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5話 逃げ道無し

 ――ドア閉まります、ご注意ください。


 急行電車の扉が閉まる。いつもなら座る場所を探さないといけないが、今日は簡単に端の席に座ることができた。


 なんせ、今は春休み。平日の昼時である。

 学校に行くためではなく、本屋に向かうための電車だ。だから、今着ているのは制服ではなくゆるいパーカーだ。


 目の前には五歳くらいの子供を連れた若い母親が座っている。……子供を席に立たせるのはやめてほしい。せめて靴を脱がせるとか、そういう配慮はないものか。


 じろじろ見るのもあれなので、スマホの電源を入れて適当なSNSを開く。受験期間なら、ここで開くのは英語のアプリだった。



 何事もなく、目的の駅に到着する。

 今日は暇を潰す用のエンタメ小説を読みたい気分だった。できれば、あまり頭を使わない感じの。


 前の春のことを思い出す。この書店で受験用の本を色々買ったものだ。今でもあのコーナーには近づきたくない。


 最近はネットを題材にした作品が多いが、そういうのは大抵人間の嫌な部分をありありと見せられることになるのであまり選びたくない。たまには歴史ものとか読んでみようかな、とか思った。


 その時、ふと人にぶつかった。かなり身長が高い。スポーツ選手か何かだと思って見上げると――


「む?」

「は!?」


 そこにいたのは、頭が人間ではないナニカ。

 四角い、バグったみたいなホログラムが浮かんでいた。赤い文字で「検閲済」と書かれている。


「一道、殴る、コロス」

「うわあぁ!?」


 俺はその場から逃げ出した。明らかな不審人物である。

 こういうのでぼーっとすると死ぬんだ。そういうのがお決まりだ。


 しかし、なんであれは俺の名前を知っていたんだ。末恐ろしくなって、エスカレーターを駆け降りる。


 ――その時、腹をぐっと掴まれた。大きな黒い手がいくつも伸びている。


「一道様、どこ行くんですかー?」

「ひい!」


 真っ黒なヒトガタが、後ろからゆっくり迫ってくる。もがいてももがいても逃れられない。

 腕を覆われる。頭を覆われる。


「だれか、たすけ……」


 ああ、これ死んだ――



「うわあああっ!!」


 黒い手から逃れるために身を捩った――はずだった。


 眼前の景色は、レトロチックで雑貨がたくさん置かれている部屋。俺はふかふかのベッドの上に起き上がっていた。


「ゆ、夢か……」


 あれが夢だったことを喜ぶべきか、それとも今目の前にある現実を憂うべきか。


 自身の手のひらを見る。支給されたホテルのパジャマに着替えているので、自分が自分じゃないような気がした。


 ぐっと背を伸ばして、立ち上がる。普段ならぐっすり寝れるはずの柔らかいベッドも、この状況では役に立たなかった。目がしぱしぱする。


「……なんでこれ、ここに置いてるんだよ」


 ベッドのすぐ隣の机に置かれているのは、ノーティー特製の「地球ユーザー」のチラシ。この写真は特に間抜けな顔をしている。どうせならもっとしっかりした写真を撮って欲しかった。


