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怠惰な私の建国奇譚  作者: 吉良千尋


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22/22

22話 屍人

 

「これは酷いね」


「な、なんすか……これ」


 転移直後に視界に映った光景は想定以上に惨いものだった。

 多分戦争は集結してしまった。私は間に合わなかったんだ。


 辺り一面焼け野原で、この場で生存しているとはあまり思えない。

 肉の焦げた臭いが鼻腔を刺激し、パチパチと音を立てる火の熱が皮膚を焼く。


 そこかしこに焼死体と思われる遺体があり、死んだ後に焼けたのか、焼け死んだのかも分からない。


 チラと薔薇丸くんを見ると、覚悟はしていたようだけど悲痛な表情だった。

 それら従者らも同じで目に涙を浮かべている。


「俺達の里が……」


「若……私達はもう……」


 惨憺たる光景に心を蝕まれた二人が弱音を吐くが、薔薇丸くんだけは違っていた。


「――やめろ!! そんな事を言う為にエイラ様に来てもらった訳じゃない。それに、鬼族は終わってもない。生存者を探すんだ」


 冷静な指示だ。しかし、内心腸が煮えくり返っているに違いない。握られた拳がプルプルと震えているもの。


「おい、ありゃなンだ……?」


 ふと、レックスが何かに気付き指さした。


 そちらに視線をやると恐らく鬼族と思われる焼死体があった。

 勿論ただの焼死体じゃない。異変のおまけつきだ。


「な、なんか黒い影みたいの出てきてるっすよ……?」


「「なんだあれー!」」


「影……でも、ちゃんと実体がありそうですね」


 皆口々に感想を言ってるけど呑気過ぎると思うんだよね。

 死体からうねうねと伸びた影はやがて人の形になり、自身の身体を確かめるように手足を動かしている。


「屍人……」


 私の呟きに反応したのかなんなのか、屍人の首が回転しこちらをジッと見た。

 その後辺りをキョロキョロ見回したかと思うと、耳を劈く悍ましい叫び声をあげる


 慟哭とでもいうのだろうか。


 怒りと悲しみの混ざった声を上げながら、屍人は私達目掛けて一直線に走り始める。


「なんか怒ってるっすよ!?」


「おいおい、俺たちゃなにもしてねェぞ」


「そういう存在なんだよ彼らは」



 まず間違いなく、これは私の知る屍人だ。私が最も見たくなかった存在であり、同時に見たかった存在でもある。

 この力はある一族特有の類じゃない。ベルの固有能力だ。


 ベル、きっとあなたはまだ生きてるんだね。それが分かれば十分だよ。


 そこら辺の鬼族程度の屍人ならなんの問題もない。幸い、酒呑童子は消えてるみたいだし。


「問題はこっちか」


 チラと薔薇丸くんを見ると、先程まで悔しさや怒り、悲しさとか色んなものが混じっていた表情だったのに、奴ら――屍人を見た途端表情が変わった。


 それこそ鬼のようなものに。


 従者の方は怯えが勝っているというのに。


 この惨状を見るにあれが一体だけとは思えない。薔薇丸くんは冷静沈着だと思っていたけれど、今にも飛び出しそうな勢いだ。


 でも良かった。彼らの口ぶりから察していたけど、まだあの事に気が付いてない。

 時間の問題かもしれないけど、酒呑童子やその周りの猛者が消えているなら、あるいはこのまま終われるのかもしれない。


「薔薇丸くん、申し訳ないんだけど……あれは私がやるよ」


「……わかりました」


「ごめんね」


 不服そうに承諾する彼には本当に悪いとは思ってる。

 それでもやっぱり、屍人は可能な限り私達で処理した方がいい。


 あれはもう救えない。どんな魔法も使おうが決して元には戻らない。


 屍人、心優しいベルには似合わない非道な力。


 あれはただ怒りと憎悪に呑まれた哀れな存在だ。同族を殺し、他種族を殺し、どうしようもなく暴走する憎悪を抑えきれないんだ。

 言葉を話す事も出来ず、殺戮でしか存在を保てない。


 それでも彼らには自我がある。きっと彼も薔薇丸くんを認知しているし、必死に衝動を抑えようとしているに違いない。


 薔薇丸くんには、あまり同族殺しの咎を背負わせたくない。


