4話 魔法の可能性①
「そっか、分からないなら仕方ないね。くろすけ、行こうか」
ベルを埋葬してから一ヶ月程経つかな。私は東に向かって旅をしている。
その道中、フストという小さな村に立ち寄った。
フストは小さな村で、獣牙種に属する猫族の村だ。何かしら情報を得られるかもなんて、思っていた。けど、誰も種の族長らの行方を知らないみたいだ。
村に滞在してもいいが、特にそうする理由もないので次へ行こうと思う。
と、考えていた所、後ろから「あ、あの!」と村長に呼び止められた。
「エイラ様、一つお願いがあります……」
髭を生やした初老の村長は暗い表情でそう言った。
何やら面倒事の予感がするけど、聞くだけ聞いてみようかな。
「うん?」
「……私の一人娘のカティの事です」
「その子がどうしたの?」
「聞くより、見て頂いた方が早いかと……」
村長は私が答える前にスタスタと歩き始めた。
別にいいんだけど、私まだ何をするかも聞いてないし、そもそも何かするとも言ってないんだけどなぁ。
なんだろうと思いながら、彼の家に招かれ、そして恐らくカティの部屋の前で立ち止まる。
そして少し俯いた後、軽くノック。
「か、カティ、父さんだ。入るよ」
怯えた表情と声色。この人は実の娘に対してなんで怖がっているのだろうか。
部屋に入ると、ベッドに横になっている少女と目が合った。
頭から生えた大きな猫耳、ややつり上がった目、鋭い爪と一瞬開いた口から見えた牙。当たり前だけど、村長と同じ猫族の子か。
「誰」
私と目が合うなりすぐに逸らし、ぶっきらぼうに答える。
なんだかめんどくさそうな子だなぁ。
「このお方はベルゼビュート様の側近、エイラ様だ。無礼のないように……」
彼女の態度に焦り、ビクビクした目でこちらを見た。
しかしそれを聞いてもカティは「ふん」と鼻で笑った。礼儀は構わないけどそれにしたって酷い態度だ。
「はぁ、別に畏まらないでいいよ。偉いのはベルで私じゃないから。それで、なんの用なの?」
「申し訳ありません。この子、カティは3年ほど前に歩けなくなってしまったのです」
それから村長は経緯を語り始めた。
色々脱線したけど要約すると、魔物の群れが襲ってきた時に怪我したらしい。
「それで、その、この子の脚を治して頂く事は――」
わかっていたけど、やっぱりそう来たね。
確かに私は他より長く生きているし、ダークエルフは魔法が得意な種族ではある。
でもこの子は私に何一つ関係がない。助けてやる義理もないし、そもそも出来るかどうかも分からない。
「なんで?」
自然と口から出ていた。どうして私がこの子を助けなければならないのか、私には分からなかった。
「えっ、いや、その……エイラ様なら治せるんじゃないかと思いまして」
「うん、出来るかもしれないけど、どうして私が何も関係ないこの子を救わないといけないの?」
「〜ッ! 側近だかなんだか知らないけど、出ていきなさいよ! 猫族の癖に歩けない私を見て笑いたいの!? いいわよ、笑いなさいよ。他のみんなと同じように笑えばいいわ!」
「お、おいカティそんな言い方は……」
どうやら怒らせてしまったみたいだ。やるとも言ってないのに連れてこられ、断ったら怒られる。どうして私が悪者になってるのだろうか。
「そう。でも別に面白くもないし、笑わないよ。それじゃあ私は――」
帰るね、と言おうと思った。そう思ったのに。
くろすけがぴょんと肩から跳ねたと思うと「がぁがぁ」と汚く鳴きながら、驚くくらいブサイクに私の周りを飛び回り始めた。
「あっ――」
そのブサイクな飛び方ときったない鳴き声を聞いて、初めてくろすけと会った時の事を思い出した。
『……俺がやっても駄目だったのに』
この時のくろすけは酷い状態だった。誰にやられたのか翼がぐちゃぐちゃになっていて、普通の回復魔法じゃ治せないレベルの損傷だった。
ベルは最上級の回復魔法をかけたけど、それだけでは治らなかった。そうなると、きっとくろすけは元々上手く飛べずにいたんだ。
回復魔法だと傷を治せるけど、産まれ持った障害までは治せるほど便利じゃない。
だから私は自分の魔力をくろすけに滞留させ、胴体と翼を繋ぐ魔力経路を形成した。その後、翼の微細な動きに反応して魔力が流れるように半自動の流動性を持たせた。
そうすればくろすけの意志で自由に羽ばたけるから。カラスの寿命程度は問題ないくらいの魔力を込めたから、一々供給する手間もない。
『ふふん、私は魔法が得意だからね。ベルにだって負けないもん』
『本当に凄い事だよエイラ。一体どれだけ研鑽を積めばそこまで……』
いや、そんな真面目に褒められるとむず痒いよ。研鑽なんて立派なもんじゃなくて、やる事ないから魔法を磨いてただけなんだよね。
まぁ、ほんのちょっとは魔法の勉強頑張ったけど?
