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才能略奪者の成り上がり――触れるだけで相手の才能を奪える俺、日本経済の頂点まで駆け上がる  作者: ぽんぽこライフ


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捜索――消えた怪物を追う者たち

 六枚の顔は、全て同じ人物のものだった。同じ人物のものなのに、六枚の顔は、それぞれ違って見えた。


 氷室奏は、六枚の防犯カメラ映像を時系列に並べて、真壁の前に提示した。


「逃走当日の午前六時四分から六時二十二分まで、六台のカメラに映っています。全て同一人物です。しかし——」


 氷室は、一枚目と六枚目の画像を拡大した。


「一枚目の顔と六枚目の顔で、顔認識AIのスコアが八十七パーセントまで下がっています。通常、同一人物であれば九十八パーセント以上です」


 真壁は、モニターの前で腕を組んだ。


「顔が変わっている」


「変わっている、というより、揺らいでいます。一枚目では灰谷透真の特徴がはっきり出ていますが、三枚目では目元が久我山悟に似ています。五枚目では口元の力み方が藤堂副社長に近い」


「奪った人間の顔が、灰谷の顔に重なっている」


「はい。私はこの現象を『人格オーバーレイ』と呼んでいます。灰谷の奪った才能に含まれる人格要素が、灰谷の表情筋や骨格の使い方に影響を与えている可能性があります」


 氷室の声は事務的だった。事務的であることが、現象の異常さを、かえって際立たせていた。


 真壁は、モニターから離れた。離れて、ホワイトボードの前に立った。ホワイトボードには、灰谷の行動パターンの分析が、赤と青のマーカーで書かれていた。


「潜伏先の候補は」


「五箇所に絞りました。灰谷の行動圏、奪った才能の記憶に含まれる土地勘、スマートフォンの最終位置情報を元に計算しています」


 氷室は、画面に東京の地図を表示した。地図の上に、五つの赤い点が打たれていた。


「一番目、六本木周辺のビジネスホテル。偽名での宿泊の可能性。二番目、品川の倉庫街。灰谷が久我山グループの物流拠点として使っていた場所。三番目、荒川沿いの工業地帯。行動データと矛盾しない範囲で最も人目が少ない」


「三番目だ」


 真壁の直感が言った。


「根拠は」


「灰谷は追い詰められている。追い詰められた人間は、二種類の行動を取る。一つは、知り合いに頼る。灰谷にはもう頼る人間がいない。もう一つは、無意識に慣れた場所に帰る。灰谷の幼少期は埼玉の荒川沿いだ。荒川は、灰谷にとって原風景の一部だ」


 氷室は、何かを考えた。考えた後で、頷いた。


「統計的にも妥当です。逃走者の七十二パーセントは、幼少期の生活圏から三十キロ以内に潜伏します」


 真壁は、コートを取った。


「動く。荒川沿いの廃工場を重点的に当たる」


 コートの袖に腕を通しながら、真壁は振り返った。


「氷室。復讐者の会が動いている気配はあるか」


「あります。織部千景のマンションに、瀬川と安藤が出入りしています。監視カメラの記録で確認済みです」


「止められるか」


「法的根拠がありません。彼らは一般市民です。自主的に灰谷を探すことを禁止する法律はありません」


 真壁は、ドアの前で立ち止まった。立ち止まった真壁の背中に、氷室の声がかかった。


「真壁さん。瀬川陽人が、灰谷を見つけたらどうしますか」


「分からない」


「分からない、ではなく」


「分かっている。瀬川は、灰谷を殺すかもしれない。だが、それを防ぐ方法は、俺たちが先に灰谷を見つけることしかない」


 真壁はドアを開けた。開けたドアの向こうに、特殊対策室の廊下が暗く伸びていた。蛍光灯が一本、相変わらず切れていた。



  ◇



 同じ日の午後、織部千景のマンションに、瀬川と安藤がいた。


 リビングのテーブルの上に、東京の地図が広げてあった。地図の上に、瀬川が赤いペンで複数の丸を書き込んでいた。


「警察より先に見つける」


 瀬川の声は、低かった。低い声の中に、かつてのレース前の集中力が戻っていた。才能は失われたままだったが、瀬川の本質は変わっていなかった。目標を定めて、全力で泳ぐ。その「泳ぐ」の対象が、プールから灰谷透真に変わっただけだった。


