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才能略奪者の成り上がり――触れるだけで相手の才能を奪える俺、日本経済の頂点まで駆け上がる  作者: ぽんぽこライフ


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お前には飢えがある

 テーブルの中央に、グループ各社の社長と、本社の役員、合わせて十二人が、座っていた。俺は、十二人のうちで、いちばん若く、いちばん入社歴の浅い、座席の、入口側の端の、いちばん端に、座っていた。


 その月の議題のいちばん上に、俺の新規事業の、第一稿の進捗が、載っていた。


 俺は、自分の前の薄いタブレットの画面を、立ち上げた。


 会議室のプロジェクターの白い壁の四角の中に、俺の作った企画書の、表紙の一枚が、ふっ、と、映った。


 表紙の真ん中の、新規事業の名前の、四つの文字を、十二人の役員の目が、ぜんぶ、ひと呼吸の遅れもなく、追った。



  ◇



 報告は、二十分で、終わった。


 二十分の中で、俺は、結城の分析と、水野の記憶と、本郷の営業のトーンと、安藤の重心の置き方と、瀬川の呼吸の間を、ぜんぶ、ひとつの言葉の流れに、編んだ。


 編んだ言葉は、ふだんの会議の、ふだんの言葉と、表面上、同じ言葉だった。


 表面上、同じ言葉なのに、十二人の役員のうちの、八人の眉が、同じタイミングで、内側に、寄った。寄った眉の下で、ぜんぶの目が、同じ場所を、見ていた。同じ場所、というのは、俺が、半歩、上の場所から、見せた、薄い、青い、線の場所だった。


 報告の最後の数字を、俺は、ふだんの俺の声よりも、半段、低い声で、置いた。


 置いた数字を、いちばん端の久我山の指が、ことん、と一回、机の上で、軽く、叩いた。


 叩いた音は、長い楕円のテーブルの上を、ゆっくりと、伝わっていった。



  ◇



 久我山は、自分の椅子の背もたれから、ゆっくり、体を、起こした。


 起こしてから、十二人の全員の顔を、ぐるり、と、一周、見回した。


 見回したあと、いつもの低い、関西の混じった声で、こう、言った。


「みなさん、よう、聞いてください」


 大会議室の空気が、ふっ、と一段、低くなった。


「ワシの見立てやとな、この灰谷くんが、今、出してくれた数字は、来期の、グループの四半期の業績を、たぶん、いちばん下から、ぐっ、と上に、押し上げる数字や」


 十二人の役員の喉の奥が、ほんの一拍、止まった。


「数字の話は、ワシの専門やから、まあ、それはええ。今日、ワシが、みなさんに、話したいのは、別の話や」


 久我山の指が、自分の前の、湯呑みの縁を、ゆっくり、なぞった。


「灰谷くんがな、なんで、この若さで、この数字を、出せるのか。ワシは、最初のひと月で、ようやく、その理由を、ひと言で、言えるようになった。ええか、よう、聞いてください」


 久我山の目が、ふと、俺の目の真ん中を、まっすぐ、射た。


 射た目の奥の、薄い、低い火の温度が、その瞬間、四十年で、いちばん、強くなった。


「お前にはな、灰谷透真。飢えが、ある」


 会議室の、長い楕円のテーブルの、ぜんぶの空気の温度が、ふっ、と、薄く、下がった。


「お前の、その飢えはな、ふつうの人間の、十倍、深い。深い飢えは、後悔と、紙一重や。後悔と紙一重の飢えだけがな、世の中の、いちばん上の段の、景色を、見ることが、できる」


