。
そしてそれを待っていたかのように、反乱軍は里に攻め込んだ。いや、元々スパイがいて機を伺ってたんだろうな。
紛れていたスパイは同族を殺す為、その牙を、爪を振るった。鮮血が舞い、悲鳴と怒号が絶え間なく響いてた。あの悍ましい光景は、今でも脳裏に焼き付いちまってる。
里は火の海と化し、隣人が、友が、家族が物言わぬ骸へと変わっちまった。
そのうち他種族も侵入し、獅子の里はたった一夜にして壊滅寸前まで追いやられた。
さっきまで共に笑っていた仲間が喰い殺され、頭や腕などの一部分がそこら辺に転がっている。どこを見ても死屍累々の惨状だけが広がっていた。
まだガキだった俺の世界はこの日、完全に終わっちまった。
運良く……いや、運悪く生き残っちまった俺は誰もいなくなり、焼け焦げ、破壊された里で妹の亡骸を抱いた。
両の目は涙すら流せず、喉は慟哭すら許さねぇで、耳は音を拒んだ。ただ天を見る事しか出来なかった。
脳裏には妹との思い出ばかりが蘇り、眼は既にその役割を放棄していた。
妹――ウルは病弱で伏せがちだったが、あいつには黄金の精神が宿っていた。
どんなに辛くても弱音を吐かず、自分よりも他者を優先する。優しくて、真っ直ぐな奴だった。
いつも天使のような笑顔を絶やず、必死に病魔と戦うウルを、俺は誇りに思っていたし、愛してた。
そして、いついかなる時もウルを護り、支えようと誓った。
だがよ、現実は笑っちまうくらい残酷なンだ。反乱軍の襲撃で、ウルは致命傷を負った。俺は護ることも支える事も出来ずにウルの生命は散ろうとしてた。
あいつは焼け爛れ、裂かれた喉でゴポゴポと血を吹き出す音を鳴らしてた。
声なんて立派なものじゃねぇ。裂かれた喉から血の泡が繰り返し膨らみ、弾ける音だ。
何を言っているかなんてわからねぇと思ったけど、口の動きでそれを理解した。
何度も何度も、いつもウルが呼んでくれたから。
声にならない声で、死の淵を彷徨いながら、ただ繰り返していた。
――お兄ちゃん。
やがて音が消えた時、俺の喉は初めて慟哭を許した。
今となっちゃウルの最後の顔すらもモヤがかかっちまってる。思い出すのがたまらなく怖いんだ。
どうして助けなかったのか、どうして俺だけ生き残ったのか、どうして私が死ぬのか。
きっとアイツはそンな風に思ってたんだ。情けねぇ、クソの役にも立たねぇ兄貴を、恨んでた……恨んでるに違いねぇ。
焼き付いた恨みつらみの籠った音が次第に俺を変えていった。この頃からか? 俺が強さに執着するようになったのは。
弱い事は罪だ。強さこそ正義だ。
俺がもっと強けりゃ、仲間を……ウルを護れたはずなんだ。
だから俺は、誰にも負ける事は許されねぇ。あの日、ウルを殺したのは俺だから。
勝ち続けることこそが、あいつに出来る贖罪なンだ。
俺は誰よりも強くならなくちゃならねェ。それが俺の義務だ。あいつを救えず無様に生き残っちまった俺の義務なんだ。
「だから、負けられねェんだよ……俺は、もう二度と……負けられねェんだよッ!!」
感情を吐き出すように叫ぶと、身体に違和感を覚えた。
なンだ……? 血が熱い。身体が燃えてるみてェだ。
心臓がやけにうるせェ。身体の奥底から力が溢れてくる。なんだこれ。
負けたくねェのとは別に、なんだこの衝動は。目の前の全てをぶっ壊してぇ。
――お兄ちゃん。
ウル、お前は兄ちゃんが負けるのは許せねェか。
はは、やべェ、意識がぶっ飛びそうだ。
――お兄ちゃん。
やめてくれ。違うんだウル、そうじゃねェ。この力は駄目だ。こいつら全員殺しちまう。
全部ぶっ壊しちまう。
それだけは駄目だ。
「う……ぐゥ……!」
頭が割れそうだ。
頭を抱え悶える。ずっと頭の中で響いてんだ。殺せって、壊せって。この世界の全てをぶち壊せって……あいつの声が止まねぇ。
「……レックス?」
くそ、くそくそくそくそ!! こいつにも勝てねェ。訳わかんねェ力にも勝てねェ……
なんなんだ俺ァ、一体何がしてェんだ……?
あー……くそ、もう駄目だ、抑えきれねェ。
「ぐ……あああァァァ――!!」
____________エイラside
彼には確かな才があったけれど、それでも私に勝つには若すぎる。
たかが十八かそこらの子が獣化したのは驚いたけれど、基礎能力が足りてないせいで本来の力を引き出せてない。
こっちはそのおかげで楽できるからいいけどね。
なんて思っていると急にレックスが頭を抱え悶え始めた。
「レックス?」
同時に身体を包む闘気が白く変わり、体毛は銀色へと変化し始めた。
それに、なんていうかな。雰囲気が変わった? 獰猛さが増して、闘気の密度が桁違いに増えてる。
なんだろう。奥の手? いや、それにしてはあまりにも無防備すぎるし、本気で苦しんでいるように見える。
なんとなく、結構昔にこんなのを相手にした気がする。
三百年くらい前だったか。確か相手はかなり熟練の獣牙種の……豹だかなんだかの気がする。
あの時のあいつは奥の手でこんな感じで豹変したなぁ。
豹だけに。とか言ってる場合じゃないか。
でもここまで苦しんでないし、その力を完全にコントロールしてたのかな。
元が強かったのもあって、中々苦戦したのをよく覚えてる。
なんだっけか。
「んーーー……あ、始祖返りだ」
そう呟いた時、レックスの始祖返りが完了したのか、姿形を変えてこちらを睨んでいた。
獣化したレックスは巨大な獅子と言うに相応しかったが、今は元の人型に戻っている。
黄金だった毛並みは白銀へ、綺麗な金色の眼は血のようなどす黒い赤眼に、闘気の量は言うまでもなく戦闘力で言えばきっと数倍に跳ね上がっているだろう。
不運ではあるけれど、始祖返りして、更に獣化してないのがせめてもの救いかな?
「やれやれ、猫がじゃれるにしてはやりすぎだよ」




