2話 花葬
【親愛なるエイラへ】
今これを見てる君は怒ってるかな。泣いてる? まさか、そんな訳ないか。
少し前にも言ったけど、やっぱりこの戦争を止めようと思う。
エイラ、寂しがり屋な君を残して逝く事をどうか許し――
「自分勝手な奴……」
私はそこで見るのをやめて手紙を懐にしまった。
読めなかったのか、読みたくなかったのかは自分でもよく分からない。
なんとなく、今は辞めておこうと思った。
「ばかベル。どうせ魔族を頼むって書いてあるんでしょ。分かるよそれくらい」
彼は以前、自分が死んだ後のことを頼んできた。私は当然断ったけど、今回もきっとそんな内容だろうな。
正直やっぱり面倒だなと思う。散り散りになっているはずだし、それを捜して集めるとなると相応の手間と時間がかかる。
ベルは復讐や弔い合戦などを嫌っている。恐らく皆にも禁じているだろう。それで彼らを集めて一体私にどうしろというのだろう。
それに、そもそも皆が納得するかどうか。私は許されるなら、今すぐ人間を皆殺しにしてやりたい。私からベルを奪ったあいつらを、すぐにでも……
しかし、それをするときっとベルが悲しむ。私利私欲の塊みたいな人間にもベルは優しいから。
彼はもういないのに、悲しませるようなことはしたくない。なんでだろうね。わかんないや。
それにしてもベルは勝手な男だ。自分は知らぬ間に死んだ癖に、その他一切を私なんかにぶん投げてくるんだもの。
側近という立ち位置だったけれど、自他ともに認める名ばかり側近なのに。
「全く、死んでまで面倒事を押し付けるなんて、勘弁してよね」
愚痴るように呟き、ベルの亡骸をそっと撫でた。
私はこの冷たい感触が大嫌いだ。いままで何百、何千もの仲間を見送ってきた。それは私がダークエルフで寿命が長いのもあるけれど、ほとんどは戦争のせいだ。
この冷たさはなんだか、私に現実を突き付けているようで心地が悪い。そして厄介なのが、何千もの仲間を見送っても一向に慣れないという事。
何度も何度も何度も何度も、いつだってこの冷たさは心を蝕んでいく。
嫌気がさしている私に、くろすけが身体を擦り付けてきた。この温もりは好きだ。安心する。
「バカラスの癖に空気読むなよぉ」
くろすけは私が泣き止むまでずっと傍で温もりをくれた。この温もりはベルが最後にくれたような気がして、そう思うと私はまた泣いた。
しばらくして水が止まる。ようやく枯れ果ててくれたのかな。
「ベル、私はきっとうんと長生きするから、天国で会うのは随分先になるよ」
最後にもう一度ベルを撫で、別れを告げる。悲しいし離れるのは辛いけど、立ち止まると天国で会った時に怒られそうだから。
くろすけは動くかないベルと立ち上がる私を不思議そうに交互に見てくる。
「くろすけ、お前も一緒に行こうか。ベルの好きだった冒険にさ」
そう言うと言葉を理解できないはずなのに、くろすけは「かぁー」と鳴いて私の頭にちょこんと乗った。
ベル、仕方ないから最後の面倒事だけは聞いてあげるよ。
本当に、仕方ないからさ。
それから私達は誰もいないすっからかんの城を出た。
右手には愛杖、背中にはベルの魔剣。頭にはくろすけ。爪が頭皮にささって少し痛い。
ベルの遺体は思っていたよりも重かった。死んでいるので背負いづらく、申し訳ないけど引きずったりしながら城外まで運んだ。まさか死後に引き摺られるとはベルも思わなかったろう。
もし彼がそれを見たなら、いつもみたいにケタケタ笑っていたかもしれない。
そんな事を思うと、また少し視界が滲んだ。
運んだ後で気がついたけど、魔法で浮かせればもっと楽だったんじゃないかな。
「んー……」
ベルを埋葬しようと思い、深紅の宝玉が付いた杖をかざそうとしてやめた。
魔法で穴を掘るのは簡単だし、一瞬でできる。でも、彼の最期くらいはこの両の手を使ってあげようかな。
