9話 ご対面
――「社長室」。未知の言語で書かれたプレートが光っている。
テルイン・ポットは無いネクタイを締めて、ふふんと息の音を漏らした。
「あまり緊張なさらないデ。社長はとてもお優しい方ですかラ」
「は、ははは……」
もし時間を巻き戻せるなら、手品をしようと思い立つ前に戻りたい。……いや、戻るなら電車に乗る前か。
目の前の扉を見つめながら後悔する。
「……ん? これ……」
見つめていると、それが扉ではなく、扉型の窪みだということに気がついた。ドアノブもなく、開くようになっていない。
「どうやって入るんだ?」
「まあまあ、見ててくださイ」
すると、テルイン・ポットは高速でノックをした。それがここの礼儀なのか?
「社長、テルイン・ポットと地球ユーザーのハザマダカズミチ様でス。お願いしまス」
「お願いします?」
失礼します、ではなく、お願いしますと言ったのが不自然だった。どうなるのか身構えていると――
――俺は地面に寝転がっていた。
「ぐえっ」
いきなり平衡感覚が保てなくなって、その場に倒れたのだ。ここまで来れば、これがテレポートのせいだと理解できる。それでもこの気持ち悪さは拭えないが。
「カズミチ様、平気ですカ?」
「はい、なんとか……」
TTコープのテレポートは予備動作というものがないようだ。意見箱とかあったらそれを書いておこう。
「おわ、ごめんごめん。テキトーにしすぎたみたいだわ」
ふいに気だるげな声が聞こえてきた。ぐらぐらする頭を上げ、声の主を見る。
そこにいたのは、全身が薄いホログラムでできた簡素なヒト型だ。ヒト、よりも棒人間に近しいかもしれない。
「あー、まだお客さんだし、服着た方がよさげ?」
すると、そのホログラムがスーツを纏った。服は空中に浮いている。よく見ると、それは落ちて浮いてを高速で繰り返しているので、テレポートで無理やり服を着ているように見せているのだろう。
「えっと、お、俺……」
「どもー。地球ユーザーでテレポートできるっていうヒトよな? まじパネェ」
「……ぱねぇ?」
そこに座るナニカは、俺が想像する社長とは全く違かった。その見た目が、ということではなく、喋り方が。
「あ、自分TTコープの社長?やってるテレって言います。テレポートまじ最高みたいな。よろ」
「あ、はい、よろしくお願いします……?」
フランクとかいうレベルじゃない。口調が若者すぎる。あまりに軽いノリのテレ社長に安心した。これなら緊張しなくてもいいだろう。
「……うーん、久々にこれ着たけどショボいかも。ちょい待ち、いいのに着替えるわ」
「あ、はい」
テレ社長はひゅんひゅんと次々に服を変えていく。これが彼の能力なのだろうか。
鏡を見ながら考えるテレ社長を横目に、テルイン・ポットに近づく。
「ねえテルイン・ポットさん、社長ってどういう力を持ってるんですか?」
「なんでもできまス! 長距離テレポートだって、ア……物体のテレポートだって自由自在ニ!」
それってかなり凄くないか?
