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怠惰な私の建国奇譚~魔王の死後、仲間を託されたダークエルフは連邦国家を設立す~  作者: 吉良千尋


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1話 魔王が死んだ


「ごめんベル、もう一度言って」


 魔王城の玉座で、私は魔王ベルゼビュートへ聞き返す。

 ベルとは長い付き合いで、数えてないけど百年は一緒に居るんじゃないだろうか。

 クソガキだった頃が懐かしい。今となっては立派な魔王様なんだから。


 一方で、ダークエルフの私は百年程度では変わらない。この浅黒い肌も、銀色の髪も。強いて言うなら瞳の赤が少し暗くなった気がする。ただこれは気のせいかもしれない。


 身体は大人の手前くらいから変わらず、そのうち大きくなるだろうと思っていても、中々そうはならないのが長命のエルフ族の憎いところだ。


 それに対してベルはガキンチョから立派な大人になってしまった。私だけ置いてけぼりにされているようで、なんだか嫌だ。


「魔族を頼む。俺はもうすぐ勇者に討たれる。それは構わないが、その後、魔族を束ねる存在が必要なんだ。面倒な役割だが引き受けてくれるか、エイラ」


 私は面倒事が大嫌いだ。それを分かっているから、ベルは困ったような顔でそんな事を言っている。


「なんで? 勇者なんか殺せばいいじゃん」


 勇者一行は五年ほど前から私達魔族を各地で殺している。なんでも、平和の為なんだとか。

 人間にしては強いみたいだけど、とてもベルが負けるとは思えない。


 それなのに、どうしてベルはそんな事を頼むのだろう。私は彼の考えている事がよくわからない。


 ベルは私をじっと見つめると溜息をつき、


「勇者を殺しても戦争は終わらないが、俺が討たれればこの醜い戦争は終わる。皆が死ななくて済むんだ」


「ふーん。でももう沢山死んだよ。今更じゃない?」


 そう言うとベルは「確かにな」と乾いた笑みを浮かべた。


 所謂、人魔戦争と言うやつが始まって二十年。人間は数にものを言わせ絶え間なく魔族領に攻め入っている。

 双方の被害は甚大で、今更やめたって死んだ仲間は生き返らない。


「知ってるだろ? 元々俺は争いが好きじゃないんだ。殺すのも殺されるのも嫌いだ。だから早くこの馬鹿げた戦争を終わらせたい」


 ベルは平和主義者だ。この二十年間、人間から攻められる事はあっても魔族側から攻め入った事はほとんどない。基本は防衛戦だ。

 それは魔族を統べる彼が他を止めているからだ。そうでなければ人間なんてとっくに殺している。


 彼はどうにか穏便に済ませられないかと交渉をしてきた。でもそれが実を結ぶ事はなく、ただ私達は耐え忍んできたんだ。


 それなのに何を言っているのだろう。彼が死ななければいけない理由なんて、どこを探したってありはしない。


 わからない。どうしてそう思ったのか、どうしてそんな事を私なんかに頼むのか。なんにもわからない。


「そう。でも私はそんな面倒な事はしない。他に頼んでよ」


 そう言って私は部屋を出た。去り際に小さな声で名前を呼ばれた気がした。



 次の日、私はベルから別の事を頼まれた。故郷の様子を見てきて欲しいと。

 これもかなり面倒なので断ろうと思ったけど、ベルがしつこいのと、昨日断ったばっかりだったから、仕方なく受けてやろうと思った。


 彼の故郷は魔王城から随分離れている。魔族領の最果てといっていいくらい、辺鄙な所にある。確か、人口百人程度の小さな村だったかな。


 言われた通り様子を見て戻る事にした。一度来たことがあったけれど、数十年振りか。昔とはまるで違っていて、残念ながら既に廃村になっていた。


 最近は人魔戦争のせいで色々あったから、皆何処かに行ってしまったのかな?