『ほら、君はもう飛べるはずだよ』
ポンと背を軽く叩くと、くろすけは自分の翼が動く事に気が付くと、バサバサと不格好に羽ばたかせフラフラしながら飛び回り始めた。
『慣れれば自由に空を飛べるからそれまで頑張ってねカラスくん』
くろすけは汚い声で『がぁがぁ』と鳴き、ブサイクな飛び方でぐるぐる回っていた。
『エイラ、君の魔法はこの先きっと誰かの光になる。でも君は多分面倒くさいって言うだろうね』
『うん、面倒くさい。このカラスくんはベルの頼みだから治しただけ』
『でも俺は、いつか誰かが困っていたらその力を使ってあげて欲しいんだ』
『私に関係なくても?』
『関係なくても』
『どうして?』
『そりゃあ……』
と言葉を詰まらせた後、何か閃いたような顔をして、
『俺が嬉しいからさ。君はこんなに凄いんだって、どんな事だって解決するんだって皆に自慢出来るだろ? 他の誰にも出来なくても、君ならきっと出来るから』
そう言ってベルは微笑んだ。
全く、そんな事を真剣に言うのはベルくらいだよ。
『ふーん。ま、気が向いたらね』
『エイラが本当は優しい子なの俺は知ってるからな』
『……子供扱いすんなよぉ』
ああもう、なんでこのタイミングで思い出すんだよぉ。
ここでこの子を見捨てたら、悲しむベルの顔がはっきりと想像出来てしまう。
まだ、ベルとすごした時間が昨日のことみたいに思い出せるから。
嫌だな。ずっと一緒にいた特権のせいで、こんな風に苦しくなるなんてさ。
でも苦しいのにちょっぴり嬉しいんだ。変なの。
「あでっ、いてっ、ちょっと痛いよバカラス」
思い出に浸っているとくろすけは私の頭に乗り、つむじら辺を中心に髪をむしり始めた。
頼むからやめて欲しい。そんな所むしられたらハゲたら目立って仕方ない。
「わかった、わかったから……髪の毛むしるなよぉ」
白旗を上げるとくろすけは満足気にカティの傍に行き「かぁ」と一鳴き。
「はぁ……カティだっけ? また歩きたい?」
「……どうせ出来っこないわよ。今まで何人もの魔法使いや治癒士に頼んでも無理だったもの」
なるほど。だからこうまで腐っているのか。
しかし心外だなぁ。そこら辺の魔法使いと私を一緒にしないで欲しい。
ただ、本人が諦めているのなら無理に試す必要はないかな。
「ふーん。そう思うなら私は帰るよ」
せっかく私が気まぐれを起こしたのに勿体ないことをする。
踵を返そうとすると、村長が私の前で手を広げ通せんぼしてきた。
「エイラ様!!」
そして膝を折り、頭を床に擦り付ける。
「どうか、どうかお願いします! カティを闇の中から救ってやってください! 私の生涯をかけてあなた様に仕えます。どんな事だってやります。ですから、どうか娘を――」
本当に暑苦しいのは好きじゃない。でも、父親って凄いな。
私には親の記憶がないから、少しだけ羨ましい。こんなにも想ってくれる存在を私は知らないから。
「君の父親はこう言ってるけど?」
「本当に……その、私はまた……」
さっきまで攻撃的で投げやりだったカティは、父親の姿に感化されたのか、随分しおらしくなっている。
「さぁ? 私は神様じゃないから絶対なんて言えないよ」
意地悪のように聞こえるけど、これはホント。いくら私が得意でも魔法に絶対はない。
「っ! じゃあ――」
「でも、私は魔法使いだ。それも偉大な魔王様が認めた、ね」
魔法に絶対はない。なら治せるかもしれないよね。絶対なんてないんだからさ。
全く、私はいつから面倒事を率先して引き受ける人になったのやら。それもこれも全部ベルのせいだよばーか。