今服をどんどん変えているように、好きなところからすきなものを引っ張り出せて、どこにでも自在に行けるなんて、便利なんてレベルじゃない。
(ノーティーとは別タイプのボスだな)
「自分のテレポまじ最強なんよな。どこでも行けるし、なんでもテレポートできるし。そりゃエグ楽しーってなるっしょ」
「なんでもって、それはテレポートというよりアポートなんじゃ」
俺の馬鹿野郎。言わなくていいことを口走った。
「あーそれイァドユーザーからめっちゃ言われたー。でも自分の世界はまとめてテレポートだったからさぁ。合わせてくんね? 自分社長だし」
「あ、はい、すみません……」
こだわりが深いタイプじゃなくてよかった。変に知識をひけらかそうとするな、この馬鹿たれ一道。
「んで、カズミチ君は何のテレポートができんの?」
「カズミチ様は物体の短距離テレポートができまス! コインほどの大きさノ!」
まずい。訂正する時間がない。訂正するにしても何て言えばいいか分からないし。
「正直テレポで見ればひよっ子レベルやね。でも転移電波出ないとかいうチートなんでしょ?」
「はイ! 先ほど検査しましたが、全く検出されませんでしタ!」
ふーん、とテレ社長は机の上の書類を見る。わざわざ目線が合う場所まで紙をテレポートさせ、落ちるたびに同じところに転移し直している。逆に疲れないのか、それ。
「じゃ、やってみてよ」
「……え?」
「だからやってみてって。テレポート」
できるでしょ、と言われる。
不可能ではない。昨日練習しまくったし、さっきも成功させた。しかし、手が妙に震えるのだ。相手はあんなノリだが社長。すぐに見抜かれるのではないか。
「何? できなさそ?」
「あっ、いえ、緊張しちゃって」
「テレポートで緊張? ウケる」
ポケットからコインを取り出す。手汗がひどい。
失敗しないことを、そしてテレ社長の世界に手品がないことを祈る。
――――――――――――――――――――――――――
「じゃーん、こ、コインの瞬間移動成功〜……」
なんとかうまくいった。焦ってコインを落としたりしたが、無事に右手から左手に移動したように見せることができた。テルイン・ポットは拍手している。
「……ほーん」
テレ社長はなぜだか微妙な反応だった。
もしかして、バレたか?
「それ、なんで隠さなきゃいけないわけ?」
「えっ」
魔法や卓越した技術がない以上、地球人はタネを仕込まなくてはいけない。そうすれば当然、全てを大っぴらにしてパフォーマンスをすることは不可能だ。
だが、この世界ではテレポートは単なる技術、または魔法である。隠す必要なんてない。
「え、えと、人が見てるとテレポートができないんです」
「へー、初めて聞く条件。てかそれまじ不便だね」
「は、ははは」
愛想笑いしかできない。
咄嗟の嘘をつけた自分を褒めたい。嘘自体は褒められたものではないが、この場では一番の選択肢だ。
「それって生まれつき? 教えたら自分らでもできる?」
「え? いや、地球じ……ユーザーじゃないと厳しいかも、ですね」
タネがあることは知られてはいけない。
そう答えると、テレ社長は後ろで腕を組んだ。
「ふーん……そっかー」
「あの……?」
「や、ちょい悩んでた。イァドユーザーじゃないし、解体したら死んじゃうよね」
解体、という言葉にぎょっとした。何だ、何をするつもりなんだ。
「地球ユーザーをうっかり殺しちゃいましたーなんてしたらめちゃ怒られるし……でもよく調べないと仕組みなんて分かるわけないってゆーか。まじむず」
「え、えと」
俺の転移電波が出ない理由をどうしても探りたいようだ。もしここで俺が「実はあれ嘘でした」なんて言ったら、火山の中とかにテレポートさせられるかもしれない。
「え、じゃあさ、サンプルとして小指のさきっちょだけちょーだい」
「は!?」
目の前にナイフが現れた。スーツと同じ原理で浮いている。
「だいじょぶだいじょぶ。あんたらで言う……第一関節?だけ貰えればいーから」
「いや、無理、無理無理!」
ナイフをはたき落とす。反射的な動きだったが、手を切らなくて良かった。
