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才能略奪者の成り上がり――触れるだけで相手の才能を奪える俺、日本経済の頂点まで駆け上がる  作者: ぽんぽこライフ


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真壁と黒田――二本の糸が交差する

 真壁蓮司は、ロビーの奥のソファに座っていた。コートの裾が椅子の端に触れていた。時計を見た。約束の時間の五分前だった。


 入口から、一人の男が入ってきた。四十歳前後。禿げかけた頭。鋭い目。背は中程度で、体型は痩せ型だった。手に、使い込まれたショルダーバッグを提げていた。


 黒田恭介。フリーのルポライター。Loss症候群について匿名のブログを運営している男。


 真壁は立ち上がった。


「黒田さんですか」


「真壁刑事」


 二人は握手をしなかった。名刺も交換しなかった。ロビーの片隅のソファに、向かい合って座った。


「単刀直入にいきます」


 真壁は言った。


「あなたのブログ記事を読みました。『才能移転仮説』。よくここまで辿り着いた」


 黒田はバッグからノートを取り出した。手書きのメモが、ページを埋めていた。


「刑事さんも、同じ結論に至っているということですね」


「結論ではない。仮説です。ただし、仮説を裏付けるデータが集まりつつある」


 真壁はコートの内ポケットから、一枚の紙を取り出した。紙には、名前と日付が並んでいた。被害者リストだった。


「特殊対策室が把握しているLoss症候群の被害者は、現時点で十一名です。医療機関からの報告と、自助グループの参加者リストから抽出した」


 黒田の目が、リストを追った。


「十一名。俺が把握しているのは七名だ。被っているのは五名。合計すると——」


「十三名」


 真壁が言った。


「十三名のLoss症候群被害者。全員に共通する特徴がある」


「特定の人物との接触」


「そうです」



  ◇



 黒田がノートのメモを真壁に見せた。手書きの時系列表だった。


「この人物——仮にXとします——Xの行動パターンは明確です。社交の場で被害者に接近し、握手や身体接触を行う。接触後、被害者は四十八時間から七十二時間以内に才能の喪失を自覚する」


