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怠惰な私の建国奇譚  作者: 吉良千尋


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13/21

13話 惨劇

 

「ここは……獅子の里――?」


 怒号と悲鳴が飛び交い、血で血を洗う死屍累々の惨状が広がっている。

 これは確か、十年くらい前の出来事で、反乱軍が原因の事件だったかな。


 そっか、この時に何かあったんだ。


 当然だけどレックスの記憶を覗いてるだけだから、私はこの世界に干渉する事は出来ない。他者からは見えないし触れる事も、話す事も出来ない。


 しばらく歩いてみても、誰かが誰かを襲い、殺し、奪う光景が繰り返されている。


 どうしたものかと考えていると、見覚えのある一人の少年がムスッとした顔で私を見ていた。


「チッ……てめぇにはプライバシーってもんがねェのかよ」


 幼い姿をしたレックスだった。

 なんで私が見えるのかと思ったが、多分始祖返りによって精神が、ここに閉じ込められてしまっているのかな?


 初めての経験だからわからないけど、当たらずとも遠からずって所だろう。


「そんなものよりレックスを元に戻す方が大事でしょ?」


「ケッ、負けた上に世話になるたァ情けねェ話だぜ」


 不謹慎だけど、なんかちょっと可愛いな。十歳にも満たなそうなちびレックスなのに、口調は生意気だから余計に。

 さすがに表に出す訳にはいかないけどね。


「その若さで私に勝とうとすること自体が間違ってるんだよ」


 こっちは五百年生きてて、色んな時代を経験してる。しかも魔族の中では上位種にあたるダークエルフ。どれだけ探しても負ける理由がないもの。

 十八年ぽっちの子供が勝つなんて無理無理。


「相変わらずムカつく奴だな!! まぁいい、来いよ」


 何となくだけど、ちょっとだけ素直な気がするのは気のせいだろうか。


 私は言われた通りちびレックスについて行くことにした。彼は仲間の死に目もくれず、迷うことなく歩をすすめる。


 ようやく足を止めたかと思うと、ちびレックスは俯き血が滴るほどに拳を握っていた。


「あれは――」


 その先で私達を待っていたのは、でかレックスと彼が抱える少女だった。

 本来はちびレックスと逆なんだろうけど、これが彼を閉じ込めている原因なのかもしれない。


 少女の方は下半身が焼け焦げ、左腕がなく喉が裂かれている。これは……もうどうしようもない。

仮に世界一の治癒士が駆けつけたとしても、彼女は助からないだろう。


 精神だけで命を繋いでいる状況だ。


 ただ、顔が見えない。黒いモヤがかかっていて表情が全くわからない。


「ウル……俺の妹だ」


「妹……?」


「俺が、護るはずだった……俺が護らなきゃならねェ存在だったんだ。でも、俺は弱ェから……!! ウルを殺しちまった」


 そっか、彼のトラウマはこれなんだ。

 ちびレックスの表情は酷いものだった。十年という歳月が経過しても、この傷は癒されるどころか広がっている。


 きっと、ずっと自分を責めているんだ。レックスは悪くないのに、妹を護れなかったから。


 だからレックスは私に怒ってたんだね。幼いレックスと違って護れる強さがあるのに、それをしなかった馬鹿な私が気に入らないんだ。


「レックス、彼女を殺したのは君じゃないよ。それでも、その気持ちはわかる」


だって私もベルを殺してしまったようなものだから。

あの積み上げてきたものが一瞬で崩れるような、未来を全て壊されるような感覚は、堪らなく辛い。


何かに心を蝕まれてくんだ。でも決してそれには抗えない。タチの悪い感覚。


「……そんな事、言って欲しい訳じゃないと思うけどさ」


「……」


「ねぇ、君の妹……ウルちゃんの事聞かせてよ。君みたいな生意気小僧が大切に思うんだから、きっといい子だったんでしょ?」


「一々一言余計なンだよ! はぁ……あいつはよ、昔っから病弱で手間のかかる妹だったンだ」


 それからレックスはポツポツとウルちゃんの事を話し始めた。


 彼女の事を沢山話してくれた。

