7話 嘘から出た嘘
「――コインの瞬間移動?」
牢記は首を傾げた。今日の夜ご飯は知らない野菜の炒め物である。野菜はどれも大雑把に切られている。
「いや、正しくは違うんだけど、そう見えるっていうか……」
「ほう、ほう、興味深いですねえ」
ノーティーの前には山盛りの野菜炒めが置かれている。ここからでは彼の顔が見えない。
「どう思う? TTコープは面白がってくれるかな?」
「アイツらはテレポート関係なら何でもかんでも引き入れる」
野菜がホログラムの中に消える。
採用条件は厳しいが、テレポート能力で差をつけたりはしないらしい。
なら、あのラジコンロボを騙せればアウスに近づけるかもしれない。ゆくゆくは地球へ。
「それで? どんなことをするんですか?」
「俺の世界には手品というものがあって、技術や仕掛けを魔法みたいに見せるんです。それでショーをする人もいて……あっ、俺は全然上手くないですけど」
二人はへえ、と相槌を打った。どうやら、なんとなく分かっていたが、彼らの世界には手品に値するものがないようである。
「マジックアーティストみたいなものですか」
「マジックアーティスト?」
「魔法でショーをする人です。私も子供の頃よく見に行きました」
ノーティーに子供の頃なんてあったのか。全く持って想像できない。
「成功すれば会社に快く入れてくれるだろう。テレポート至上主義の集まりだし」
「至上主義って……」
野菜を口にする。ナスみたいな味だ。
正直うまく行くと思っていない。ただ、テレポートなんで難関な課題を解決する方法がこれくらいしか思いつかなかったのだ。
(もっと地頭が良ければなあ……)
「――あ、もしもし、テルイン・ポットさん?」
ふいに、そんな声がした。
驚いてノーティーの方を見ると、彼は手を伸ばして黒電話をここまで持ってきていた。
(ま、まさか……)
ポケットの中を漁る。ちゃんと入れておいたはずの名刺が無い。ノーティーがそれを眺めながら会話をしている。
電話の相手は……考えるまでもない。
「ちょ、ちょっと!」
「はい、どうしてもテルイン・ポットさんに見せたいものがあるそうで、はい、はい、あ、明日の朝なら。お忙しい中ありがとうございます」
それでは、と言ってノーティーは受話器をガチャンと直した。
「あ、あなた何言っちゃってるんですか!」
「予定は取り付けておいた方がいいでしょう?」
「言い方ってものがあるでしょ、どうしても見せたいものって、ニュアンスがちょっとズレてるじゃないですか!」
しかも明日の朝?
まだ練習も全然足りてないし、なにより心の準備がまだだ。大事故が起こる未来が見える。
「取り返しつかなくなっちゃった……」
「楽しみにしてますよ。"手品"」
気がつけば、ノーティーの顔が見えるようになっていた。表情は分からないが、悪い笑いをしているように見えた。
これは、まずい。本当に一般人の趣味レベル、もしくはそれ以外なのに、練習期間も1日も無しで?
言い出しっぺは俺だが、これは想定していなかった。
「ろ、牢記! 俺の練習手伝って! ……くれない?」
「いいぞ。私も興味ある」
空になった皿を持って、牢記はのし、と立ち上がった。
「ミスター、おかわりはいるか?」
「ええ、ええ、お願いします」
目を離した間に、ノーティーの皿は空になっていた。
――――――――――――――――――――――――――
――翌朝。
俺の目元にはクマができていた。
それもそのはず、俺は昨日――というか今日、牢記と猛練習をしていた。なんとかしてロボットの目を誤魔化せるように。――彼女は俺のミスをことごとく見逃したので、良い練習相手だったかと言われれば、そうではない。
まるでテスト前のような感覚だった。がむしゃらに勉強しまくるあの感じと似ている。
ただ、それをまさか手品でやるとは。
鏡に映る俺はなんとも可哀想な顔をしている。いますぐ楽にしてあげたい。残念なことにそれはできないので、代替案として顔を洗った。
「帰るため、これも帰るため……」
帰還のための手段が手品とは笑える。
ただ、今はテルイン・ポットのお眼鏡に叶いますようにと祈るしかない。
パジャマから着替え、自室の扉を開けた。
「おはよう一道」
牢記は昨日の朝と同じ場所に座っていた。手には異瀬横のコインを持っている。
「おはよう。それ、どうしたの」
「昨日の一道のマネをしようと思った。だが、私には難しい」
牢記の赤い手は俺が知る人間の手よりもゴツく、爪が鋭い。彼女がそこまで器用でないのと相まって、コインを手でどうこうするのは難しいのかもしれない。
「ほら、朝ごはん。今日は手抜き」
「ありがとう」
彼女からパンを渡された。多分、市販のもの。
袋には「タムダクリームパン」と書かれている。タムダクリームってなんだよ。
おそるおそる口にすると、少ししょっぱめの生クリームだった。塩の意味かもしれない。
「緊張してるか?」
「してる。白い顔されたらどうしよう」
あれに手品を披露して、テレポートの冒涜だ!殺す!と言われる夢を見たので、余計に緊張している。
そうなったら牢記になんとかしてもらおう。
手の上で何度もコインを転がす。どうか本番で落としませんように。
「そろそろ時間ですね」
「うわっ! びっくりした!」
いつの間にかノーティーが背後に立っていた。ビジュアルも相まってホラーすぎる。
「え、もうですか。まだ俺心の準備が……」
「応援してます。じゃ、かけちゃいますねー」
全く聞いていない。
ノーティーは俺の言葉を無視してダイヤルを回し始めた。ついに来てしまう。
ダイヤルの音がやけにロビーに響いた。生暖かいコインがすべる。
そして、ダイヤルが元の位置に戻り――
「おはようございまス! TTコープ、テル・ポート課、イァドユーザーのテルイン・ポットでス!」
小さな青のラジコンロボット。テルイン・ポットが登場した。なにやら書類を持っている。
車輪をくるくると回し、テーブルの上にやってきた。書類をばさばさと隣に置く。
「早速ですが、どうしても見せたいものとはなんでしょうカ?」
「え、ええと、俺、えっと、」
「テレポートを見せたいようですよ」
テルイン・ポットは「なんト!」とロボットアームを頬らしき場所に当てた。
「地球ユーザーの方が、て、テレポートですカ!? それはとても素晴らしいことですネ!」
「いや、全然大したものじゃないんですけど、ははは」
モニターに映るテルイン・ポットの目がキラキラと輝く。そこまで期待されるとやりにくい。
「では、失礼しますネ」
そう言うと、テルイン・ポットは電子の目を閉じ、頭から謎のアンテナを伸ばした。ぽつ、ぽつと独特の電子音が鳴っている。
「……あの、そのアンテナは?」
「転移電波を受信するためのものでス! コレでテレポートの質や種類を判断できるんですヨ!」
――転移電波? テレポートの質や種類を判断?