 久我山は、自分の手のひらを、軽く、机の上に、置いた。


「この、灰谷くんの、飢えな、これがな、いちばんの、才能や」


 飢え。いちばんの、才能。


 その七文字が、俺の右の手のひらの中央の、底の見えない器の、いちばん深いところに、ぽとり、と、ひと粒、落ちた。


 落ちた瞬間、器の中の、銀色の魚と、青い線と、塩の白い跡が、三つとも、ふと、起き上がった。


 起き上がったあと、三つは、ひとつになって、ゆっくりと、器の縁の上を、回り始めた。



  ◇



 経営会議のあとの、社内の、簡単な、立食の祝賀会が、十六階の、大会議室の隣の、ラウンジで、開かれた。


 俺は、十二人の役員と、一人ずつ、握手をした。


 握手の手のひらの上で、俺の右の手のひらの中央の、器の口を、俺は、その夜、初めて、自分の意思で、半分だけ、開けた。


 開けた半分の口の縁を、十二人の手のひらの、いちばん表面の温度だけに、薄く、当てた。


 吸う、ためでは、なかった。


 ただ、この十二人の温度の、いちばん上の薄い層を、俺の中の引き出しに、しまうためだった。


 しまった瞬間、十二人の役員の、ぜんぶの肩の力の、抜き加減の癖が、俺の中の安藤の引き出しの、隣の新しい棚に、ぴ、と並んだ。


 俺は、それぞれの役員に、それぞれの肩の力の癖に合わせた、別々の薄い笑顔を、返した。


 返した笑顔は、ぜんぶ、本物に、見えた。


 本物では、なかった。



  ◇



 ラウンジの片隅、白いカウンターの向こうの、シャンパンを注ぎ続けるバーテンダーの、白いシャツの肩の上の方角に、もう一つ、別の影が、あった。


 長い、紺色のドレスの、女の影だった。


 俺の頭の中の、書庫の、新しい棚の、いちばん端に、その夜、初めて、その影の名前が、薄く、書き込まれた。


 久我山が、俺の方へ、ふと、近づいてきた。


「灰谷くん。あの、長身の、紺の人な」


 久我山は、顎の先で、ほんの一センチだけ、その影の方を、指した。


「あの方が、誰か、知っとるか」


「いいえ、まだ、お会いしたことは、ありません」


「三条院の、お嬢さんや。麗華さん」


 俺は、その名前を、口の中で、転がさなかった。


 転がす代わりに、頭の中の、新しい棚の上に、ぴたり、と、置いた。


「政界の、現役の議員の、お嬢さんでな。財界とのパイプの、半分くらいの、糸を、握ってる」


「はい」


「あの方がな、さっきから、こっちの方角を、ずっと、見てる」


 久我山の声は、淡々としていた。


「お前のことを、見ている。たぶん、ワシのことではない」


 俺は、自分の、視線を、ぎりぎり、紺色の影のほうへ、動かさなかった。


 動かさない代わりに、自分の中の、結城の分析の引き出しを、薄く、開けた。


 開けた引き出しの中で、紺色のドレスの女の、視線の角度と、長さと、瞬きの間隔の、三つの数値が、ふと、俺の中に、上がってきた。三つの数値は、俺をただの男として見ている、というには、数字の組み合わせが、おかしかった。


 あの目は、商人の目では、なかった。


 駒を、選ぶ目だった。



  ◇



 久我山は、ふっ、と、低く、笑った。


「今夜は、まだ、紹介せん」


「はい」


「あの方とは、もう少し、お前が、上の段に、上がってから、ちゃんとした場で、お会いするほうが、ええ」


 久我山は、自分のグラスを、軽く、傾けた。


「あの方の方からも、たぶん、近いうちに、別のルートで、声が、かかる。声がかかったときの、ワシからの注意を、ひとつだけ、先に、言うとくわ」


「はい」


「あの方の言葉のいちばん奥には、必ず、三条院議員の、票読みの数字が、入っている。あの方を見るときは、あの方の、目の中ではなく、あの方の、肩の後ろの空間を、見ろ」


 肩の後ろの空間。


 その八文字を、俺は、頭の中の書庫の、新しい棚の上に、もう一つ、書き込んだ。



  ◇



 その夜、ラウンジの帰り際、俺は、エレベーターの前で、もう一度、自分の右の手のひらを、見た。


 手のひらの中央の器の縁の温度が、半年前のいちばん最初の、本郷を奪った夜の温度の、たぶん、十倍に、上がっていた。


 上がった温度の中で、紺色のドレスの女の名前が、まだ、薄く、灯っていた。


 俺は、エレベーターの扉が閉まる直前、ラウンジの方角を、ほんの一瞬だけ、振り返った。


 ラウンジの白いカウンターの方角の、紺色の影の、目の方向は、もう、俺の方角を、見ていなかった。


 代わりに、俺の頭の方角の、すぐ上の、薄い、空気の中の、見えない場所に、その目は、ぴたりと、固定されていた。


 その「すぐ上の場所」は、たぶん、半年後の俺が、立つはずの場所だった。


 扉が、閉まった。


 扉の中の俺の喉の奥が、薄く、熱を、持った。



  ◇



 同じ夜のずっと遠くで、瀬川陽人は、安藤圭吾と、ふたたびのビデオ通話を、していた。


 二人の画面の真ん中に、白い大きな封筒が、ふたつ、並んでいた。


 ひとつは、瀬川が、コーチに勧められて受けた、品川のスポーツクリニックの、診断記録の、コピーだった。


 もうひとつは、安藤が、現役を引退する前から、何度か通った、別の地域のアスリートクリニックの、診断記録の、コピーだった。


 二人の画面の中の指は、それぞれの記録の、初診の日付の場所を、ゆっくりと、なぞっていた。


 なぞっていく指の先で、二人とも、同じ言葉を、見つけ始めていた。


 『初診時、本人は、握手の感触を、何度も口にしている』


 その一行の上で、二人の指が、ふと、止まった。


 二人とも、何も、言わなかった。


 言わない二人の画面の真ん中の空間に、また、別の、薄い、低い、足音が、もう一つ、ふえた。

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