14話 救いの裏の醜悪
____________レックスside
最悪の気分だ。世界が終わっちまったような、俺の全てが崩れ落ちたような。
また俺はウルを失った。何度も何度も、ウルの死に際を見た。
何度も救おうとした。そして何度も失敗した。わかってる。これは過去だから、記憶の渦に閉じこもってるだけで、何も変えられない事くらい。
でも、何度も何度もやってりゃ、そのうち奇跡が起きるかもしれねェ。
もしかしたらウルを救えるかもしれねェ。
俺はそう思ってんだ。
いや、違うか。そう思う事で現実から逃げてんだな。呆れるほど馬鹿だよな。
「お兄ちゃん」
声が聞こえた。幻聴に決まってる。
ウルは俺の手の中で死んだ。喉も裂けてる。喋れる訳がねェ。
でも、確かにウルの声だ。ウルの話し方なんだ。俺が聞き間違えるはずがない。
変えられない過去を変えようともがいてる内に、とうとう頭の方が先に壊れちまったらしい。
それなら振り向いたっていいよな。どうせ俺はもう戻らねェんだから。
「あ――ウ、ル……?」
はは、遂に幻覚まで見えてきたか?
「幽霊でも見た顔してるよ。 あ、でも私って今そんな感じなのかな?」
ウルの亡骸は確かに俺の腕にある。でも、でも今目の前で喋ってんのは確かにウルだ。
この聞きなれた声も、笑った顔も、落ち着きのない尻尾まで、全部がウルだ。
俺は気がつけばそっと亡骸を置き、手を伸ばしていた。
頬に触れた。少しだけ高い体温、くすぐったそうにはにかむ顔。
鼻をつく焦げ臭さの中に、確かな甘い香り。もう幻覚なんかじゃねェ。
「な、ンで……だって、お前は……」
そう言うと、ウルはその場でくるっと回りおどけながら笑って言った。
「ふふ、お兄ちゃんが元気ないんだから化けて出てきちゃった――わわっ」
もう抑えきれない。俺はウルを抱きしめた。身体が勝手に動いちまうんだ。
「ごめん、ごめんなぁ……兄ちゃんが護ってやれなくて……俺だけ生ぎ残っちまっで……!!」
視界が滲む。声が震える。頭ん中ぐッちゃぐちゃで訳分からねェ。
「お兄ちゃん、本当に悪いと思ってるの?」
「ッ!! 俺が弱かったから……俺が全部――」
言いかけて俺の身体は無理やり離された。同時に両の頬がぐにっと引っ張られる。
目の前には頬を膨らませる不機嫌そうなウルの顔があった。
「ほーんと、お兄ちゃんってば馬鹿なんだから! なんでお兄ちゃんが悪くなるのよ。悪いのは襲ってきた人達でしょ?」
「でも、俺はお前を護るって」
「ふふ、充分護ってくれたよ。今までずっと……沢山沢山、私を護ってくれてたの知ってるよ」
そう言っていつもの笑顔で俺の頭をそっと撫で、「でも」と続けた。
「一つだけお兄ちゃんに怒っていることがあります!」
「え、あ……な、なんだ? 兄ちゃんお前の為ならなンだって」
「ふーん?」
ウルは不満気な顔で、自分の亡骸を指さした。
「酷いよお兄ちゃん。私の顔忘れるなんて! 馬鹿!阿呆! シスコン!」
「いてっ、お、おいウル、俺は別に忘れてなんて」
ポカポカと頭を叩くウル。怒っていても、それすら愛おしいと感じる。
「なら!! このモヤ取って!!」
「で、でもよ、俺は、その……別に忘れてなんか……」
ウルは歯切れが悪く目を逸らす俺を、強制的に視線を合わせるように顔をあげさせた。
「早く!!!!」
「……出来ねェよ。怖いんだ。俺を見る目が……ずっと、ずっと怖いんだ。俺を恨んでるんじゃないかって、そう思っちまうと堪らなく怖いんだ」
俺は弱い。誰も護れねぇ、恨みを受け入れる強さもねぇ。逃げてばっかなのが、俺なんだ。
すると突然、バチンと音が響く。やや遅れてやってきたのは頬を襲うジンジンとした感覚。
「シャキッとしなさいレックス・エウレウス!!!!」
突然、ウルが叫んだ。
「……」
「私がお兄ちゃんを恨む訳ないでしょ! 沢山感謝してる。私はお兄ちゃんが生きててくれた嬉しかったの! 私の分まで生きて欲しいの! 沢山笑って欲しいの。馬鹿!馬鹿馬鹿馬鹿! お兄ちゃんの、ばがぁ……」