「ええと、その転移電波ってのは……」
「テレポートの際に発生する特殊な電波でス」
「それって必ず起こるんですか?」
「はイ。必ず」
(……終わった)
完全におしまいだ。詰みだ。
何だよ転移電波って。そんなのがあるなら先に言えよ。
牢記を見る。彼女は慌ただしく周りを見た後、俺に向かって親指を立てた。「グッドラック」とでも言っているのか?
「カズミチ様、どうかなさいましタ?」
「あっ、いや、何も……」
手が震える。やはりこんな馬鹿げた作戦では無理だったか。テルイン・ポットは俺が動くのを心待ちにしていた。
一応仕込みは済んでいる。
ええい、ままよ。ここまで来たらやるしかない。
「……で、では、始めさせていただきます」
「おオ!」
テルイン・ポットは高速で拍手をする。ノーティーがいくつもの手で拍手をしたせいで、大勢に見られている錯覚をした。
「では、こちらのコインをご覧ください。なんの変哲もない異瀬横の通貨です」
コインを回し、細工がされていないことをアピールする。
(落ち着け、落ち着け……)
「そして、この手にしっかり握ります」
手のひらの上にコインを置き、二回ほど握り直して拳を見せる。そしてテルイン・ポットに見えないようにコインをずらし、反対の手に移した。
テルイン・ポットはまだ右手の握り拳をみている。この時点でほぼほぼ成功だ。
「では、三つ数えますね。三、二、一、はい」
そして――手を開き、何もない手のひらを見せた。
「……オ?」
「おお、消えた!」
お前は驚かなくていいんだよ、と牢記を一瞥する。
「コインがどこに行ったのかというと……そちらです」
テーブルに置かれた、テルイン・ポットの書類を指した。そう、一目見た時からこれを使えると思ったのだ。
「ア、コインが……」
事前にあの隙間に別のコインをねじ込んでおいたのだ。自分の近くから出現したら驚くに決まってる。
「コインの瞬間移動成功、なんちゃって〜……」
ノーティーが拍手をした。心臓がバクバクと鳴っている。俺はただ、ロボットの目を見つめていた。
……だが、テルイン・ポットは何も言わない。
やはり転移電波とやらを受信できないと駄目だったか?
所詮幼い頃にマジシャンを夢見た程度の腕前だ。もっと大々的なことをすればちゃんと誤魔化せたかもしれないが、こんな小さなことしかできない。ノーティーにキットとか作ってもらうんだった。
(頼む、勘違いしてくれ……!)
「……ど、どうやったんですカ!?」
「…………へ?」
テルイン・ポットは俺の眼前まで迫った。反応がおかしい。テレポートが一般的な世界で「どうやったか」なんて変だろう。
「転移電波が検知できないなんて、でもこれは確かに物質のテレポート……わ、我々の一生の課題である転移電波を無効化したということですカ!?」
「え、え?」
転移電波、聞いた感じだとただの信号みたいなものだと思っていたが、「一生の課題」と言った。もしかして、その電波は有害なものだったのだろうか。
「転移電波のせいで事故が起こったり、この世界の機械が誤作動を起こしたりしてもー大変なんですヨ! これ、どうやったんですカ!? 地球の技術ですカ!?」
「い、いや、大したものじゃなくて、本当に」
思ったよりも遥かに反応が良くて慄く。しかし白けるよりもずっといい。肩の力が抜けていく。
「じゃあ、ちょっと頼みがあって――」
「テレポートの専門家として、この技術を手に入れなくてハ!」
「……え?」
テルイン・ポットが俺の頭に飛び乗った。意外とずっしりしている。ロボットはどこからともなく近未来的な電話を取り出した。
「あ、ちょっと、オマエ――!」
「みなさますみませン、少しの間お借りしますネ!」
「え、借りるって?」
目にも留まらぬ速さで電話番号を打ち込む。そして、プルルと音が鳴って――
――俺は、白い部屋の中にいた。
「ああ! まだ今日こなしてほしい依頼があったのに」
「どうするミスター、何やら勘違いをしていたぞ」
「牢記、今すぐTTコープの本社に行ってください」
「え、でも、私入れないかも」
「じゃ、入れてくれなきゃエルピスユーザーのノーティーが来るって言ってください」
「かなり酷い脅し」
牢記はテレポートした一道を追って、ホテルを出た。




