13話 惨劇
「ここは……獅子の里――?」
怒号と悲鳴が飛び交い、血で血を洗う死屍累々の惨状が広がっている。
これは確か、十年くらい前の出来事で、反乱軍が原因の事件だったかな。
そっか、この時に何かあったんだ。
当然だけどレックスの記憶を覗いてるだけだから、私はこの世界に干渉する事は出来ない。他者からは見えないし触れる事も、話す事も出来ない。
しばらく歩いてみても、誰かが誰かを襲い、殺し、奪う光景が繰り返されている。
どうしたものかと考えていると、見覚えのある一人の少年がムスッとした顔で私を見ていた。
「チッ……てめぇにはプライバシーってもんがねェのかよ」
幼い姿をしたレックスだった。
なんで私が見えるのかと思ったが、多分始祖返りによって精神が、ここに閉じ込められてしまっているのかな?
初めての経験だからわからないけど、当たらずとも遠からずって所だろう。
「そんなものよりレックスを元に戻す方が大事でしょ?」
「ケッ、負けた上に世話になるたァ情けねェ話だぜ」
不謹慎だけど、なんかちょっと可愛いな。十歳にも満たなそうなちびレックスなのに、口調は生意気だから余計に。
さすがに表に出す訳にはいかないけどね。
「その若さで私に勝とうとすること自体が間違ってるんだよ」
こっちは五百年生きてて、色んな時代を経験してる。しかも魔族の中では上位種にあたるダークエルフ。どれだけ探しても負ける理由がないもの。
十八年ぽっちの子供が勝つなんて無理無理。
「相変わらずムカつく奴だな!! まぁいい、来いよ」
何となくだけど、ちょっとだけ素直な気がするのは気のせいだろうか。
私は言われた通りちびレックスについて行くことにした。彼は仲間の死に目もくれず、迷うことなく歩をすすめる。
ようやく足を止めたかと思うと、ちびレックスは俯き血が滴るほどに拳を握っていた。
「あれは――」
その先で私達を待っていたのは、でかレックスと彼が抱える少女だった。
本来はちびレックスと逆なんだろうけど、これが彼を閉じ込めている原因なのかもしれない。
少女の方は下半身が焼け焦げ、左腕がなく喉が裂かれている。これは……もうどうしようもない。
仮に世界一の治癒士が駆けつけたとしても、彼女は助からないだろう。
精神だけで命を繋いでいる状況だ。
ただ、顔が見えない。黒いモヤがかかっていて表情が全くわからない。
「ウル……俺の妹だ」
「妹……?」
「俺が、護るはずだった……俺が護らなきゃならねェ存在だったんだ。でも、俺は弱ェから……!! ウルを殺しちまった」
そっか、彼のトラウマはこれなんだ。
ちびレックスの表情は酷いものだった。十年という歳月が経過しても、この傷は癒されるどころか広がっている。
きっと、ずっと自分を責めているんだ。レックスは悪くないのに、妹を護れなかったから。
だからレックスは私に怒ってたんだね。幼いレックスと違って護れる強さがあるのに、それをしなかった馬鹿な私が気に入らないんだ。
「レックス、彼女を殺したのは君じゃないよ。それでも、その気持ちはわかる」
だって私もベルを殺してしまったようなものだから。
あの積み上げてきたものが一瞬で崩れるような、未来を全て壊されるような感覚は、堪らなく辛い。
何かに心を蝕まれてくんだ。でも決してそれには抗えない。タチの悪い感覚。
「……そんな事、言って欲しい訳じゃないと思うけどさ」
「……」
「ねぇ、君の妹……ウルちゃんの事聞かせてよ。君みたいな生意気小僧が大切に思うんだから、きっといい子だったんでしょ?」
「一々一言余計なンだよ! はぁ……あいつはよ、昔っから病弱で手間のかかる妹だったンだ」
それからレックスはポツポツとウルちゃんの事を話し始めた。
彼女の事を沢山話してくれた。
慈愛に満ちていて、自分より他者を優先するような優しい子だったらしい。天使のような笑顔を絶やさず、周囲に愛され、同じように周囲を愛した。
辛くても弱音なんか吐かないで、毅然とした彼女をレックスも心から愛していたんだ。
苦しいよね。そんな彼女を護ることが出来ない自分が憎らしいよね。