ウルは泣きじゃくっていた。涙を流して鼻水を垂らして、それでもウルは止めなかった。
「お兄ちゃんにとって、私はそんな事思う悪い妹なの? 私は大好きなお兄ちゃんに、これからも強く生きていて欲しいよ。本当に手生きててくれて嬉しかったんだよ?」
「ウル……」
「お願いお兄ちゃん……私を見て。私を、忘れないで」
震えた声でそういうと、ウルの足が霞みがかり始めた。
ああ、俺は救いようがねェ馬鹿だ。ウルに化けて出させて、ここまで言われねェと受け入れられないなんてよ。
「……ウル、悪かった。ずっと、逃げてたンだ。俺だけ生き残っちまった事を、誰かに怒って欲しくて、恨んで欲しかった。そう思い込めば俺が……楽だから。この日の事を、この惨劇を正面から受け入れなくていいからよ……」
不思議なもんだ。口にすると今まで乗っかってたもんが少しだけ軽くなった気がする。
「大丈夫、皆お空からお兄ちゃんを応援してるよ。皆皆、お兄ちゃんの味方だから」
そう言うとウルはもう一度俺を抱きしめてくれた。
小さな手を回し、馬鹿な俺に温もりをくれた。
なんでかな。もう本当にこれが最期だってわかっちまう。ウルと話せる時間はもう二度とないんだ。
本当の本当に、別れの時なんだ。
最期くらい、せめて頼れる兄貴でいてやらねーとな。
「わわっ、あ――ふふ、懐かしいねこれ。好きだったなぁ」
俺はウルの両脇に手を差し、出来る限り高く持ち上げた。するとウルは昔を懐かしむように笑ってくれたり
しっかりしてるようで、ウルはこう言うのが好きなんだ。
「ウル、ありがとうな。もう逃げねぇ。空からしっかり見ててくれ、俺の……お前の兄ちゃんの生き様を。ウルの……誇れる兄ぢゃんになるがら。今度ごそ! この誓いは守るがらっ……! 」
「うん、わかりました。でも怪我、しないでね。行ってらっしゃい」
「……いっでぎます」
ウルは一瞬悲しそうな顔をして、最後は今までで一番の笑顔を見せてくれた。太陽みたいな眩しすぎる笑顔だ。
やがて俺の腕にかかる重さは微かな温もりだけを残して消えちまった。
「……約束は、守らなきゃな」
ウルの亡骸にはまだモヤがかかってる。
正直いうとまだ怖い。でも、見なきゃならねぇ。
数秒目を瞑り呼吸を整える。生唾を飲み込む喉が音を立てた。
そして、意を決して目を開くと――
「――」
まるで本当に寝てると思っちまうくらい、どこか満足気で、安らかな表情だった。
俺は、一体何をしてたんだろうな。
「おやすみ、ウル」
____________エイラside
「なに……今の」
あんな現象は知らない。聞いた事もない。ここはレックスのトラウマで、記憶の世界のはずだ。
何をしても変わらない、決して変えられない世界……確定した世界なのに。
なのにどうして、あんな事が起きるの。
私は幻影魔法を使って助けようとした。でも、その必要はなかった。だって、本物のウルちゃんがいたんだもん。
思念体、とでも言うのかな。
とりあえず理由も理屈も分からないけれど、レックスの闇は祓われた。それは本当に良かった思ってる。
それなのに、私の心にはさざ波が立っていた。
「お前……なんつー顔してんだよ」
「え?」
ちびレックスに指摘されるまで気が付かなかった。地面に落ちていた鏡の破片を見て、初めて気が付いた。
どうしてレックスが救われたのに、私はこんなにも醜い表情をしているんだろう。
目に光はなく、頬が引き攣っている。
心の奥底、無意識の領域を炙り尽くすような未練と嫉妬の顔だ。
それを理解すると納得してしまった。私の理性なんて置き去りにして、感情が顔を動かしたんだ。
だってさ、そうじゃん。思ったもん。ウルちゃんが現れてからずっと。
不公平だよそんなの。
なんでよ。なんでレックスだけなの。私だって。
なんで私にはないの。どうして?
おかしいよそんなの。だっておかしいじゃん。
私は逢えないのに。
「ずるいよ」
呟いた声も、鏡に映る自分も、どこか知らない世界の人のようだった。