 朝から悪夢に、自分の間抜け顔を見るなんて、今日は良くないことが起こるに違いない。……既に最悪の状況ではあるが。


 服を着替え、歯を磨く。知らない文字の知らないメーカーの歯磨き粉を使うのは怖かった。鏡の前で三分くらいうだうだしていた気がする。いちご味。


「おはようございまーす……」


 ロビーに降りて、辺りを見回す。既に牢記がマグカップを持ってソファに座っていた。早起きである。


「おはよう一道」

「それどうやって飲んでんの」

「どうって、普通に飲んでいる」


 コーヒーはホログラムに溶けていく。電子的なものに液体をかけるなんて、バグりそうで怖くなる。

 彼女の地球ではあり得ない姿を見て、余計現実に引き戻された。


「現実、現実か……」

「どうした? 全部現実だ」


 彼女たちの世界にはある程度の非現実的なものがあるようだ。牢記は「斬首刑」、ノーティーはその姿そのもの。でも地球にはそんな物はない。


「牢記は異瀬横からの帰り方って知ってる?」

「知らない」

「だよね」


 彼女がノーティーよりも知識があるタイプじゃないのは分かりきっている。元より期待はしていない。


「そうだ。一道、早速依頼が来ているぞ」

「え、もう?」


 昨日の今日である。あれだけチラシをばら撒けば、当然と言えば当然かも知れない。


 とんとん、と肩を叩かれた。振り返ると、どこかの部屋から黒く長い手が伸びていて、砂糖とコーヒーを渡された。


「あ、ありがとうございます」


 ノーティーの腕は俺と牢記の頭を三回叩き、するすると廊下の奥に戻っていった。


「あの人って何なの……」

「エルピスユーザーのミスター・ノーティーだ」


 新しく聞く世界の名前だ。あんな腕を持つ人間がデフォルトでいるのだろうか。


「エルピスはどんなところなんだ?」


「さあな。ミスターが生き物という生き物を殺し尽くしたらしいから、もう異瀬横に来ることはないそうだぞ」

「…………は?」


 今、何と言った?

 「殺し尽くした」だと?


「え、ちょ、どういうこと」

「言葉通り。ぜーんぶ殺したそうだ」


 ぜんぶころす。そんなことが果たして可能なのか?

 地球なら――数え切れないほどの生き物がいる。全部殺し尽くすなんて不可能だ。


(そんなのラスボスじゃん)


 もしそれが真実なら……。

 想像してもいいことはない。無知なふりをするのも処世術の一つだ。コーヒーを一気飲みする。苦い。


 それより、今日来た依頼のことだ。正直やりたくないが、ここで生活するためだ。仕方ない。


「それで、依頼って……」

「ああ、これだ」


 牢記が取り出したのは、一つの箱だ。この辺りの雰囲気に見合わない、機械的なやつ。


「依頼人の方とかは……」

「用事があると。後からテレポートで来るそうだ」

「て、てれぽーと」


 なんでもありである。


「えっと……これをどうすりゃいいの」

「底を見てみろ」

「底?」


 言われた通りに箱をひっくり返す。そこには――見覚えのある図形があった。


「え、何で非常口?」


 街のどこでも見かける、非常口のピクトグラムだ。なぜこんなものをここに印しているんだ?


「そのマークを知ってるんだな?」

「……ああ、そっか、みんなは分かんないのか」


 何よりも分かりやすい記号だが、地球以外にはないもののはずだ。もしや、前にいたという地球ユーザーのメッセージなのか?


「そのマークが印されたものは地球ユーザーにしかどうこうできない。つまり、オマエにしか」


 なるほど。分かりやすくて助かる。

 それでもこの箱を一体どうすればいいのか。


「……開ければいいの?」

「そう。簡単だろ」

「わかっ――ちょ、近いよ」


 牢記の顔がやたら近い。箱をじっと観察していた。


「だって、このマークは私たち異瀬横住民の長年の課題だったんだ。それが今日解き明かされる」


 「検閲済」の文字が跳ねる。最初はビビりまくったが、こうして見ると可愛らしい。


「ええと、どうしようかな……」


 箱をくるくる回してみる。スイッチらしきものは見当たらない。というか、箱というよりも四角いキューブのようだ。揺らしてみても中で物がぶつかる音がしない。


 となると、やはりこの非常口のピクトグラムだろうか。なぞってみたり、軽く押したりした。しかし無音、無反応である。


「牢記、どうしたらいいと思う?」

「知らない」


 早くも行き詰まりだ。そもそも、これが本当に地球ユーザー限定だという確証はあるのか?