 真壁は頷いた。


「氷室——うちの分析官です——が統計分析を行った。被害者の才能喪失時期と、Xの公的な行動記録が一致する確率は九十四パーセント。統計的には有意です」


「九十四パーセント」


「しかし」


 真壁の声が、硬くなった。


「統計的有意は、法的証拠ではない。相関関係は因果関係を証明しない。才能を奪ったという被疑事実で令状が取れるか。取れない。才能の定義すら法律に存在しない」


 黒田はカップを置いた。乾いた音がした。


「じゃあ、世論を動かすしかない」


「世論で裁判はできない」


「裁判ができないなら、世論で追い詰めるしかないだろう」


「証拠なき告発は名誉毀損だ。こちらは警察だ。名誉毀損の片棒は担げない」


 二人の目が、ぶつかった。ぶつかった視線の間に、方法論の違いが壁のように立っていた。目的は同じだった。方法が違った。


「……お互い、自分のやり方でやりましょう」


 黒田が言った。言いながら、ノートを閉じた。閉じたノートの表紙は、手垢で黒ずんでいた。三ヶ月間、毎日開いたノートだった。


「ただし、情報は共有する。あんたは法的証拠を積み上げる。俺は記事を書く。二方面から、Xを追い詰める」


 真壁はコーヒーカップを手に取った。コーヒーは既に冷めていた。冷めたコーヒーの苦みが、舌の上に広がった。


「もう一つ。被害者の安全は最優先だ。Xが被害者に報復する可能性を考慮してほしい。記事に被害者を特定できる情報を入れないでください」


「当然だ。俺もジャーナリストだ」


 黒田の目が、真壁の目を見た。二人の目の間に、方法は違えど同じ方向を向いている者同士の、硬い信頼が生まれた。


 真壁は、数秒間、黒田を見た。見てから、頷いた。


「一つ条件がある。記事に実名を出す前に、俺に一報を入れてください。捜査との整合性を確認する必要がある」


「了解した」



  ◇



 警視庁特殊対策室。蛍光灯の下で、デスクに被害者の写真が並んでいた。


 真壁は自席に座り、黒田から受け取った情報を整理していた。黒田が持っていた情報の中に、一つ、真壁が知らなかった証言があった。


 宮園春人の証言。


 「銭湯で隣になった男。話しかけてきて、握手を求められた。手が異常に冷たかった」


 真壁は証言の記録を読み直した。宮園は入院中だったが、復讐者の会の安藤圭吾が電話で証言を取っていた。その情報が黒田を通じて、真壁の手元に届いた。


 復讐者の会。


 真壁はその名前を、まだ知らなかった。黒田は「協力者」とだけ言った。しかし、情報の質と量から、組織的な活動体が被害者側に存在することは推測できた。


 「真壁さん」


 氷室奏が、隣のデスクから声をかけた。銀縁眼鏡が蛍光灯の光を反射した。


「宮園さんの証言を加えたモデルの結果が出ました」


 氷室はモニターを真壁の方に向けた。画面にグラフと数値が表示されていた。


「Xと被害者の接触後、七十二時間以内に才能喪失が発生する確率は、前回の九十四パーセントから九十七パーセントに上昇しました。さらに、宮園さんの証言にある『手の冷たさ』は、他の三名の被害者も言及しています」


「手の冷たさ?」


「はい。安藤さんは『握手した手が異常に冷たかった』。瀬川さんは『握手した手が氷のようだった』。織部さんは『触れた指先が冷えていた』。四名中四名が接触時の手の温度の異常を報告しています」


 真壁は息を止めた。


「確率的に偶然とは言えません」


 氷室の声は事務的だった。感情を排除した声だった。データを読み上げるだけの声だった。しかし、読み上げられたデータの中に、真実の輪郭があった。


「データは嘘をつきません。人間と違って」


 真壁は椅子の背に体を預けた。天井を見た。蛍光灯の光が目に刺さった。


 手が冷たい。才能を奪うとき、犯人の手が冷たくなる。それは身体的な反応だ。能力の発動に伴う生理現象。つまり——才能を奪う行為は、犯人の体にも影響を及ぼしている。


 灰谷透真。


 真壁は、デスクの上の資料に目を落とした。灰谷の名前は、まだ捜査対象としては確定していなかった。状況証拠と統計データのみ。しかし、全ての矢印が、一人の男を指していた。


「氷室。灰谷透真の直近三ヶ月の行動記録を洗ってくれ。公的な出席記録、メディア露出、SNSのジオタグ。全て」


「了解しました」


 氷室の指がキーボードの上で動き始めた。


 氷室はデータをもう一度確認した。確認する動作は機械的だったが、データを見つめる目の奥に、何かがあった。氷室は感情を表に出さない人間だった。しかし、データの向こうに十三人の人生があることを、氷室は知っていた。


「真壁さん」


「何だ」


「このデータを見ていて、一つ、思うことがあります」


「言ってみろ」


「Xの接触パターンは加速しています。最初の半年で五件。次の三ヶ月で八件。被害者の間隔が短くなっている。放置すれば、被害者は増え続けます」


 真壁は氷室を見た。氷室の声は事務的だったが、言葉の中に、静かな切迫感があった。


「分かっている」


 真壁は窓の外を見た。夜の東京が広がっていた。街灯の光が、雨に濡れた路面に反射していた。この街のどこかに、灰谷透真がいる。今夜も、奪った才能で、明日の計画を立てている。被害者が増える前に、止めなければならない。


 法が間に合わないなら——


 真壁は、その先を考えるのをやめた。まだ、法の中でやれることがある。


 特殊対策室の蛍光灯が、静かに点灯していた。二本の糸——捜査の糸と報道の糸——が、交差した。交差した先に、灰谷透真の名前があった。

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