 織部が、ソファの肘掛けに手を置きながら、瀬川を見ていた。


「瀬川さん。一つ、仮説があります」


「何ですか」


「灰谷が追い詰められた時、才能を手放すかもしれない」


 安藤が顔を上げた。


「手放す? あの男が?」


「手放す、というより、手放さざるを得なくなる。前に氷室さんが言っていた帰巣本能の現象です。灰谷が私たちの近くに来ると、奪った才能が元の持ち主に戻ろうとする反応が起きる。逆に言えば、私たちが灰谷の近くに行けば——」


「才能が帰ってくる?」


「帰ってくるかどうかは分かりません。しかし、灰谷の中の才能が反応することは、瀬川さんが先月証明しました」


 瀬川は、右の肩に手を当てた。あの日、灰谷とすれ違った時に、自分の肩に微かな力が戻った感覚を覚えていた。三メートルの距離で、才能が反応した。もっと近づけば、もっと強い反応が起きる。


「レーダー作戦だ」


 安藤が言った。


「俺たちが探知機になる。灰谷が近くにいれば、俺たちの体が反応する。足の裏が疼く。肩に力が入る。そういう反応を頼りに、灰谷の居場所を探す」


 織部は頷いた。


「明日から、瀬川さんと安藤さんで、東京の下町を歩いてもらえますか。灰谷が潜伏しそうな場所を、順番に回る。自分の体の反応だけを頼りに」


 瀬川は立ち上がった。立ち上がった瀬川の体は、かつてのアスリートの骨格をまだ保っていた。才能はなくても、骨格は残っていた。


「やる。法で裁けないなら、俺たちがやるしかない」


 安藤は何も言わなかった。言わない代わりに、頷いた。頷いた安藤の目の中に、瀬川と同じ光があった。光の名前は、もう復讐ではなかった。名前がない光だった。奪われた者だけが持つ、理由のない確信だった。


 織部は、窓の外を見た。冬の東京が、灰色の空の下に広がっていた。灰色の空の下のどこかに、灰谷透真が隠れていた。灰谷の中に、織部の音楽があった。音楽は、まだ死んでいなかった。死んでいないことを、織部の指先が、時折、疼いて教えてくれた。


 織部は、自分の指先を見た。かつてヴァイオリンを弾いた指が、今は復讐の道具になろうとしていた。指は同じだった。中身だけが、変わっていた。


 バルコニーに出た瀬川は、冬の夜風に顔を晒した。風は冷たかった。冷たい風が、瀬川の頬を切った。切られた頬に、痛みはなかった。痛みを感じる余裕が、瀬川にはもうなかった。


 瀬川の目は、東京の夜景を見ていた。しかし、見ているのは夜景ではなかった。瀬川が見ているのは、半年前のプールの水面だった。水がただの液体になった日の水面。あの日から、瀬川の世界は変わった。変わった世界の中で、瀬川は新しいレースを泳いでいた。ゴールは、灰谷透真だった。


 安藤がバルコニーに出てきた。二人は並んで、夜の東京を見た。


「安藤。正直に聞く。お前は、灰谷を殺したいか」


 安藤は、しばらく黙った。黙った後で、言った。


「殺したいかどうかは、分からない。でも、俺の足を返してほしい。足が返ってこないなら——あの男に、俺と同じ痛みを味わわせたい」


 瀬川は頷いた。頷いた後で、バルコニーの手すりに両手を置いた。手すりは金属で、冷たかった。冷たさが手のひらに伝わった。手のひらの中央の白い跡が、夜の光を受けて、微かに光った。


「それだけじゃ足りない」


 瀬川の声は、静かだった。静かさの中に、かつてのレース前の集中と同じものがあった。感情を全て消した、澄んだ水のような目だった。


 その目が、冬の東京の夜景の向こうに広がる、暗い荒川の方角を見ていた。

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