 慈愛に満ちていて、自分より他者を優先するような優しい子だったらしい。天使のような笑顔を絶やさず、周囲に愛され、同じように周囲を愛した。

 辛くても弱音なんか吐かないで、毅然とした彼女をレックスも心から愛していたんだ。


 苦しいよね。そんな彼女を護ることが出来ない自分が憎らしいよね。


 レックスにこんな過去があったなんて、全然知らなかった。口はともかく、この子も本来は優しい子なんだ。


「だから、二度と負けられなかったンだ。はは、まぁもうそれも今更だけどな」


 自虐的に乾いた笑みを浮かべてそう言った。


「――――」


 突然響いたその音は、声と言うにはあまりにも悍ましく、叫びと言うにはあまりにも悲痛だった。


 彼女が力尽きたと、見るまでもなくわかった。


 亡骸を強く抱き、後悔や絶望、自責に侵食されたレックスは見ていられなかった。


 私じゃ彼をこの闇から救えない。思わずそう悟ってしまうほど、彼の表情は絶望そのものだった。


「あのモヤ、気にならねェか?」


 沈黙を破ったのはちびレックス。気にならないといえば嘘になるけれど、それを口にするのもどうかと思って黙っていた。


「まぁ、気にはなるよ。うん」


「アイツはよ、怖いんだ」


「怖い?」


「ウルが俺を恨んでるって思い込んでンだ。それが怖くて怖くてたまらねェチキン野郎なんだよ。だから見ないように、見えねェように自分で蓋をしちまった」


 ああ、あれはトラウマの根源なんだ。私はウルちゃんを知らないから、あまりテキトーな事は言えない。

 でも話を聞いている限り、レックスを恨むような子じゃないと思う。


 なんとなく、彼を闇から引き出す方法がわかった気がする。でもそれを勝手にやる訳にはいかない。


「ねぇ、ちびレックス。ウルちゃんの事、もっと聞かせてよ」


 唐突にそんなことを言い出した私に、ちびレックスは驚いたような顔をして少しだけ笑った。


「はッ、ちびじゃねぇよくそババア」




 それから色々と話を聞き、私はでかレックスの記憶を覗いている状態で、更にちびレックスの記憶を覗いた。


「本当に後で怒らない?」


「さァな。そりゃアイツが決める事だ。少なくとも俺ァ悪いとは思わねェよ」


「うーん、まぁいっか。やってみよう」


 ちびレックスの話を聞いてウルちゃんの事はよくわかったし、記憶を辿ったから容姿も問題ない。

 あとは私の演技力に全てがかかっている。


 面倒だけど頑張らないとなぁ。


 軽いため息をついた後、私が杖をトンと地面を小突くと、


「あ……あ――ウル……!!ウル!!!!」


「えっ、わっ」


 今私の姿は妹のウルちゃんそのもの。勿論、声だって同じだ。

 ちびレックスは私だと分かっているのに、それでも涙を浮かべ抱きしめてきた。


 この子もウルちゃんを失ってるんだもんね。こうなるのも無理はないし、それを茶化すほど私は子供じゃない。


「よしよし」


 抱きついて泣きわめくちびレックスの頭をそっと撫で、彼の気が済むまで続けた。


 しばらくした後、ずびびと鼻を啜りながらちびレックスはばつ悪そうな顔で離れた。


「お兄ちゃん、もういいの?」


 小さな背丈だから必然的に上目遣いになる。あとは首をかしげれば完璧。


「あぅ、く……くそ、調子狂うぜ。でも、ありがとうよ。本当にもう一度ウルに会えた気がして……うぅ、くぅ……だから、あいつを救ってやってくれ。あいつはもう壊れかけちまってる。あいつは……俺は誰も殺したくなんかねェんだ」


 そう、この子は心根の優しい子だ。

 この惨劇を無かったかのように、平和な世界の裏を見れなかったゴブリン達が許せなかっただけ。


 何度も牙を向いたけど、結局誰も殺しはしなかった。それがまた悲劇の引き金になると分かっているから。


 わかって欲しかったんだよね。誰もが幸せな世界なんかじゃないって。


 それなら尚更、レックスは自分の口で言わないといけない。自分で彼らに伝えないといけないんだ。


「うん、行ってくるよ」


 そうしてウルちゃんの姿を借りた私は、絶望の縁に彷徨うレックスの元へと歩をすすめた。





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