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才能略奪者の成り上がり――触れるだけで相手の才能を奪える俺、日本経済の頂点まで駆け上がる  作者: ぽんぽこライフ


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才能の化学反応

 プロジェクターの白い四角の中に、俺の作った事業再編案のスライドが映っていた。スライドの枚数は、三十七枚だった。三十七枚の構成は、通常の企画書の構成ではなかった。


 最初の五枚で、現状を並べた。


 次の十枚で、競合三社のそれぞれの三年後の戦略を、三パターンずつ、予測した。予測の根拠は、各社の財務数値と、人事異動の傾向と、特許出願の方向性から、頭の中で同時に計算した結果だった。この計算が、先週までの俺には、できなかった。結城の分析力は数字を分解する力だったが、宮園の思考力は、分解した数字から未来の盤面を組み立てる力だった。


 二つの力が、俺の頭の中で、ひとつに繋がっていた。


 残りの二十二枚は、三つのシナリオに対する対応策だった。各シナリオの対応策の中に、さらに二つずつの分岐があった。分岐の先に、また分岐があった。


 全部で、十八通りの枝分かれを、俺は、スライドの中に、ぜんぶ、描いた。


 十二人の役員は、スライドの十枚目あたりから、黙った。黙り方が、俺の前の報告の時とは、違った。前回は驚きの沈黙だった。今回の沈黙には、畏怖が混じっていた。


 報告を終えた時、久我山が、自分の椅子の肘掛けを、ことん、と一回、叩いた。


「透真」


「はい」


「お前を、グループ戦略室長に据える」


 会議室の空気が、ふっ、と、動いた。


 役員の一人、古参の藤堂が、手元の資料から顔を上げた。藤堂の顔は、六十代の角張った顔だった。額の横に、白髪が三本だけ、残っていた。


「会長。半年前まで、別の会社の平社員だった人間を、グループ戦略室長にするのですか」


「結果がすべてだ」


 久我山の声は、淡々としていた。


「藤堂くん、この三十七枚のスライドの中身を、明日まで自分で再現してみてくれ。再現できたら、ワシも考え直す」


 藤堂の口が、薄く、開いた。開いたまま、何も出てこなかった。


 隣の役員が小声で「会長は本気だ」と呟いたのを、俺の中の安藤の引き出しが拾った。


 藤堂の目が、ほんの一瞬だけ、俺の顔を射た。射た目の奥に、警戒と、もうひとつ別の感情があった。別の感情の名前を、俺の中の結城の引き出しが、〇・二秒で計算した。計算結果は、恐怖、だった。


 会議が閉まった後、藤堂は、自分の秘書を呼び、何かを耳打ちした。耳打ちの中に、「灰谷」と「経歴書」の二つの言葉が入っていたことを、俺は、三メートル先から、安藤の聴覚で聞き取った。


 聞き取ったが、気にしなかった。



  ◇



 会議が終わった後、俺は、十六階の窓際の廊下に立っていた。


 窓の外に、赤坂のビル群の屋上が並んでいた。ビル群の向こうに、皇居の森の緑が、薄く、見えた。


 久我山が、隣に来た。


「透真。お前、いつから、あんな頭が、回るようになった」


「最近、少し、視界が変わりまして」


「視界、な」


 久我山は、窓の外の皇居の方角を見た。


「ワシの知り合いに、三条院の麗華さんという人がおる。前に一度、名前だけ言うたな」


「はい。祝賀会で、遠くから、お見かけしました」


「あの方がな、今度、アフターパーティーを開く。お前にも、招待が来るかもしれん」


 久我山は、窓に映った自分の顔を見ていた。


「来たら、行ったらええ。ただし、あの方の前では、今日の会議みたいな手の内は見せるな。五割、見せろ。残りの五割は、胸にしまっとけ」


「はい」


「あの方は、お前の五割を見て、残りの五割を自分で推測する。推測したものを、あの方の手駒の計算に組み込む。お前が見せた五割よりも、あの方が推測した五割のほうが、あの方には価値がある。そういう人や」


 久我山の低い声が、窓ガラスの表面で、薄く、反射した。



  ◇



 その夜、タワーマンションのリビングで、俺は、ベッドに入る前に、洗面所の鏡を見た。


 鏡の中の俺の顔は、三ヶ月前の写真と並べたら、たぶん、知らない人間は同一人物だと思わない。目の光が変わった。肩の線が変わった。何より、顔全体から滲み出ている空気の種類が変わった。


 鏡の中の俺は、営業部の平社員だった男ではなかった。久我山グループの戦略室長に就任する男の顔だった。


 その顔が、俺の本当の顔なのかどうかを、俺は、鏡に問わなかった。問わない代わりに、歯を磨いた。


 歯ブラシの柄を握った右手の、手のひらの中央の器が、宮園の思考力を吸い込んでからずっと、薄い振動を続けていた。振動の周波数は、安藤や瀬川を奪った後とは違っていた。もっと、細かく、速い振動だった。


 ベッドに入って、目を閉じた。


 目を閉じた暗闇の中に、盤面が、ふと、浮かんだ。


 盤面の上に、駒が並んでいた。並んでいる駒の中に、宮園の祖父の膝の上の温度が、ひとつ、混じっていた。


 温度は、温かかった。


 温かいものが俺の頭の中にあるという事実に、俺は、違和感を覚えなかった。覚えないことが、たぶん、問題だった。けれど、その問題を問題として認識する回路が、俺の中で、ひとつ、消えていた。


 俺は、そのまま、眠った。


 眠りの中で、俺の指が、見たことのない少年のサッカーボールを蹴っていた。同時に、銀色の魚が泳いでいた。同時に、駒が盤面の上を滑っていた。三つの記憶が、同じ夢の中で、重なっていた。


 夢の途中で、俺は、一度だけ、目が覚めた。


 覚めた理由は、自分の右手が、枕の端を握りしめていたからだった。握りしめた手のひらの中央の器が、暗闇の中で、三つの温度を同時に放っていた。安藤の体温。瀬川の水温。宮園の祖父の指先の温度。


 三つの温度が、俺の中で混じり合って、ひとつの、新しい温度を作っていた。


 新しい温度の名前を、俺は、知らなかった。


 知らないまま、また眠った。

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