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才能略奪者の成り上がり――触れるだけで相手の才能を奪える俺、日本経済の頂点まで駆け上がる  作者: ぽんぽこライフ


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報道の嵐――疑惑が名前を持つ日

 月曜日の朝八時。六局のワイドショーが、同じ写真を使っていた。久我山グループの役員紹介ページの灰谷透真の写真と、中堅メーカー時代の社員証の写真の比較だった。二枚の写真の間に、矢印が引かれ、「同一人物」のテロップが重ねられていた。


 コメンテーターの一人が言った。「この人物は、Loss症候群の被害者全員と接点がある。しかも、被害者が才能を失った時期と、この人物が同種の能力を発揮し始めた時期が完全に一致している。これは偶然ではない」。


 別のコメンテーターが言った。「しかし、握手で才能を奪うなど、科学的にありえない。超能力の話になってしまう」。


 三人目のコメンテーターが言った。「科学的にありえないことと、実際に起きていることは、別の問題だ。被害者は全員、同じ人物と接触した後に才能を失っている。これが偶然だと言う方が、よほど非科学的ではないか」。


 視聴率は、通常の月曜朝の一・五倍だった。


 朝九時。久我山グループの代表番号が鳴り続けた。広報部に、報道各社から取材要請が殺到した。広報部長は、「個人的な疑惑であり、グループとしてコメントする立場にない」と回答した。回答は、コメント拒否と受け取られた。


 十時。SNSのトレンドが更新された。一位は「灰谷透真」だった。二位が「Loss症候群 犯人」だった。三位が「久我山グループ」だった。


 昼までに、久我山グループの株価が、前日比四・二パーセント下落した。時価総額にして約百三十億円が、半日で消えた。



  ◇



 灰谷の執務室に、秘書が報告書を持ってきた。報告書の中身は、各メディアの報道状況のまとめと、株価の推移と、取引先からの問い合わせ件数だった。


 問い合わせ件数は、三十二件だった。三十二件のうち、八件が取引の一時停止を申し入れていた。残りの二十四件は、「状況を注視している」という表現を使っていた。「注視している」は、次の動き次第で手を引くという意味だった。八件の一時停止のうち、三件は灰谷が自ら開拓した取引先だった。自分が築いた関係が、自分のせいで崩れていた。


 灰谷は、報告書を読み終えた後、秘書を下がらせて、執務室の椅子の背もたれに体を預けた。


 背もたれに体を預けた瞬間に、窓の外のビル群が歪んだ。歪みは二秒で収まった。副作用の視覚歪曲が、日中にも発生するようになっていた。


 灰谷のスマートフォンが鳴った。法務部の田所からだった。


 灰谷は報告書を、デスクの上に裏返しに置いた。置いた報告書の裏側に、昨日の経営会議の議事録が透けて見えた。議事録の中の「灰谷室長」の文字が、今朝は、別の意味を帯びていた。


「灰谷室長。記事を出した週刊誌に対する法的措置について、ご指示をいただきたいのですが」


「名誉毀損で訴えろ。黒田恭介の個人情報も洗え」


「記事には灰谷室長のお名前は出ていません。『ある財界の急成長株』としか」


「名前が出ていなくても、特定班が名前を出した。記事が原因だ」


「承知しました。ただ、訴訟を起こすと、かえってメディアの注目を集める可能性が」


「集めればいい。メディアが注目したところで、証拠がなければ何もできない」


 灰谷の声は、平静だった。平静さは、久我山の経営者としての胆力だった。灰谷自身の胆力ではなかった。


 電話を切った後、灰谷の右手が、デスクの端を掴んでいた。掴んだ指の関節が、白くなっていた。指の先が、微かに、ピアノの運指を刻んでいた。刻んでいることに、灰谷は気づいていなかった。



