11話 牢記、がんばる
――その頃、牢記は街を走っていた。
全力で走ると誰かを巻き込んで大怪我させてしまうかもしれないので、姿勢を上げて、周りに気をつけて。
TTコープは異瀬横でも名が通っており、サービスを利用した者はとても多い。牢記も使ったことがある。
信用できる会社ではあるが、テレポートのことになると少々暴走するところがある。一道は今頃心労でいっぱいいっぱいになっているだろう。
地球ユーザーは脆い。それに加えて超希少なのだから、うっかり殺してしまったとかされたら困る。
多分、ノーティーにも怒られる。
彼の心配事――「依頼がこなせない」は気にする必要ない。また別日に回してもらえ。
繁華区域からホログラムの壁を抜けて、電子区域に入る。二つの区域の境目で全く雰囲気が変わるので面白い。
繁華区域では見ない鉄のビルが空高く続いている。TTコープの本社めざしてロボットばかりの街を駆けた。
TTコープの本社は分かりやすい。特に高くて、青くて、変な形のやつ。牢記でも判別できる。
もしここが檻島だったら牢記は門前払いされただろうが、ここは異瀬横。見た目で人の区別なんてつけられない。受付がある出入り口に直行した。
受付にはイァドユーザーのスタッフが何人か並んでいる。以前、色とりどりの小さなロボットをおもちゃだと勘違いして"ケージ"に持ち帰ったことがある。イァドの「人間」と聞かされた時は驚いた。
低いカウンターに肘をつく。赤のイァドユーザーの目は「びっくり」の目に変えていた。
「えっト……ご用件ハ?」
「牢記だ。会社の中に入れて欲しい」
穏便にお願いする。わざわざやり合う必要はない。ノーティーは「自分の名前を出せ」と言ったが、いきなりそれを持ち出したら怪しまれる。
「ど、どういった理由デ?」
「地球ユーザーがここに来ているはずだ。それを引き取りに来た」
イァドユーザーは書類を取り出し、牢記、牢記と呟く。
「申し訳ありませン。ご予約されている方の中にお客様のお名前がございませんので、日を改めてもらえないかト……」
「む? 入れてもらえないのか」
まあそうなるだろうな、とは思っていた。自分は異瀬横で広く名が通っているわけでもないので、そしてテレポートも使えないので、簡単に入れてくれるわけがない。
しかし、一道がなにやら凄い能力者だと勘違いされている以上、TTコープから返して貰えることはなさそうだ。
牢記は転移電波とやらを知らなかったので、まさかあの手品がこんな大事になるとは思っていなかったのだ。
「でも地球ユーザーは私のとこのヤツなんだ。ちょっとした事故でそっちにきてしまっただけ」
「しかし、アポイントがないと難しいですネ」
「……むう」
牢記は考えることが得意ではない。正攻法が無理なら、もうあいつの名前を出してしまおう。
「私はホテル"ケージ"の用心棒なんだ」
「はイ?」
「つまり、ノーティーのとこの。アイツ連れてくるか」
「……あ、アー」
受付係は目を点にした。周りの目線もこちらに集まっているのが伝わる。アイツの悪評は広まりすぎてもはや便利である。
これでなんとかなるか、と思っていた時、天井からするすると一本の紐が降りてきた。蛍光灯を点灯するときの紐みたいな。
それが受付係の前まで降りると、ロボットは紐を引いた。
――ビーッ!!
