6話 帰還志望
「づ、疲れた……」
機械を起動して、依頼主であるTTコープのテルイン・ポットが帰った後、まだまだ依頼がやってきた。
鎖を外せ、とか袋を開けろ、とか、とりあえず写真を撮らせろとかも。スイッチを押せ、は何だったんだ。
この世界、地球人がいないとかなり不便なんじゃないか?と思うくらい依頼が多かった。
「いや、いや、お疲れ様でした」
「なんか楽しそうですよね……」
ノーティーは機械が空けた穴をひたすら長い腕で修理していた。本人は優雅にサンドイッチを食べている。具は不明だ。
「ふふ、ふふ。見て下さいよ、この山を」
机の上には山のようなコインが置かれている。ノーティーがわざわざこうして集めたのだ。
「ホテルでは稼げないからな」
「どうしてお客さんが来ないんでしょうかねえ」
「ミスターのせい」
牢記はノーティーを睨んだ。
「世界を滅ぼしたヤツのホテルなんか誰も来ない」
「そんな、異瀬横をどうこうしようなんて思ってないのに」
(否定しないのかよ……)
ひとまず、ノーティーを刺激するのはやめておこう。彼に握りつぶされるのはごめんだ。
「一道、サンドイッチはいるか?」
「……それ何が入ってんの」
「分からん。厨房にあったものを混ぜた」
作った本人でさえ分からないものなんて食べたくない。ノーティーは美味しそうに食べているが、地球人にとっても安心な保証はない。
「いらない」
「いいのか? 昨日も何も食べてないだろう」
「お腹はめっちゃ減ってるけどさ……」
衛生管理がきちんとした素晴らしい環境で育ったものだから、未知の物を口に入れることが心の底から恐ろしいのだ。
「ふむ……えい」
「へ、わ、力つよ」
牢記が俺の顎を無理やり押さえて、口を開けさせられた。目の前にはサンドイッチが迫っている。
「ま、まっへ」
「食え」
「ぶっ!」
口の中にパンと何かの肉が入ってくる。牛肉みたいな、羊みたいな……
……意外と食えるな。
「おいひいれふ」
「でしょ」
この後食中毒とかにならないことを祈る。
サンドイッチを咀嚼しながら考える。もちろんあの機械、アウスのことだ。
『帰還シーケンス故障中。修理をして下さい。』
やはり、あの「帰還」は元の世界に帰るという意味だったのでは、という考えがぐるぐる回る。
ただ、あれはテルイン・ポットというロボットのもの、さらに言えばTTコープのものだ。会社の所有物を俺みたいな一般人に貸してくれるのだろうか?
「あの機械、何に使うんだろう」
「ああ、TTコープが持って行ったやつか」
砲台付きのAIスピーカーなんて、テレポート専門会社はどうやって使うのだろうか。そもそも中身が何か知っていたのか?
「あれがちょっと気になるんだけど、どうにかして貸してもらえないかな」
「難しいんじゃないですか?」
サンドイッチを食べ終わったノーティーが言った。
「社員以外の人は会社の内部を詳しく見せてもらえませんし、テレポート能力を持たない人間は受け入れてもらえません。さっき言っていた「うちに来て欲しい」というのもお世辞でしょう」
「そんな……」
地球ユーザーという身分を利用できないのかと落胆する。テレポート必須って、そんなんじゃ新入社員は集まらないぞ。
「一道、テレポートの力は?」
「全然ない」
地球人に特別な能力はない。
「とりあえず、なんとかして帰る方法を見つけないと……」
「私としてはずっといてくれてもいいんですけどね」
ノーティーはコインの山をうっとりと眺めながら言った。
お世話になるが、一生ここにいるつもりはない。
「別に、一回聞いてみればいいじゃないか」
「……え?」
牢記は簡単に言ってのけた。彼女は俺のポケットから先程貰った名刺を取り出す。
そしてでかでかと記されている電話番号を指でつついた。
「ほら、ここに」
「で、電話かあ……」
実を言うと、電話は大の苦手だ。
相手の顔が見えなくて怖いし、変なタイミングでかけてしまう可能性もある。
「牢記、かけてくれない?」
「なぜ私が? 用があるのはオマエだろう」
正論だ。
「……かけるよ?」
「どうぞ」
自分のスマホは使えないので、カウンターにそなえつけてある黒電話の元へ向かう。
初めてだったので少し戸惑った。
名刺には「連絡用」と書かれた番号と「緊急用」と書かれた番号がある。特に急いではいないので。連絡用で十分だろう。
だが外はもう夜だ。
かからなくても仕方がないか、と思っていると、受話器に音が響いた。
「はイ! こちらTTコープテル・ポート課イァドユーザーのテルイン・ポットでス!」
「あ、ど、どうも、狭間田一道です。あの、地球ユーザーの」
どもりながら名乗ると、受話器越しに息をのむ音が聞こえてきた。ロボットなのに呼吸するのか?