「いやさ、転移電波出ないってガチヤバいからね? 会社の発展に貢献するみたいな。だから欲しいってゆーか」
しかし、ナイフは再び宙に浮く。しかも今度は数が増えた。まるで、今から殺されるみたいな景色。
「あ、でも、あの」
「へーきだって。うち体の一部で色々調べられるやつがあるからまじ一発。一部だけでいいから、まじで」
じりじりとナイフが近づいてくる。
終わった。俺の小指もここまでか。覚悟も決まらないまま、俺は目を強く閉じた。
「あの、社長!」
テルイン・ポットが挙手をして声を上げた。
「なに、どしたん」
「我々はサイボーグやロボットに分類される者ばかりですから、肉体の解析技術がまだまだで、カズミチ様の身体で十分な検査はできないかト……」
「え、そうなん?」
テレ社長は目を開き、俺とテルイン・ポットを交互に見た。まさか、テルイン・ポットが助け舟を出してくれるとは。
「えエ。しかもカズミチ様は地球ユーザーですから、TTコープのものでは調べきれない可能性が高いでス」
「え? B4でも無理なん?」
「無理かもですネ」
すると、俺に向けられていたナイフが全て消えた。力が抜けて、その場に座り込んでしまった。
「あごめん。自分実体ないからさ、実体持ちって全部同じもんだと思ってたわ」
(勘弁してくれ……)
ひとまず、体の一部に別れを告げなくてもよさそうだ。自分の小指をぎゅっと握る。
「でも、貴重な人材を放っておきたくもないんよねー。あ、じゃこうしよ」
テレ社長は、テルイン・ポットの元にLEDが光る奇妙なリボンを転移させた。「つけて」とテレ社長が言うと、テルイン・ポットはそれを首らしき場所に巻きつけた。
「ポット、君今日からカズミチ君記録係ね」
「エ? ワタクシがですカ?」
テルイン・ポットは車輪をきりきり回しながら電子の目をぱちくりさせた。俺も、テレ社長が何を言っているのかイマイチ分からなかった。
「そ。色々記録して送って。電波ゼロの理由がわかるかもしんないし」
「か、かしこまりましタ!」
ビシッと敬礼のポーズをとった。果たしてそれで合っているのだろうか。
……ということは、常にテルイン・ポットが俺について回ることになるのか?
「カズミチ君はしばらくうちにいてね」
「はい?」
予想外の言葉だった。てっきりもう帰してもらえるのかと思っていた。
「詳しい検査できないにしてもさ、色々調べたいし。てかテレポートに詳しくないっしょ? ぶっちゃけ」
「はい、全然……」
「勉強したらなんかコツとかつかめるかもしんなくね? まず知ってもらわなきゃさー」
嘘だろ。異世界に来てまだ勉強しないといけないのか?
「あ、あの、俺ホテルに……!」
「んじゃよろ。空いてる部屋好きに使わせていーから」
テレ社長に抗議する間もなく、テレポートされて飛ばされた。俺の上にはテルイン・ポットが乗っている。
「いっで!……もう」
全く、散々である。まだテレポートが使えると嘘を吐き続けないといけないようだ。
しかしともかく、テルイン・ポットのおかげで指を失うことなく戻ってこられた。小さなラジコンロボに感謝である。
「テルイン・ポットさん、ありがとうございました」
「いえいエ。あ、あとワタクシのことは「ポット」とお呼びくださイ! 敬称も不要でス!」
電子の目がにっこり笑う。
「あ、ありがとう。あと、なんで俺のこと庇ってくれたんで……くれたの?」
「カズミチ様はアウスを起動してくださった恩人ですかラ! 地球ユーザーが部位を再生できないことも存じておりますのデ」
なんていい人なのだろう。最初は変なロボットとしか思っていなかったが、今ではかなり信頼できる相手だと確信している。窮地を救ってくれた効果は大きい。
「本当にありがとう。本当に」
「いえいエ! エヘヘ」
そして、テルイン・ポットの言葉を聞いて思い出した。なぜ自分がここにいるのかを。
「……ポット、早速お願いなんだけど」
「はイ! ワタクシにできることなラ!」
「その、アウスってどこにある?」
地球への帰還に役立つ、かもしれない機械「アウス」。
あれの正体を知るため、俺はテレポートが使えると偽ったのだ。