 彼もきっと同族の罵詈雑言と復讐の刃を受けるより、私がやった方がいい。ごめんね、私なんかじゃ救いの手なんて差し伸べられないんだ。許しておくれ。


 叫びながら距離を詰める屍人。それはまるで魂が暴走しているようで見れたもんじゃない。


 痛いね、苦しいね。


 今、解放してあげるから。


 そっと杖を上げ、杖先を彼の頭部に定める。


 もう距離はあまりない。レックス達が焦ったように声を上げている。


 真っ黒い影が縋るように憎悪の手を伸ばす。

 その手が杖に触れるか触れないか。その刹那の時、私はようやく魔法を発動した。


「おやすみ」


 杖から放たれた蒼炎が有無を言わさず彼を呑み込んだ。炎は断末魔すら許さず、触れたもの全てを灰燼と帰す。


「や、やり過ぎじゃねェか……?」


「オーバーキルっすよエイラ様ぁ」


「いいんだよ、これで」


 確かにそう見えるかもしれない。でも違うの。

 私はきっとこれから何百という鬼族を殺す事になる。出来ればしたくないけれど、そうも言ってられない。


 だからこれは私なりの決意みたいなもの。


 友も家族も恋人も、すぐに送ってあげるから寂しくないよって。最初は一人ぼっちだけど、少しだけ待っててね。


「エイラ様……ありがとう、ございます……」


「うん」


 薔薇丸くんは何かを察してか歯を食いしばりながらそう言った。

 この子は少し生真面目すぎる。きっとこれから苦労するだろうな。


 そう思うと寧ろこちらから答えを開示した方がいい気がしてきた。あとから気づいて嘆くよりいい。

 心の乱れで命を落とすこともあるけれど、そこは私が責任をもってカバーしよう。


「さて、色々わかったけど……いい事と最悪な事どっちから聞きたい?」


「「いい事ー!」」


 と、間髪入れずにギギとガガが言った。

 一応皆を見ると、どっちでもよさそうだった。


「ごちゃごちゃ言ってもあれだから、結論から言うね。魔王ベルゼビュートは生きているよ。ほぼ確実に」


 そう言うと皆、目を丸くさせ口をポカンとあけた。

 なんか、もうちょっとリアクション欲しかったけど、まぁいいか。


 アホ面を晒しているけど、この際無視して次に進めよう。


「それで最悪な事の方だけど――」


 と、言いかけた所でゴキチが「いやいやいや」と割って入る。


「何そのまま話進めようとしてるっすか!? 無理っすよそれ!」


「そうですね……エイラ様、ちょっと無理があるかと……」


 ええ、ミューラまで加勢しちゃうのか。


「魔王が生きてるッてのは、一体どういう事だよ? 説明してくれよ」


「ギギも気になるー!」


「ガガもー!」


 表情を見る限り、薔薇丸くんでさえ同じ意見なようだし、どうやら私は説明責任を果たさないといけないらしい。


 ただ、どこまで話していいのかな。屍人――不死の軍勢はベル本人ですら忌み嫌っている能力。

 知られたくない恥部みたいな感じだけど、それをペラペラと喋るのもな……


 でも、そんな事言ってられないか。皆を守る為にもなるし、ごめんね。


「ええと、さっきのは屍人って言うんだけど、まぁ簡単に言えば動くタイプの亡者だね。で、あれは自然現象なんかじゃなくて、ベルの固有能力なの」


「固有能力……」


「うん、それも数に限りがない、ね。もっと言えば屍人は生前と同じ力を持ってるの。あと……一応、大半は、生者に対する怒りとか恨みで抑え込まれているけど、自我というか……意識もある」


 言っていていい気がしない。これから私達は屍人を殲滅するけど、その屍人は鬼族――薔薇丸くんの仲間だもの。


 ああ、ほらやっぱり。鬼族の三人は自分達が何を頼んで、何をしたのか、明確に理解してしまった。


「……意識が、あるのですか」


「では私達はは自らの手で仲間を」


「……」


 誤魔化しても仕方ないし、彼らには受け入れてもらう他ない。


「うん。でもそれしか方法はないよ。屍人になったら殺し切るまでずっと苦しみ続ける。彼らには二度目の死が救いになるの」


 周りが口を開く前に私は「だから」と続け、


「私は一人でもやるよ」


 何を、とは言えなかった。言う勇気が無かったのかもしれない。

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