12話 嘘から出た嘘から出た嘘
――現在、俺はアウスの元から離れ、ホログラムの黒板を眺めていた。
「――つまり、体を再構築するテレポートや体を複製するテレポートなど、似ているけれど違った方式のテレポートもあり……」
眼鏡をかけたサイボーグの授業を、必死にメモをとりながら聞く。「授業の聞き漏らしは死」とノートを取りまくっていた時の癖で、シャーペンをガリガリと動かしてしまう。
ラジコンロボが持っていた書類といい、ホログラムでの授業を紙に書き写す作業といい、変なところで原始的な会社である。
「カズミチ様はとても勤勉な方でいらっしゃいますネ! 素晴らしいでス!」
「はは、ありがとう」
机に座るポットはニコニコ顔だ。
本当は高密度転移電波装置をどうやって手に入れるか考えたいのに、本能が授業中に余計なことを考えるなと言ってくる。
「――転移電波はテレポートの使用者や種類を測るために使えますが、リスクは大きく……」
利益もあるが、同時に周囲へよくない影響を与えてしまう危険な代物。最小限に抑えることが好ましい。
「――転移電波事故防止のため、電波を溜める装置を会社中に埋め込んでいた時期もありましたが、その際に……」
電波を溜め込みすぎた装置が壊れ、会社の至る所に転移電波が充満し、事故が起きまくった事例の話。
紙が字で埋め尽くされる。ひっくり返して裏側へ。
歴史の授業。
初めての異瀬横のテレポーターはテレ社長。
年間最優秀テレポート賞10年連続受賞。殿堂入りへ。
除外協会とのテレポート契約を……
「――あの、カズミチさん?」
「はっ」
顔を上げる。
先生サイボーグは俺をじっと見つめていた。
「すみません、あまりにも集中なされていたもので」
「あ、す、すみません。つい」
無いテストを想像していた。
そういえば、授業とは言え、こんなに真剣にメモを取る必要はないじゃないか。俺が取りたくて取った教科じゃないのに。
「今日はここまでにしましょう。カズミチさん、お疲れ様でした」
「あ、はい、ありがとうございます」
既に1時間が経過していた。凝り固まった肩を回す。
(ああ、なんで俺はこんなことを……)
ポットは俺を見て何かをメモしていた。テレ社長が言っていた「地球ユーザーの記録係」の役目を全うしているのだろう。
「カズミチ様、ついてきてくださイ。お部屋に案内いたしまス」
ポットは書類をまとめ、机からガタンと飛び降りた。ラジコンが地面に落ちたみたいで心臓が跳ねる。
ポットについて行った先は、簡素なワンルームだった。椅子に、真っ白なベッドも置かれている。ここでしばらく暮らせということか。
どちらにせよ、高密度転移電波装置を手に入れないと戻れないが。
「えーっと……今日はこの後何かある?」
「はい、特にないですヨ! 明日からはテレポートの実技を交えた講義が始まりますのデ。ゆっくり休んでくださイ!」
(実技もあんのかよ!)
まだ手品をしないといけないのか。これからもずっと座学ならまだ許容したのに。嫌だけど。
「では、ワタクシはこれで……」
「ま、待ってポット!」
部屋を後にしようとするポットの腕を掴んだ。
「はい、なんでしょうカ?」
「……ちょっと、お願いがあって」
「はイ! カズミチ様のお願いごとなラ!」
俺だけでテレ社長をどうこうするのは不可能だ。誰かの協力を仰がないと。
「よかったらさ……高密度転移電波装置がどうやったら手に入るか、一緒に考えてくれない?」
「……ハ?」
ポットは文字通り、目を点にした。それから画面に「思考中」のマークを回して――車輪を回し始めた。
「な、ななななんト!? きょ、協力しろということですカ!?」
「頼むよポット! それがあればうちに帰れるんだ!」
自分が難しいお願いをしていると言う自覚はある。でも、その装置が手に入らなければ帰る道はないのだ。誠心誠意頼み込む。
「で、ですがあれは危険な代物で、社長に持ち出し許可が貰えるとハ……」
「お願い! 本当に、心から、お願いします!」
頭を地面に擦り付ける。懇願する立場なのに、向こうよりも頭を高くするのは失礼だ。小さなモーターが回る音が聞こえる。
「う、うう……ワタクシにできる範囲なラ……。あと、その、カズミチ様が帰られた後も、アウスがここに留まるなら、いいですヨ」