いつもならこんな面倒で馬鹿らしい事はしないけど、最期だから手間をかけてあげる。
なんて、きっと私は彼の姿が見えなくなるのを先送りにしたいだけなんだ。
馬鹿だな、私って。
小一時間かけて穴を掘り終えた。手が泥だらけで、爪の間に土がびっしり入って気持ちが悪い。指先も痛いし、本当、なんでこんなことしようと思ったんだろうか。
くろすけはその間ずっとベルの胸に乗って寛いでいた。時折彼の顔をつついては首を傾げていた。
「……燃やしてしまおうかと思ったけど、それよりいいことを思い付いたよ」
埋める前に魂を天に送る為、遺体を燃やす火葬が一般的だけど今回はやめた。
私は火葬があまり好きじゃない。死んじゃった後で燃やされるなんて、なんだか少し可哀想で。
穴にベルを寝かせる。今にも目を開けて「おはよう」とか言ってきそうなくらい、ベルは穏やかな顔をしている。
「くろすけ、お別れはすんだ? ちゃんと見ておくんだよ。ベルはもう……うぅ……もうびれないがら……」
口にするとそれはブーメランのように自分に突き刺さった。深く深く、心の奥底まで突き刺さってしまった。
誰が亡くなっても泣く事なんてなかったのに。自分でも不思議なくらい目から水が止まらない。
落ち着くまでしばらくの時間がかかった。こんなに自分が情緒不安定になるなんて知らなかった。
「そろそろ……うう、本当にお別れしなくっちゃね」
くろすけをどかして、土を被せる。段々と隠れていくベルを見ていると心が締め付けられる。それでも手を止めることなく、土まみれになりながらもなんとか埋めることが出来た。
その中心に魔剣を突き刺し、魔剣の腹に魔法で名前を彫った。
『ベルゼビュート・クランネル』
魔王だなんだの肩書きなんて要らない。私にとっては彼は魔王なんかじゃなくてただのベルだから。これくらいの我儘は許してくれるよね。
「それと、これは私からの贈り物だよ」
そう呟き、杖をかかげる。大して魔力は必要ない。それよりもイメージの方がずっと大切だ。
五十年程前だったか、ベルと二人で見たあの景色。綺麗なんて言葉では済ませられないくらい、素晴らしい光景だった。
風にそよぐ色とりどりの花達と、それを黄金の光で照らす夕陽。
射す陽の暖かさ、鼻をくすぐる甘い香り、髪を揺らす優しい風。
あなたの肩に止まった蝶まで、全て鮮明に覚えているよ。
あそこまで広大な花畑は再現出来ないけれど、ベルの周りくらいなら出来るはずだ。
「ふふ、魔王の癖に花が好きだったもんね」
杖に魔力を込めるとポコッと一輪の花が咲く。それに続け次々と花が咲いていく。
やがてそれは埋葬した場所を中心に、小さな花畑となってベルを包んだ。
そして幾つかの花を摘み、かんむりを作って剣にかけた。少し不格好な気はするけど、それくらいは大目に見て欲しい。私は手先が器用じゃないからさ。
ベル、あなたは本当は魔王なんかじゃなくて、自由に世界を見て回りたかったのは知ってるよ。だから私が見て来てあげる。いつか私が死んだ時にでも、冒険譚を聞かせてあげるね。
あなたがもう嫌だというくらい、沢山、沢山聞かせるね。
失ってから気付いたよ。私ね、あなたが好きだったんだ。
叫びたいほど、苦しいくらい、あなたが大好きだったの。
伝えられなくてごめんね。
「さよなら……ベル」
私がつぶやくとくろすけは察したのか、小さなくちばしで、花を一輪摘み、魔剣の傍に手向けた。
それから寂しそうな声で「かぁ」と鳴くと、私の肩にぴょんと乗ってきた。
背を向けた私に追い風が吹く。早く行けと言われているような気がした。
「ぁ、ぅ……行ご……くろずげ」
その風は熱くなった私の頬をそっと冷ますように通り過ぎて行った。
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