8話 会社
「え、なに、ここどこ」
さっきまで俺はケージにいたのに、目の前の景色はそれとはかけ離れている。もしや地球に帰ってきたのか、とさえ思った。
しかし、頭に乗ったロボットがその期待を否定している。
「到着しましたヨ!」
「い、いやいや……」
テルイン・ポットは俺の頭から降りた。部屋の中で鳴り続ける固定電話を切り、そして自分の携帯も通話を終了させた。
「では移動しましょウ! ワタクシ、テル・ポート課なので徒歩での移動になりますが、あしからズ」
「え、いや、ここどこなんですか」
「TTコープの本社ですヨ」
俺の目的地だ。アウスがある場所。
小さくガッツポーズを作る。……しかし、よく考えてみるとこれはあまり良い状況ではない。なんか凄いことをしてのけたと勘違いされているわけだから。
「さア! 早く、ついてきて下さイ!」
「あ、はい……」
腕を摩り、テルイン・ポットについていった。
「なんだここ」
目の前に広がったのは、会社と言うには奇天烈すぎる空間だ。てっきり同じような白い殺風景の部屋が続くと思っていたが、カラフルな部屋や、パソコンが重力を無視して四方に張り巡らされた部屋など、現実ではあり得ない景色が続いている。
「あのボールプールの部屋はなんなんですか?」
「あれは落下している方を迎えるための部屋でス」
すると、そこに獣人らしき人がラジコンロボと共にテレポートしてきた。思い切りボールプールの中に沈み、テルイン・ポットの説明に納得した。
行き交う社員もテルイン・ポットのようなラジコンロボットだけではなく、人型のサイボーグや、ロボット掃除機みたいなのを頭につけた馬ロボットもいる。
どこも機械的なやつばかりだった。
「テレポートできる人って、全員こういうロボみたいな感じなんですか?」
「そうですネ。イァドユーザーが多いので、そういった傾向になりまス」
イァドはテルイン・ポットの元の世界だ。
「イァド、ですか」
「はイ! ワタクシのような比較的に小さいロボットがたくさんいる世界ですヨ!」
電子の目がにっこりマークになる。初めて会った時からうっすら思っていたが、結構かわいい。
「うわっ!」
「ああ、電波溜まりすぎたな……」
一つの部屋でそんな声が聞こえてきた。見ると、二つの携帯が空中でジジジと歪みながら重なり合っている。ゲームのバグみたいに。
「あれは……」
「同じ空間でテレポートをすると転移電波が溜まってあんなコトになるんでス」
転移電波のことを「一生の課題」と言っていた意味が分かった。ああやって事故が起こるのか。
柱に「電波事故注意! エコなテレポートを!」と書かれた紙が貼ってある。
「全く、エコなテレポートをするよう注意しているのニ」
「エコって」
テレポートにエコも何も無い気がするが。
歩いているうちに段々と不安になってきて、俺はテルイン・ポットに聞いた。
「あの、それで、俺はどこに……」
「まずは検査室ヘ! ワタクシのアンテナが不具合を起こした可能性もありますからネ!」
「ア、ナルホド、ソウデスカ」
まずい。かなりまずい。
元々勘違いしてくれるのが目標だったが、ここまで大々的になるとは思わなかった。ただ会社の中に入れてくれるだけでよかったのに。
空飛ぶセグウェイを横切って、「転移電波検査室」と書かれた部屋に来た。どこもガラス張りだが、この部屋は普通の壁だった。
「ささ、お入りくださイ」
中には白い角張った椅子と、その上にフィクションで見るような洗脳のためのヘルメットみたいなのが吊るされていた。
「これ安全ですよね?」
「はイ! 地球ユーザーレベルでも使える安全設計でス!」
(地球人ってどんだけ弱いんだよ……)
向こうにはガラス越しにテルイン・ポットに似たロボットが五人並んでいる。必要なさそうな眼鏡をかけて、書類を用意していた。緊張する。
催促され、その椅子に座る。電気ショックがいつ流れてもいいように覚悟を決めた。
「では始めますネ」
「は、はい」
部屋の照明が落ちて、ヘルメットが光り出す。ピコピコと独特の電子音が響き、椅子が振動した。
「これ大丈夫ですよね?」
「全く問題ありませン!」
椅子の振動が大きくなる。ちょっと酔いそうだ。
ヘルメットが謎の蒸気を吹く。そんな仕組みなのか。
「これ! 本当に大丈夫なんですか!」
「全ク! 問題ありませン!」
蒸気の音が高くなって、椅子が縦揺れを始めて――ブウンと全ての動きが止まった。
照明がつく。椅子も静寂だ。
「うえ、気持ちわる……」
「な、なんト!」
テルイン・ポットは何かの機械を見て驚いている。俺には見方がわからない。
「本当に転移電波が検出されていませン!」
ガラスの向こうにいるラジコンロボたちがざわめいているのを感じる。互いに何かを話し合っていた。
「あ、いや、そんな凄いものじゃなくて……」
「カズミチ様、これは本当の本当に革命ですヨ!」
ガラス越しに「革命! 革命!」とロボたちが声を合わせている。ちょっと可愛い。
「カズミチ様のテレポートは物体の移動ですよネ? 長距離移動は可能ですカ?」
「いや、短い距離だけ」
「物の大きさに制限ハ?」
「小さいものじゃないと無理かな〜……」
ロボたちは何かをメモしている。君たちロボットなんだから、わざわざ紙に書かなくてもいいんじゃないか?
「なるほド……。テレポートとしては弱い力、しかし転移電波が全く無いのはありえなイ……」
「あ、あの、テルイン・ポットさん……?」
真剣に調べられると困る。いっそのことあれは嘘だったとバラした方がかえって安全なんじゃないか。
「あの、あの、ですね。俺、実は、テレポートなんて、つ、つかえ――」
「来ましたネ」
テルイン・ポットは顔を上げた。ロボットたちも頷いている。
「テレポートの「新時代」ガ!」
ロボットたちはどこからともなくクラッカーを取り出して、ガラス越しに紐を引いた。完全にお祭りムードである。
「カズミチ様、この世界に来てくださってありがとうございまス」
「あ、いえ、そんな」
「ぜひ、あなたをうちの特別社員として迎え入れたイ!」
は、と俺の口が勝手に動いた。とくべつしゃいん?ただでさえホテルで謎の何でも屋をさせられてるのに、TTコープに就職?大卒でもないのに?
「カズミチ様、行きましょウ」
「へ? ど、どこに?」
「社長室でス」
「……え!?」
まずい。社長と話す時の礼儀なんて知らない。いや、それ以前に牢記やノーティーになんと説明したらいい?
そもそも、ここでやっていくにしてもボロが出ないわけがない。俺は狭間田一道だ。話術のレベルは皆無である。
「ほら、ワタクシについてきてくださイ!」
「あ、ああ……」
ああ、どうして俺はアウスに近づこうとしたんだろう。まだあの「帰還」が地球への帰還かもわからないのに。
もし俺が電車で話した同級生、清水涼太だったらもっとうまくやれたはずだ。
つくづく、俺は異瀬横に向いていない。