レックスにこんな過去があったなんて、全然知らなかった。口はともかく、この子も本来は優しい子なんだ。
「だから、二度と負けられなかったンだ。はは、まぁもうそれも今更だけどな」
自虐的に乾いた笑みを浮かべてそう言った。
「――――」
突然響いたその音は、声と言うにはあまりにも悍ましく、叫びと言うにはあまりにも悲痛だった。
彼女が力尽きたと、見るまでもなくわかった。
亡骸を強く抱き、後悔や絶望、自責に侵食されたレックスは見ていられなかった。
私じゃ彼をこの闇から救えない。思わずそう悟ってしまうほど、彼の表情は絶望そのものだった。
「あのモヤ、気にならねェか?」
沈黙を破ったのはちびレックス。気にならないといえば嘘になるけれど、それを口にするのもどうかと思って黙っていた。
「まぁ、気にはなるよ。うん」
「アイツはよ、怖いんだ」
「怖い?」
「ウルが俺を恨んでるって思い込んでンだ。それが怖くて怖くてたまらねェチキン野郎なんだよ。だから見ないように、見えねェように自分で蓋をしちまった」
ああ、あれはトラウマの根源なんだ。私はウルちゃんを知らないから、あまりテキトーな事は言えない。
でも話を聞いている限り、レックスを恨むような子じゃないと思う。
なんとなく、彼を闇から引き出す方法がわかった気がする。でもそれを勝手にやる訳にはいかない。
「ねぇ、ちびレックス。ウルちゃんの事、もっと聞かせてよ」
唐突にそんなことを言い出した私に、ちびレックスは驚いたような顔をして少しだけ笑った。
「はッ、ちびじゃねぇよくそババア」
それから色々と話を聞き、私はでかレックスの記憶を覗いている状態で、更にちびレックスの記憶を覗いた。
「本当に後で怒らない?」
「さァな。そりゃアイツが決める事だ。少なくとも俺ァ悪いとは思わねェよ」
「うーん、まぁいっか。やってみよう」
ちびレックスの話を聞いてウルちゃんの事はよくわかったし、記憶を辿ったから容姿も問題ない。
あとは私の演技力に全てがかかっている。
面倒だけど頑張らないとなぁ。
軽いため息をついた後、私が杖をトンと地面を小突くと、
「あ……あ――ウル……!!ウル!!!!」
「えっ、わっ」
今私の姿は妹のウルちゃんそのもの。勿論、声だって同じだ。
ちびレックスは私だと分かっているのに、それでも涙を浮かべ抱きしめてきた。
この子もウルちゃんを失ってるんだもんね。こうなるのも無理はないし、それを茶化すほど私は子供じゃない。
「よしよし」
抱きついて泣きわめくちびレックスの頭をそっと撫で、彼の気が済むまで続けた。
しばらくした後、ずびびと鼻を啜りながらちびレックスはばつ悪そうな顔で離れた。
「お兄ちゃん、もういいの?」
小さな背丈だから必然的に上目遣いになる。あとは首をかしげれば完璧。
「あぅ、く……くそ、調子狂うぜ。でも、ありがとうよ。本当にもう一度ウルに会えた気がして……うぅ、くぅ……だから、あいつを救ってやってくれ。あいつはもう壊れかけちまってる。あいつは……俺は誰も殺したくなんかねェんだ」
そう、この子は心根の優しい子だ。
この惨劇を無かったかのように、平和な世界の裏を見れなかったゴブリン達が許せなかっただけ。
何度も牙を向いたけど、結局誰も殺しはしなかった。それがまた悲劇の引き金になると分かっているから。
わかって欲しかったんだよね。誰もが幸せな世界なんかじゃないって。
それなら尚更、レックスは自分の口で言わないといけない。自分で彼らに伝えないといけないんだ。
「うん、行ってくるよ」
そうしてウルちゃんの姿を借りた私は、絶望の縁に彷徨うレックスの元へと歩をすすめた。
「面白かった!」
「続きが気になる!」
と思った方
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。
面白かったら星5、つまらなかったら星1とか辛辣な評価でも全然大丈夫です!
ついでにブックマークもいただけるととっても嬉しいです。
感想やレビューもお気軽にどうぞ!何卒よろしくお願いいたします。