 少々不服だが、ホテルの奥に向かって声をかける。


「ノーティーさーん!」


 扉が開き、長い手がびたびたと出てくる。いちいちホラーゲームみたいに登場するのをやめてほしい。


「はい、はい、どうなさいました?」

「これ、どう開けばいいと思いますか」


 ノーティーは六本の腕で優しく掴み、それを凝視した。目がどこにあるかは分からない。


「うーん……(わたくし)、地球ユーザー用のものには詳しくなくて……」

「私が破壊しようか」

「これ人様のものだからね」


 牢記に渡したら碌なことにならなさそうだ。がっつり「破壊する」って言ってるし。


 二人に聞いてもいい案は浮かばなさそうだ。


 気を取り直して箱を観察する。機械特有の重みを感じる。爪でカツカツ叩いてみたり、駒のように回してみたりしたが反応なし。得られたのは牢記とノーティーからの「器用」という印象だけだ。


「あーもう、全然分からん!」


 少し強めに、ピクトグラムに手のひらを押し付けた。

 地球ユーザーであるからこんなことをしているのに、それも役に立たないなんて詰みじゃないか。

 大きくため息をつく。



 ――ピコン。



「えっ」


 ピクトグラムが光った。

 箱の模様も光に満ち始める。


「え、やば、壊したかも」

「いや、起動できている。かも。多分」

「おお、おお! ついにこのマークが……!」


 ファンが熱を放出する時の音が鳴る。それがどんどん甲高くなっていくので、爆発するんじゃないかと身構えた。


 そして――ガション、と重い音が一度。


 ガシャン、ガシャン、ガシャンガシャンガシャン。


「えっ、え、え」


 それは変形を始めたのだ。トランスフォームよろしく。

 箱の中からアンテナが生え、支柱が生え、機械的な蜘蛛みたいな足が飛び出した。


 ――四本足が生えた柱が誕生した。

 心なしか見覚えのある形である。


「……これは何だ?」

「さあ……電子区域のものっぽいですね」


――「アウス、起動しました。」


 機械が声を発した。ちゃんと日本語で。

 アウス、この機械の名前だろうか。


「え、これ」


 その瞬間、機械の壁がパカっと開き、そこから小さな砲台が伸びてきた。


「……は?」

「あ、やっば」


 ――砲台から光の弾が飛び出した。

 ドカン、と爆音が鳴る。


「うわああっ!?」

「アウス、起動しました。アウス、起動しました。」

「おい、ソイツを捕まえろ!」


 機械は四本足で素早くホテル内を駆け回る。牢記が壁を駆けて手を伸ばしたが、それは天井までへばりついて牢記から逃れた。


「アウス、起動しました」


 カシャン、と鳴り、さらに多くの砲台が柱から飛び出る。

 今度こそ死を覚悟した。


「失礼します」


 目の前が真っ黒に囲まれる。冷たい手に覆い被されたのだ。外の様子が見えないが、怪獣バトルみたいな轟音が響き続けている。

 牢記が悪口らしきものを言っているのも聞こえた。


「ど、どどどどうすんですかこれ!」

「地球ユーザーでない(わたくし)どもには分かりかねますね」

(俺も分かんねえよ!)


