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3話 遭遇

 ――オレンジ囚人服の女は、俺を見て「地球ユーザー」と言った。異常ばかりのこの世界で、俺を形容する言葉が存在したのか。


「え、はい、ち、地球人です……」


 ここでの「ユーザー」の意味は分からないが、地球というワードには当てはまる。

 肯定すると、女は「ほんとか」と驚いていた。


「すごいな……どうしよう」

「え? どうしよう?」


 彼女は顎らしき場所を押さえて言った。てっきりこれからどこかに連れていかれると思ったのに、何やら悩んでいる様子だった。


「私はそっちに詳しくない。……どうする?」

「ど、どうするって言われても」


 目がどこか分からないので、比較的楽に顔を合わせられる。助けてくれたので悪い化け物ではないだろう。だが油断はできない。


「ま、まずは助けてくださってありがとうございました」

「うん」

「……それで、えっと、ここどこなんですかね」

「……異瀬横」


 異瀬横。列車で聞いた地名と同じだ。検索しようとスマホを取り出したが、そういえばここは圏外だった。諦めてしまう。


「えーっと、どういった場所なんですか?」


 彼女は周りを見渡した。巨大魚から降りて来たせいか、周囲の化け物がこちらに注目していた。居心地が悪い。


「ちょっと、移動しよう」



 囚人の女と並んで商店街らしき場所を歩く。肉の焼ける匂いや、何かのタレの匂いが漂っていて腹が空く。そういえば昼飯はまだだった。

 