  ◇



 午後三時。特殊対策室に、一通の封筒が届いた。


 封筒の表には、何も書かれていなかった。封筒の中に、書類の束が入っていた。書類は、A4のコピーだった。


 コピーの内容を見た真壁の目が、細くなった。


 翠雲荘での灰谷の行動記録だった。日時、場所、接触した人物の名前が、すべて記載されていた。記載の中に、桐生秘書官との握手の日時と、梶原官僚との名刺交換の日時と、織部千景との挨拶の日時が、含まれていた。


 全ての日時の翌日に、接触した人物に能力低下の症状が出ていた。


「氷室。これは、三条院からだ」


「三条院麗華。昨夜、真壁さんに電話した人物ですね」


「そうだ。翠雲荘の行動記録だ。灰谷が誰と、いつ、接触したかが全部書いてある」


 氷室は、書類を受け取った。受け取った書類の一枚目を見た瞬間に、氷室の眼鏡の奥の目が、一度だけ、まばたきした。


「これで七割です」


「そう言ったのは昨日だ。今日は何割だ」


「七割半です。残りの二割五分は、依然として、才能略奪の物的証明です。しかし」


 氷室は、書類の二枚目を見た。


「この記録があれば、接触と発症の因果関係を、分単位の精度で立証できます。状況証拠としては、これまでで最も強い」


 氷室は、書類の三枚目をめくった。三枚目には、織部千景との接触記録が記載されていた。日時は十一月十二日午後六時四十分。場所は翠雲荘一階ロビー。接触方法は挨拶時の握手。


「織部千景の演奏障害の発症は、十一月十三日です。接触の翌日です。三条院記録との一致は完全です」


 真壁は、書類を内ポケットにしまった。しまう前に、全八ページの内容を、頭の中に叩き込んだ。叩き込んだ後で、灰谷の写真を見た。


 写真の中の灰谷の目が、新しい蛍光灯の光の下で、光っていた。光り方は、もう、人間の目の光り方ではなかった。複数の光が、一枚の写真の中で、重なっていた。



  ◇



 夜。灰谷のタワーマンション。


 灰谷は、スマートフォンの画面を、暗い部屋の中で、見ていた。画面には、自分の名前が入った検索結果が、延々と続いていた。


 「灰谷透真 Loss症候群」。


 「灰谷透真 久我山グループ」。


 「灰谷透真 才能略奪」。


 検索結果のタイトルを見ていくうちに、灰谷の指が、画面の上で、震え始めた。震えている指で、スクロールを続けた。続けるうちに、一枚の画像が表示された。灰谷の昔の写真——社員証の写真——に、赤い文字で「犯人」と書かれたコラージュだった。


 灰谷は、スマートフォンを、ソファの上に、投げた。


 投げた後、暗い部屋の中で、天井を見た。天井には何もなかった。天井の白い面が、一瞬だけ、プールの水面に見えた。水面は消えた。消えた後に、将棋盤の升目が浮かんだ。升目も消えた。消えた後に、五線譜が走った。五線譜も消えた。


 全てが消えた後の天井を見ながら、灰谷の口が、動いた。


「何が足りない」


 声は、自分の声だった。自分の声のはずだった。けれど、その声の中に、久我山と宮園と結城の声が重なって、何重にも反響していた。


 何が足りないのか。何を奪えばこの状況を打開できるのか。


 灰谷の中の全ての才能が、一斉に、答えを探し始めた。久我山の経営判断力が「メディア対策を」と言い、宮園の思考力が「黒田を法的に潰せ」と言い、三条院の交渉力が「政治家を動かせ」と言った。三つの答えが同時に出て、三つとも矛盾していた。


 矛盾する答えの隙間で、灰谷透真自身の声は、何も言わなかった。言う場所が、もう、残っていなかった。


 暗い部屋の中で、灰谷は、目を閉じた。閉じた瞼の裏に、埼玉のワンルームの蛍光灯が、一瞬だけ、見えた。見えた光は、すぐに消えた。消えた後には、何も見えなかった。

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