 ホテルをぶっ壊しそうな勢いだ。機械でなくとも、牢記のパンチで壁が吹き飛ぶ可能性もある。

 この状況で俺が入る隙間なんてない。


「あの形なんだっけ、あれ……えっと……」


 考えていたのは、あの機械の形だ。絶対にどこかで見た覚えがあるのに、明確に浮かんでこない。


「あれだよ、あれ……えーっとぉ……」


 うちにあったはずだ。買ったはいいけど使わないから押し入れに閉じ込めたやつ。


「……あ」


 その時、唐突に思い出した。あのアウスとかいう機械に感じた既視感。

 細長い形。筒状の機械。


 一か八か、と口に手を当て、叫んだ。


「――ヘイ、アウス!」


 あの形は――AIスピーカーだ。


 叫んだ瞬間、音が止んだ。

 するすると目の前の腕が解けていく。ホテルの中は思ったよりも被害が少なかった。ノーティーの腕が弾を掴んでいる。


 AIスピーカーの形をした殺人兵器――アウスは、カシャカシャと音を立てて俺に近づいてきた。腕で顔をガードする。


「――はい、なんでしょう。」


 ……ほっと胸を撫で下ろした。

 良かった、何とかなった。


「やったな一道」

「うん、良かった……。ええと、アウス、君は……何?」


 アウスのてっぺんが青色に光る。


「点検中です。少々お待ちください。」


 くるくると「思考中」のマークが回る。


「一道様、ご存知だったんですか?」

「ああ、同じような機械が地球にあるんです」

(殺戮機能は無いけど)


 しばらく待った後、てっぺんが赤色に光った。


 ――そして、アウスがある言葉を繰り返し始めた。


「帰還シーケンス故障中。修理をして下さい。」

 (……帰還?)


 地球ユーザーにしか起動できない物が言う「帰還」。

 これはまさか地球に帰ることを指しているのではないか?


「……ヘイ、アウス。その帰還シーケンスって」


 ――その時、電話が鳴り響いた。

 カウンターの黒電話がジリジリと音を発している。


「ああ、ああ、お客様が()()()()ようですね」

「……いらした?」


 ノーティーは黒電話に手を伸ばし、それを取った。


「はい、完了しました。来ていただいても大丈夫ですよ」


 ノーティーは電話を置くのではなく、そのまま受話器をカウンターに置いた。



「おー! アウスが起動できたようですネ!」

「え!?」


 いきなり、すぐそこから声がした。電話越しではなく、そこから。


 黒電話の隣に、青い小さなロボットがいる。

 子供用のラジコンみたいな見た目で、足の代わりに車輪が四つついていた。


 ラジコンはアウスを見て、それから車輪を回して俺に近づいてきた。


「どうも! ワタクシTTコープのテルイン・ポットと申しまス!」

「ど、どうも……」 


 そういえば、牢記は「テレポートで来る」と言っていた。てっきりもっと光とか、音とか鳴ると思っていたのに、こんないきなり現れるのか。


「ありがとうございます! これを起動するためにTTコープは長年研究を続けていましたからネ! あ、こちら名刺」


 名刺には「テル・ポート課 テルイン・ポット」と書かれていた。電話番号がでかでかと記されている。


「あの、TTコープって……」

「テレポートを異瀬横に提供している会社だ」

「テレポートを、提供……?」


 不思議な会社である。


「まさか本当に地球ユーザーがいるとハ! テレポートは使えないユーザーとは存じていますが、うちにぜひ来ていただきたいものでス」

「は、はぁ……」

「冗談ですヨ! ではこちら代金」


 テルイン・ポットがロボットアームをかちりと鳴らすと、俺の目の前に謎のコインがじゃらっと落ちてきた。かなりの量がある。

 これが異瀬横の通貨なのか。


「それでは失礼いたしまス! 良いテレポートを!」


 テルイン・ポットは慣れた手つきでピポパポと電話をかける。それが受信の音を鳴らすと、彼――または彼女はアウスと共に消えてしまった。


「あ、ちょ……!」


 引き止める間もなく、テルイン・ポットとアウスはいなくなった。折角「帰還」という求めるワードを手に入れたと思ったのに。


「……あの、TTコープってどこなんですか」

「電子区域に本社がありますね」


「電子区域?」

「ここ、繁華区域から少し離れていますが、検問も何も無いので簡単に行けますよ」


 また別の空間とかではなくて良かった。

 それにしても、あのアウスとかいう機械。きっとあれは地球に帰るための手がかりになる。どうにかして貸してもらいたい。


「俺、そのTTコープに……」

「一道、次の依頼だ。今度はこの鎖を外して欲しいと」

「え、もう!?」


 ……帰るのはまだまだ先になりそうだ。

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