「おオ! 先程のですネ! そちらにテレポートしてモ?」
「い、いや! 電話でけっこうです」
わざわざこちらに出向いてもらう必要はない。
断ると、向こうは残念そうにそうですか、と言った。
「それで、ご用件ハ?」
「えーっと、あの、俺が解いた箱あったじゃないですか。アウスって名前の」
テルイン・ポットははいはい、と相槌を打った。
「あれを少しだけ貸し出してもらうことってできますかね……?」
ドキドキしながら聞く。答えが返ってくるのは案外早かった。
「申し訳ありませン……それは難しいですネ」
「え、そう、ですか」
心のどこかで快諾してくれるのではないかという希望を抱いていた。
「アウスはTTコープにとっても役立つものなんでス。社外に持ち出すには社長の許可を頂かないト」
「それは……厳しいですね、すみません」
失礼します、と電話を切る。正直、社長というワードに恐れをなした。
それにしても、あれを警備ロボットにでもするのだろうか?
困った。折角手がかりをつかんだのに、それに近づけないだなんて。
「その感じだと……ダメだったか?」
「はい……」
「ほらね、言った通りでしょう」
あのとき、アウスを起動してすぐ電話にでなければと後悔する。
ノーティーは二つ目のサンドイッチを食べていた。
「食べ過ぎると晩御飯が食べられなくなるぞ」
「サンドイッチ一、二個なんて、私にとってはオヤツにもなりませんよ」
腕が沢山あるなら胃も複数あるのかもしれない。
朝に地球の夢を見たせいで、余計元の世界が恋しくなった。スマホは圏外で曲も聞けないし、SNSも開けない。
異瀬横はまだ分からない事だらけである。
「一道、風呂に入っててもいいぞ」
「あ、はい、先に失礼します」
ただ、風呂にトイレ、安全な寝床が確保されているのは本当に助かった。もしあの時牢記に出会えていなかったら……想像するだけでも怖い。
風呂につかりながら考える。独特の匂いの入浴剤が異世界を感じさせた。
「帰りたい……」
その呟きは誰にも聞こえていない。
もし俺が普段の生活に不満を持っていて、未来に希望を抱いていなかったらこの異世界トリップを喜んでいたかもしれない。でも俺は現代っ子だ。ネットがないのはかなりつらい。
本来ならきっと、俺は大学で気の合う友を見つけて、色んなレジャー施設で遊んで、一緒にラーメンとか食べて……そんな生活を送っているはずだ。それが俺の人生の理想である。
だが、現実は死刑囚と超大量殺人鬼のホテル。思わず悪態をつきたくなる。
「アウスを手に入れるには……」
俺の華々しい大学生活のキーだ。だが、TTコープをどうにかしないといけない。
恩人という名目でTTコープに入るとか……
「いや、厚かましいな」
俺はそういうのは不得意だ。会話でどうにかするのはつらい。
TTコープのキーワードはテレポートだ。それを利用すればいけるかもしれない。
(でもどうやって……?)
俺は日本人で十八歳の男性だ。誇れることは人より勉強していることだと思うが、それはここでは役に立たない。
テレポーテーションなんて出来る人も見たことがない。ファンタジーそのものだ。
そんな魔法みたいなこと――
「――魔法?」
TTコーポはテレポート能力があればOK、みたいな組織のはずだ。なら、しょぼい能力でも目に止めてくれるのではないか?
本物でなくとも、テレポートしたみたいに見えるように誤魔化せれば。
……そう、例えば手品とかで。
ばかばかしい。でも、俺にできる技能といえばそれくらいである。
風呂から上がる。
この世界で生きるには、ちょっとした無理は必要かもしれない。