「何か買おうか」

「いえ、おかまいなく……」


 何が使われているか分からないので、気軽にここの物を食べるのは危険だろう。

 ……「買う」ということは、この世界の通貨はちゃんとあるのか。


「それで、ここはどんな場所なんですか」

「異瀬横。世界の狭間の街」


 世界の狭間?と聞き返した。


「色んなヤツがここに迷い込む。オマエが地球から来たように、他の人も元の世界からやってきた」


 節足動物のような怪物が横切った。あれがここ以外の世界に住んでいたビジョンが見えない。


「えっと、元から住んでた人は?」

「そんな人はいない。全てのヤツにとって、ここは異世界だ」


 意外だった。混沌ではあるが、店や列車があるということはそれなりの整備が整っているということである。

 それも俺のような異世界人が一から作ったというのか。


「え、じゃ、じゃあ、人間は他にいるんですか」

「人間? たくさんいるだろう。私とか、そこのとか」


 彼女は自身と、雑貨を売る街頭を指差した。……彼女は何を言っているのだ。自分とは全くかけ離れた姿じゃないか。特にあの飛び跳ねる街頭なんかは人間に見えやしない。


 俺の顔を見て、ホログラム頭は「ああ」と言った。


「オマエが言っているのは地球ユーザーのことか」

「そのユーザーってのは何なんですか」


 「ユーザー」はゲームとか、ネットとかで使う言葉だ。もしかしてここはVRゲームか何かなのかと思ったが、そんなことはなく、


「皆分かりやすいから使っている。地球から来たから、地球ユーザー」


 実に単純明快だった。


「私は説明が得意でない。すまない」

「はは、俺も下手なので分かります……」


 最初は長身の化け物と慄いたが、話してみると意外人間味がある。見た目以外は普通の人となんら変わりない。

 ……それより、俺が「日本ユーザー」ではなく「地球ユーザー」と言われているということは、ここは地球でもないのか。


「分かりやすい説明のために、私の拠点に行こうと思う」

「拠点?」


 目的地もなく歩いているのだと思っていた。囚人みたいな見た目だから、もしかしたら廃墟のようなアジトかもしれない。


「地球ユーザーは珍しい。結構、かなり、すごく。安全なところに行った方がいいだろう」

「え、そ、そうなんですか……」


 こんなに数多の世界から来た者がいるなら、地球から来た人間もちらほらいると思ったのだが、ここに詳しそうな彼女が言うからには信じざるを得ない。

 余計に孤独を感じた。生きて帰れるだろうか。


 周りを見ていると、ふとガラの悪そうな怪物の集まりが目についた。こちらを睨みながらアイスボールの入った飲み物を飲んでいる。――俺というより、女の方を。


「あの、あれは……」

「……ああ、前に私がのしたチンピラ共だ」

「のした!?」


 先ほどの巨大魚で見たが、彼女は地球人ではありえないくらいの怪力を持つ。囚人服も相まって、傷害罪か何かにかかっていそうだった。


「大丈夫なんですか」

「また来たとしても殴ればいいからな」


 薄々察してはいたが、彼女は少々脳筋だ。俺とは正反対のタイプである。


 周りの目に気にしながら歩いていると、ある点で彼女の歩みが止まった。目的地に着いたらしい。

 目の前には大きな屋敷があった。他の建物とは少し雰囲気が違う洋風な館だが、ところどころの装飾がごちゃごちゃとしていて風景に溶け込んでいる。


「このホテルだ」

「ほ、ホテルなんですね」


 ほっと胸を撫で下ろした。こんなしっかりしたホテルなら安全に寝れるだろう。食事も提供してくれるかもしれない。日本円で取引してくれることを願う。


 彼女が扉を開けた時、ぐらんと聞いたことのない音色の鈴が揺れた。内装は洋と中が組み合わさったような雰囲気で、ホテルらしいすっきりとした空気が流れている。


「ミスター」


 彼女はホテルに声を響かせた。ホテルマンがすぐ前のカウンターにいるものだと思っていたが、そこは空席だ。

 留守なのかと彼女の顔――らしき場所――を見ていると、ロビーの奥からカタンとものが揺れる音が聞こえた。


 そして――奥から黒く長い手が無数に伸びて来た。


「うわ、むぐっ」


 それに全身を捕らえられ、部屋の奥に引っ張られる。囚人女も同じように掴まれていた。

 なんだこれ、もしや食われるのか?巨大魚の危機を乗り切った後は大量の腕かよ。理解することは諦めた方がいい。


 目を閉じて、この時間が過ぎるのを待つ。だが、終わりは案外すぐ訪れた。

 始まりは唐突だったが、停止の時はゆるやかだった。いつでに止まった時、なぜか頭を3回ほど優しく叩かれた。


 瞼を開くと、そこに座っていたのは――真っ黒の人間だ。顔が丸々黒塗りされたような。

 ホテルマンの服はそいつに合わせて、腕を通す袖が6本ついている。


「おかえりなさい」


 知的で、落ち着いた声だった。


「今日はもう一人お客様が……」


 異形のホテルマンが俺を見る。その瞬間、彼は間の二本の腕をカウンターにダン、とついた。


「待て、待て待て待て。まさかそれ、地球ユーザーで?」

「そうみたい」


 真っ黒ホテルマンは背中からさらに多くの手を伸ばし、俺の脇腹を掴んだ。軽々と持ち上げられ末恐ろしくなる。


「おお、おお! 柔い肌、貧弱な腕、特徴の無い身体! まさに地球ユーザーだ!」


 くるくると回されて腕や足を掴まれる。

 俺は標準体型だ。ほどほどに筋肉もついている。地球人の条件がおかしくないか、という疑問は胸にしまった。貶しているのでは、というのも。


「あ、あの俺、マジで何も分かんなくて、来たばかりで」

「そうでしょうそうでしょう。混乱するのも無理ありません。おっと失礼、うっかり殺してしまったら大変だ」


 ホテルマンは最初よりもずっと丁重に、俺の体を地面に下ろした。そこまで脆くはないのだが。

 ……「うっかり殺す」ことができる相手が怖い。


 ホテルマンはごほんと咳払いをして、丁寧にお辞儀をした。


「初めまして。(わたくし)、ホテル"ケージ"のオーナーをしております、ノーティーと申します」


 一本の黒い腕が伸ばされる。頬を引き攣らせながら握手をした。妙に冷たい手である。


「あ、ど、どうも……。えっと、そちらの方は?」

「彼女は牢記(ろうき)。"ケージ"の用心棒です」


 囚人服のホログラム頭――牢記は、俺に向けて親指を立てた。彼女なりの挨拶なのかもしれない。


「オマエは? 名前は何だ?」

「えっと、狭間田一道(かずみち)、です……」

「……それで一つの名前か? どこかで切るのか?」

「狭間田が苗字で、一道が名前」


 「一道」は俺の祖父がつけてくれた名前だ。人生の道を迷わないように、という意味が込められているらしい。

 あまり見かけない古風な名前で、同級生とは雰囲気が違ったので苗字で呼ばれる方が好きだった。


「では一道様、(わたくし)どもに聞きたいことはおありでしょうか?」


 一道様、という新鮮な呼ばれ方に慄く。

 聞きたいことなんて山ほどある。どうして俺が異瀬横に迷い込んだのかとか、どうやって帰るのかとか。

 いざ聞かれると何から聞けばいいのか分からなくなる。


「えーっと、じゃあにんげ……地球ユーザーを食べるやつとかっているんですか?」


 ノーティーと牢記は顔を見合わせて、笑った。


「ははは! 地球ユーザーを食べるのか、ですか!」

「面白いことを聞くな、ふふ」


 この反応だと、人間を食べたいと思う化け物はいないのかもしれない。肩の力を抜いた。


「はー、普通にいるんじゃないですか?」

「げほっ、ごほっ!」

(いるのかよ!)