 村と魔王城の往復に一ヶ月程かかった。もっと早く行き来する事は出来たけど、少しベルを困らせてやるのも面白いと思ってわざと時間をかけた。


 それがいけなかったのかはわからない。戻ると魔王城はもぬけの殻だった。衛兵もいないし、門番のカルザもいない。


「皆ストライキでもしたのかな」


 最初は勇者が攻めてきたのかと思ったけど、違うみたい。戦闘の痕跡が一つもないし、攻めてきたのならさすがに応戦したはずだもん。


 でも、一体私がいない間に何があったのだろう。


 静寂に包まれた魔王城は、よく知っているはずなのに知らない場所のように感じる。

 もしベルも居なくなってたら、私はこの先どうしたらいいんだろう。


 理由はないけどずっとベルといたから、自分で何かをしてこなかった。そのせいで気が付けば魔王の側近なんていう面倒な立場になっちゃった。


「まぁ、さすがにベルはいるよね」


 なんて呟き、玉座に繋がる扉を開ける。

 やはりそこにも戦闘の痕跡はなかったが、代わりに玉座には1人の魔族が座っていた。


「あ――」


 見慣れた少しくせっ毛な黒髪、額から伸びた2本の角。目を閉じていてもわかるほど、無駄に整った顔立ち。

 寝ているのとは違う。だって胸を剣が貫いているから。


 それを認識した私は、気が付けば肩で浅く息をしていた。何度も何度も、浅い呼吸を繰り返した。深く息を吸えないんだ。


「……」


 魔族の王、ベルゼビュートがこの世を去った。

 それはつまり、人魔戦争が終わったということ。これ以上もう面倒な争いに巻き込まれなくて済む。


 それは嬉しいはずなのに、視界が滲んでいく。もうこれ以上面倒事に巻き込まれないし、ベルから変な事を頼まれる事もない。人間は勿論、魔族の族長とか他の魔族とのイザコザだってない。


「私はこれから一人で自由に生きていけるもん」


 言ってから気がついた。ベルはもういない。私はこれから一人ぼっちなんだ。そう思うと頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。


 自由が嬉しいはずなのに、ベルとの思い出ばかりこの駄目な脳みそが再生してくる。


 やめてよ。もういいよ。ベルは死んだし、意味ないじゃんか。


 まだ彼が子どもだった頃、ベルとは色んな所に冒険しにいった。嫌だって言ったのにベルは強引に私を連れて行ったんだっけな。


 龍王の寝床から宝を盗もうとして焼かれかけたり、人間領に行って捕まったり、いきなり黒の森でサバイバルしだしたりもしたっけ。


 結局ベルは、御伽噺に出てくる魔剣を探したいだけのお子ちゃまだった。


あの時はお姉さん気分だったのにな。


「あはは、今思えばずっと面倒事ばっかりだったな」


 でも私はそれが嫌いじゃなかったんだ。なんて、今更だよね。


 大人になってからもずっと魔剣を探して、ちゃんとそれを見つけて、気が付けば魔王にまでなっちゃったね。


 それから沢山の種族を纏めて皆から尊敬される偉大な王として頑張ってたよね。

 荒れくれ者ばっかりの魔族から争いを取り除いて……御伽噺に出てくる英雄なんかよりずっとずっと……


 皆の為に生きてきて、勝手に独りぼっちで死んじゃうんだね。


 なんでかな、胸がチクチクする。私はもっとベルと一緒にいたかった。

 面倒事を頼まれて、断って、そうやってだらだらと、この長くしょうもない人生をあなたと彩りたかった。


「ねえベル。私の永い退屈な人生で、この先あなたと使うはずだった時間はどうすればいいの……?」


 秘密も怒りも喜びも、悲しみでさえも半分ずっこに出来ていたのに。馬鹿、いきなり全部押し付けられたって受け止めきれないよ。


 人間が憎い。どうして私達から……私からベルを奪うの?


 勝手に目から水が出てくる。


「でも、ベルは幸せそうだね」


 私が泣いてるのに、ベルは穏やかに笑っている。

 胸を貫かれてもこんなに穏やかな顔をしているなんて、馬鹿だよ。


 それから私はしばらくの間、ベルの亡骸に縋り付き泣いた。勝手に出てくるから仕方ない。止める方法なんて知らないの。


「かぁー、かぁー」


 そんな中、あまりに場違いなカラスの鳴き声が響く。バサバサとやかましく羽を震わせ、私の肩にちょこんと乗ってきた。


「空気読めよぉ……」


 このカラスはくろすけ。瀕死になっていた所、ベルが拾って面倒を見ていた子だ。


 くろすけは動かないベルを見て首を傾げ、また鳴いた。


「ベルは死んじゃったんだ。ぐすん……くろすけ、お前も一人ぼっちだよ」


 なんて意地悪な事を言うと、私の肩で思い切り足踏みして、翼で頬を叩いてきた。このバカラスめ。

 ふと、くろすけの足に紙が巻かれているのを見つけた。


 暴れるくろすけから紙をとり、開いてみる。


「手紙なんか書くなよ、ばかぁ」


 それはベルからの手紙だった。


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― 新着の感想 ―
王道という、一番難しいオープニングを形にできていて凄いです
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