「本当!? ごめん、ありがとうポット!」
ポットは断りづらい性格のようだ。それにつけ込むようで少し心が痛む。
俺が帰った後もアウスがここに留まるのかは分からないが、正直その後のことは俺には関係ない。異瀬横には戻らないのだから。
「じゃあ、その高密度転移電波装置について、もっと詳しく教えてくれない?」
「はい、でも絶対ニ! ワタクシが言ったと言わないでくださいネ!」
約束する、とポットのロボットアームに小指をかける。
「ええっと、高密度転移電波装置は、社長の転移電波を封じ込んだ、半ば事故でできたものでス」
「事故?」
「社長がうっかり、元の世界の感覚でテレポートを繰り返してしまって、物凄い密度の転移電波が発生してしまったんですヨ。それを緊急でカプセルにおさめたんでス」
あの時は大変だった、とポットは頭を振った。ブラックホールを想像する。
「じゃあ、完全に一点物ってわけじゃないのか」
「作ろうと思えば作れますけど、増やしたくないですかラ……」
大事故が起きる可能性があるならポンポン作れないだろう。そもそも作る理由もない。
「もう、とにかくすっごく危険なんですヨ! 装置を開けちゃったら電子区域丸ごと消えちゃってもおかしくないんですかラ!」
「丸ごと!?」
都市を飲み込むほどのパワーが秘められているのか。外部から来たばかりの俺に、そんな兵器を渡してくれるとは思えない。
「それってTTコープにとっても大事な物だよね」
「大事、というよりも……廃棄するわけにも売り渡すわけにもいかないので、うちが管理するしかないというカ」
少し考える。宝石や特別な技術のように価値があるから渡せないと言うよりも、外に出すと危険だから渡せないということだ。
「もしさ、安全な処分方法があったら嬉しい?」
「それは願ってもないことでス!」
アウスが地球への帰還のための装置なら、それを取り込んで転移電波装置の効果がすぐ発現することはないだろう。俺が開発者ならそれを考慮する。……確証は無いが。
「……あのさ」
既にテレポートが使えると大嘘をついている。これに重ねたって同じことだ。地球に帰るためである。仕方がない。
「俺、地球ユーザーだからアウスの機能とかがちょっとわかるんだよね。だからさ、アウスに入れた物はなんでも完全に無効化されるってことも知ってるんだ」
言葉の末尾が震えるのがわかる。彼らを陥れるつもりはこれっぽっちもないのに。
ポットは少し間を置いて、ピコンと電子音を鳴らした。
「……本当ですカ?」
「そ、そう、本当。TTコープはそれを処分できるし、俺は家に帰れる。いいことじゃない?」
失礼だが、社長があんな感じならそこまできちんと管理された会社じゃないだろう。辿り着くまでにいくつもの許可を得ないといけないとかは無いはずだ。
ポットはアームを顔を当て、短く呻った。
「ちょっと、社長に聞いてみますネ。もちろん喋ったってことはナシにしテ!」
「あ、ありがとう!」
ポットはドアを開けて、テレ社長の元に聞きに行った。……そういえば、ポットは秘密兵器にやけに詳しかった。もしかしたらポットはかなり偉い人間なのかもしれない。
肩の力を抜いて、することがないので部屋を散策する。
(風呂がないのにトイレはあるのか……)
真っ白なワンルームにそなえつけてあるのはベッドとトイレと机と椅子と、それだけだ。この部屋は他の部屋と妙に距離があったから、ロボットではない人用に改装されているのかもしれない。
質素で最低限のものしかない部屋は、まるで収容所のようだ。牢記の姿が目に浮かぶ。
(そういや、今頃向こうは何してんだろ)
地球ユーザーの仕事を思いっきり放棄している。変な実験とかされない分、あのホテルに戻りたいのだが、俺を探してくれているだろうか。
「はぁ……わっ!?」
ベッドでくつろごうとした瞬間、冷たい床に尻餅をついた。骨盤が痛い。三半規管が揺れ動くこの感覚、テレポートの時のやつだ。辺りを見渡すと、そこは社長室だった。
「あいきなりごめん。ちょい話があってさー」
気だるげなテレ社長の声。ポットは俺に高速でウィンクを繰り返している。