 二人ともフレンドリーだったから安心していた。やはりここは異世界である。


「この街の多様さなんて(わたくし)も把握しきれません。地球ユーザーでなくとも、食人事件が起こった事例ありますしね」

「あれは特別な事例だろう。普段からそんなヤツばかりではない」


 他愛もない会話、みたいに恐ろしい事件のことを話している。この二人は何者なのだろうか。


「じゃ、じゃあ俺、食われて殺されるかもしれないってことですか!?」

「異瀬横には危険がある物だが、ここにいる分は安全だ」

「ええ。(わたくし)に、牢記だっていますからね」


 ノーティーがどれだけ強いかは分からないが、牢記はあの巨大魚をチョップで吹き飛ばすほどの力がある。彼女らが変な企みをしていない限り安心だろう。


 そこで、一つ疑問が生まれた。

 どうして俺が知る人間、地球ユーザーは異瀬横にほとんどいないのだろうか。駅から出た時だけでも、無数の怪物が蔓延っていたのを目にしている。

 実際、俺が何の前触れもなく来てしまったのだから他にもそういう人間がいると思うのだが。


「あの、地球ユーザーって何でそんな珍しいんですか」

「ああ、ああ、それはですね……」


 ――その時、扉が乱暴に開かれる音がした。


「えっ、な、何!?」

「……見に行こうか」

「え、俺も?」


 牢記が俺のパーカーを引っ張ってロビーに向かう。貧弱な地球ユーザーと言っていたくせに、なぜ分かりきった危機に俺を連れていく?


 ロビーにいたのは、狼の頭をした化け物に、牛そのままみたいな生き物、その他たくさんだ。商店街で見たチンピラである。


「懲りずにまた来たのか? しかもホテルまで」

「よう牢記。この間は舎弟が世話んなったな」


 狼頭はジャケットから銀に輝くナイフを取り出した。なんだか凶悪な形をしている。まずい、これ本当にまずいやつである。

 後退りした時、肩にひやりとした手が置かれた。


「彼ら、まだこの街のノリが分かってないんですよね〜」


 耳元でノーティーが呟いた。


(なんでそんな呑気でいられるんだよ……!)

「しかも、今日は地球ユーザーなんて連れてやがる」

「ひっ!」


 ぎろり、とチンピラの目がこちらに向く。やめてくれ、矛先を俺に向けないでくれ。


「……やるか? 私は構わないぞ?」

「はっ、今日は殺してやるよ」


 張り詰めた空気に息を呑む。今すぐ退きたいのに、ノーティーの腕に抑えられているせいで動けない。


 ――牢記が踏み込み、狼頭がナイフを鳴らした。


「ふんっ――!」

「死ね――!」


 拳が、刃が交わる。

 キン、と金属がぶつかる音がした。一つナイフが弾け飛び、それが足元の板に刺さる。

 思わず素っ頓狂な声が漏れた。もう少しで足が串刺しになるところだったぞ。


 それを皮切りに、狼頭の仲間が牢記に襲いかかる。

 牢記は首を回し(首がないのに)、トン、トンとステップを踏んで走り出した。


 洋画のアクションみたいな派手な戦闘が起こる。そう確信して目を細めた。


 ――その時。

 牢記が、狼頭が、チンピラが宙に浮いた。

 ――正しくは、黒い腕に持ち上げられたのだ。


「こら牢記。あなたが拳を振るうとホテルが壊れてしまいます」

「み、ミスター……」


 牢記は心なしか不満そうだった。チンピラたちはバタバタと足を動かしている。


「そうそう、地球ユーザーがなぜ珍しいのか、ですよね」

「……へ?」


 ノーティーは人差し指をピンと上に立てて言った。

 今?この状況で?


「まず一つ。単に数が少ない。他の世界の人間は結構ちらほらいるものなんですが、地球ユーザーを見かけたことは滅多にありません」


 チンピラの一人が地面に叩きつけられる。気絶したそいつは扉の外に捨てられた。


「二つ。ここには地球ユーザーしか動かせないギミックがたくさんあるんですよ。異瀬横百不思議の一つですね」


 狼頭が飛ばしたナイフがノーティーの腕によって弾かれる。彼はそれを見てすらいなかった。


「そして三つ」


 彼は残りの化け物を一つにまとめ、ぎゅうぎゅうの塊にした。わあわあとうるさく喚くそれを、黒の腕は天窓から放り投げた。


 後ろで起こっていることのせいで話に集中できない。一度中止を促そうとした時――


「異瀬横から帰還した唯一の人間が、地球ユーザーだからです」


 ――ノーティーはそう言った。


 その言葉が、喧騒の中でやけに静かに響いた。

 異瀬横から、「帰還」。しかも俺と同じ地球人?

 どくどくと心臓が鳴る。もしかして、帰る希望があるのではないか。この混沌の街から、秩序立った現代へ。


「……あ。おやおや、つい牢記も巻き込んでしまいました。ははは」


 彼は笑った。

 ホテルに残っているのは俺と、彼だけだった。

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― 新着の感想 ―
 なるほど、こういう異形の物語を求めていたんですね。ミステリー的妖怪もの、これは盲点でした。いや序盤ですし決めつけるのには早いのかな?(笑)  ともあれ、こういう不思議系作品も探せば結構あるでしょうね…
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