19話 投獄勇者
____________勇者side
「――一体どういう事ですか!! アレクセイ王!!」
王城――王の間にて、怒号を飛ばした僕は瞬く間に近衛兵に囲まれる。
しかしそんな事はどうでもいい。その気になればこの程度の包囲、抜け出すのは容易い。
「お、おお勇者ロベルトよ。久しいな……して、そなたは一体何に腹を立てておるのだ?」
すっとぼけた顔をしたアレクセイ王は、長い髭を摩りながら言った。
「何故……何故亜人を奴隷とするような事をしたのですか!」
「その事か。ふむ、勇者ロベルトよ、そなたは知らんのだろう? 奴らと魔族は本質的に同じであるという事を」
「……は?」
訳が分からなかった。いや、言葉の意味はわかる。亜人も魔族も名称の差でしかない。人間領で暮らしているか、魔族領で暮らしているか、その差だ。
というよりも、魔族とは亜人種の一部といった方が正しいか。
しかし、それのどこに問題があるのか。どこに奴隷とし、迫害し処刑する理由があるのか訳がわからない。
彼らは人間と共に生き、長い間支え合ってきたのに。その恩を忘れた、処刑するだと……?
何の罪もない善良な国民を……こいつは一体何を考えてるんだ?
「魔王ベルゼビュート亡き今、奴らの種を全て消してしまえばいいのだ。さすれば、我らは二度と魔王に脅かされることはない。亜人共の処刑はその一手といった所じゃのぉ」
にっこりと微笑んで言ったアレクセイ王……アレクセイが、僕には醜い化け物に見えた。
戦慄したさ。きっと少し前の僕も、こんな風だったんだ。
吐き気を催す邪悪な顔だ。
「……それなら、何故……僕の仲間まで投獄した」
許す事はないが、百歩譲って亜人の件は思想として一旦受け入れよう。
しかし、この国に大きく貢献してきたレオン達を投稿する理由はない。
怒りに顔が歪む僕を前に、アレクセイは呆れた顔をして言った。
「奴らは稀代の反逆者よ。処刑反対だけでなく、亜人共の脱獄に手を貸し、あまつさえ儂に牙を向けおった。反逆者は投獄ののち処刑するのは当然のこ――」
「もういい。喋るな豚が」
気が付けば僕は剣に手をかけていた。
「ぶ、ぶ……無礼者ォ!! 貴様何をしようとしておるのだ!! ええい、そやつを捕らえよ!!」
「はッ!!」
それを見たアレクセイは激昂し、兵達は僕を跪かせ拘束した。
抵抗はしなかった。いや、出来きなかった。
「くッ」
きっとこいつは僕が剣を抜く事を想定していたんだ。玉座の手前にご丁寧に拘束魔法陣を仕掛けているんだから。
アレクセイは頭が切れる。いや、それ以前に一国の王を感情だけで首を取れるはずもない。
僕が浅はかだったか。
「残念だったなロベルトよ。貴様らの行動を読むなど余りにも容易い。処刑の日まで存分に後悔するがよい」
下卑な笑みを浮かべアレクセイは衛兵に命じ、僕を地下牢に連行させた。
罪状は反逆罪なんだってさ。全く、笑えるよ。
「勇者様、どうかお許しください」
薄暗く、不衛生極まりない牢へ入れられる時、看守がボソリと呟いた。
「ああ、気にしないでくれ。それが仕事だろう?」
「申し訳ありません。申し訳、ありません」
看守の男はずっと謝り続けていた。きっと彼も、今回の件には反対しているんだ。
でもそれを口に出すことはできない。恐らく反逆者として処刑されてしまうから。
「皆もここにいるのか……?」
そんな事をボヤき、辺りを見回すと所々に蜘蛛の巣があり、何の臭いか鼻を突く刺激臭すら漂っている。
牢屋だから仕方ないのかもしれないが、もう少し管理してもいいんじゃないかな。
いつまでここにいるか分からないけど、長期間だと精神的にかなりキツそうだ。
それはそうと、アレクセイはなぜ急に亜人を迫害し始めたのだろうか。少なくとも彼は亜人に対して悪いイメージを持っていた人間じゃないはず。