「ポット、アウスがポロったんよね? アレのこと」
「はい、名前だけですガ」
ふうん、とテレ社長は空中で足を組んだ。今回はスーツを着ていない。
「これ内緒なんだけどさー。高密度転移電波装置ってのがうちにあんの。どんなのかは知んないよね?」
「しっ……知らないです」
ポットに目配せをする。ここではまだ、俺はその装置について知らない設定だ。
「まー、詳しく言えないけどバレたら怒られる系のやつなんよね。さっさとポイしたいけどできないっていうか」
「はあ……」
「んでさ、それアウスにポイしたら無効化されるってまじなん?」
テレ社長が宙で頬杖をついた。
アウスは事実として、転移電波を吸っている。「無効化」というのも突拍子のない話じゃない。
唾を飲む。大丈夫、別に騙して悪いことをしようとしているわけじゃないんだから。
「はい。地球ユーザーの僕が言うからには間違いありません」
「うーん……」
両手の小指をぎゅっと握りしめた。
「ねえ、ほんとーに嘘じゃないよね? 嘘だったら大変なことになんだけど」
「……も、もちろん」
脛が震えている。社長にナイフを向けられたことを思い出した。この嘘はとても楽だが、もしこの後に何か問題が起これば俺はただでは済まない。最悪、殺されるかも。
でも、あれを手に入れなければ帰れないのだ。帰るためにここまで来たんだ、今更諦められない。
「……ま、「テレポーターに悪い人はいない」ってよく言うもんね」
「はイ!」
(いや、なんだそれ)
空気が緩むのを感じる。牢記が言っていた「テレポート至上主義の集まり」というのはあながち間違っていないかもしれない。
「てか、最悪なんかあっても自分がなんとかできるっていうか」
(超余裕じゃん……)
こんなにあっさり快諾してくれたのは、そういった強者の圧倒的な余裕があるからか。
俺を信用したから、というわけではなさそうである。
「じゃ、はいこれ。取り扱い超注意ね」
「ひっ!?」
俺の手の中に棒状の銀の筒が落ちてきた。明らかに「危険」を意味するマークがそこかしこに貼られている。うっかり落としそうになったが、それを全身で阻止した。
「ま、地球ユーザーのテレポートと腕力じゃ開けられないと思うからだいじょぶよ。アウスんとこいこっか。自分も一応着いてくね」
「え、社長がお外ヘ!?」
ポットは大声を上げた。テレ社長が社長室から出るのは相当珍しいようだ。
「ま、自分がこの目で確認しないとねー。ほら、カズミチ君、テレポートするから」
「わ、わかりました」
ひとまず安心だ。変なことをせずに高密度転移電波装置を手に入れられた。思ったよりもずっと簡単に交渉できて助かった。これで、俺は地球に帰る第一歩を踏み出せる。
……ただ、完全に肩の力を抜くことはできない。ふざけたものだが、いち会社を振り回しているわけだし、嘘がバレれば即終了。
誰かが事故に巻き込まれたら?その時責任が取れるのか?「帰る」ことに焦りすぎてたくさんのことを蔑ろにしている。脳が回転するようだ。
このまま何も起きないことを願う。
目を開けていると三半規管がやられるので、ゆっくり目を閉じる。装置は落とさないようにしっかりと抱きしめた。
そして、テレポートされるのを待ち――
――ビーッ!!
俺の耳に、けたたましい音が反響した。
「うわっ!?」
社内は赤いランプで照らされている。明らかな緊急事態だった。
「え、なにどしたん」
テレ社長はキョロキョロと辺りを見渡して、パチンと指――らしき場所――を鳴らした。
すると、目の前にサイボーグが落ちてきた。俺の先生をしてくれたあの人である。
「て、テレ社長!?」
「ね、これどーしたの」
「いや、何やら不審者が社内に入ってきたようで……」
サイボーグ先生は眼鏡をかけ直した。不審者?もしや、テロリストか何かだろうか。急激に心臓が冷えていく。
「どんな感じ? イメージないとテレポートできない」
「オレンジ色のツナギに、ホログラムの頭を持ったやつ、と警備員に聞きました」
「…………ん?」
オレンジのつなぎ。ホログラムの頭。
俺の頭の中に浮かぶのは一人の人物だ。あの、身長がバカみたいに高い……
「……何してんの!?」
イメージしたのは、牢記ただ一人である。