――ベルゼビュート亡き今、奴らを種を全て消してしまえばいいのだ。
なぜ? 魔族領への侵攻と言うだけなら百歩譲って理解はできる。何故共生してきた亜人まで……
と、あれこれ考えていると静かな牢に微かに声が響いた。
「ロベルトか……?」
「レオン! 無事なのか!? 」
壁越しに聞こえる声は澄んでいながらも、どこか疲れ切っているような気がした。
無事かどうか、無事なはずもないがどうしても聞かずには居られなかった。
「なんとかな……、まさかお前まで投獄されるとは……」
「すまない。僕が上手く動いていれば……」
アレクセイに事実を問いただす前に、仲間の安否確認を優先すべきだった。
これは僕のミスであり、もしかすると取り返しのつかない事をしてしまったのかもしれない。
「ロベルト、必ずここから出てあのクソッタレを一発ぶん殴ってやろうぜ」
仄暗い檻に似つかない明るい声に違和感を抱きつつも、僕も同じ気持ちだったのであまり気にしないことにした。
「ああ、しかし……この手錠……」
両手首に繋げられた手錠をどうにかしない事にはここから出ることはできない。
ただの鉄製の錠ならなんて事はないけど、弱体化の魔法……呪いと言うべきか。とにかく、その呪いのせいで身体に力が入らない。
魔法を使おうにも、まるで反応がない。恐らく、この地下牢全体に妨害魔法が施されているのだろうか。
「そうだ、恐らくカルスラーンのやつがご丁寧に仕上げたんだろうよ」
カルスラーン。数年前に宮廷魔導師団長に就任した男だが、普段はフードを深く被っているせいで素顔が見えない。
正確には徹底的に情報を伏せているのか、カルスラーンの事はほとんど分かっていない。
分かっているのは凄腕の魔法使いであり、アレクセイから信頼されている事くらいで、僕個人としてはどうしてもきな臭い印象を受ける。
「はぁ、ならカミラがいないと無理だな。参ったな……こんな所でグズグズしてる場合じゃないのに」
「そろそろあいつらも異変に気がついてるはずだ。我ながら情けないが、カミラとマリアが動いてくれる事を祈るしかない」
「残念だけど、そうみたいだね」
僕らは敢えて軽口ように言って大きなため息をついた。
カミラ達が来てくれる可能性は、正直かなり低いだろう。
現実的な解決策を出さないと。なにせ、僕にとっても、レオンにとっても時間は敵になってしまったいる。
処刑の日はいつかは分からないけれど、あまり先延すとも思えない。
「なあ、ロベルト」
ふいにレオンが声を上げた。
「どうした?」
「お前はさ、きっと助かるよ。いや、俺が助けてやるから……もう少しだけ待っててくれよ」
「それは、どういう――」
それから返答はなく、僕の声だけが響いていた。
そしてこの時僕は知らなかったんだ。これがレオンと交わす最後の会話だった事を。
____________Another side
「……随分時間が経ってしまったな」
仄暗い洞窟の奥底で、誰に告げるでもなく声が響いた。
辺りは蒼い炎が灯る燭台で照らされているが、この小部屋以外はほとんど黒一色。
小部屋には何やら複雑な魔法陣が描かれており、声の主はその中心にある台座のような所で寝ていのたか、ようやくむくりと起き上がった。
長い間眠りについていたのか、彼は自身の身体を確認するように手のひらを開いては閉じ、小さくため息をついた。
「皆は今頃どうしてるかな。これから起こる惨劇に、対抗する術を身につけてくれただろうか」
ペタペタと足音を立て男は唯一の出口へと向かう。
「エイラ、君ならきっと上手くやってくれていると信じているよ」
男は物憂げにそれだけ呟き、暗闇の中へと消えていった。