けたたましい音が響いた。
赤いサイレンが光る。明らかに非常事態を告げるサインであった。
「む? 何かあったのか?」
牢記は不審者でもやってきたのか、と辺りを見渡す。もし見かけたら自分がのしてやろう。
さほど経たないうちに、天井からワープホールが開き、そこから幾人かの警備員が降りてきた。中央にはそこそこの大きさの、水筒みたいな形のロボットがいる。
「不審者は?」
「その人でス! ここにノーティーを連れてくると言いましタ!」
自分のことを指して、イァドユーザーは言う。警備員たちはそれを聞いて息を呑んだ。驚くべきことに、不審者とは自分のことだったらしい。
「む、なぜだ。中に入れて欲しいだけなのに」
別に中でドンパチやろうと思っているわけではない。ただ自分たちのものを引き取りに来ただけだというのに。
「ウチの従業員に脅しをかけるとは! これだからテレポートの使えないモノは!」
「警備隊長、その発言は危ないでス!」
「テレポートの有無で判断するのは我が社の評判を落としかねないですヨ!」
隊長の言葉に慌ててイァドユーザーがフォローに入る。隊長はゴホンと咳払いをして、腰に腕を当てた。
「この不審者め! 大人しくしてるんだな!」
「だから、うちのを返してもらおうと……」
その時、バチンと。牢記の体に赤く光るリングがかけられた。腕を拘束されて、身動きが取りづらい。
「フン、今すぐ家に帰してやる!」
リングが強く光る。何かされる、と反射的に判断し、腕に力を込めた。リングはみしみしと音を立て、牢記がふんと腕を外に引っ張ると、それは粉々に砕けた。
「な、なんてことダ!」
「すごい力ダ!」
後ろのイァドユーザーたちがあわあわと後ずさる。こんなプラスチックのリングで拘束されるような牢記ではない。
考えるのは面倒くさい。このまま突っ切って中に侵入してしまおう。――以前、その性格のせいでやらかして死刑になったのでは、とノーティーに言われたことを思い出す。
「ええい、止まれ不審者!」
ぐん、と足を取られた。転倒こそしなかったものの、足を止めた隙に身体中に無数のリングがかけられた。指の一本一本までが拘束されている。
「今回はコレで許してやろう。次は転移電波でコナゴナにしてやるからな!」
警備隊長の画面が光る。リングが光る。
その輝きが牢記の目を刺した後――
――牢記は、ゴミ溜めの中に落ちた。
「うぐ」
街の光が届かない場所だ。じめじめしていて、臭い。
頭から埋まったので、足が地面につかず、バタバタと動かすしかない。
「いってて……」
恐らく、リングと警備隊長の力でここにテレポートされたのだろう。ただ一道を助けに来ただけなのに、TTコープという大企業に不審者認定されてしまった。
ノーティーめ、自分の名前を出せば解決すると言ったくせに。
(一道、無事かな……)
夜なべして手品を頑張っていたのを見ていたので、彼の頑張りはいい結果に繋がっていて欲しい。勘違いを重ねて思わぬ方向に展開していたら可哀想だ。
とにかく、今はゴミ袋の山から脱出することが第一だ。足をばたつかせてゴミを避ける。
「オイ、アンタ平気か?」
ふいに、しゃがれた男の声がかかった。なんとなく聞き覚えがある気がするが、覚えていない。
足を振って「助けて」とアピールする。
「待ってろ、今引き抜く。……ちょっと重いなアンタ」
長身で筋肉質な方ではあるが、重いと言われると少し傷つく。足をぐいぐい引っ張られる感覚だけがする。
「よし、行くぞ。いち、にの、さんっ……!」
ガラガラとゴミの山が崩れ、顔が出た。助けてくれた恩人に感謝しようとその顔を見ると――
「……げ、牢記ィ!?」
「あ、オマエは」
牢記の足を引っ張っていたのは、あの時のしたチンピラの狼頭だった。牢記に気がつくと、狼頭はすぐに手を離して退いた。手をズボンで拭いている。
「な、なんでこんなトコにいるんだよ!?」
「ちょうどいいところに」
「は!? ぶッ!」
狼頭の顔を押さえ、そのまま持ち上げる。
辺りを見回すと、ここはまだ電子区域のようだった。走ればすぐにTTコープの本社につくだろう。
「テメッ、何しやがる!?」
「TTコープに侵入する。それにオマエを使う」
「は、ハ!?」
全速力で街を駆ける。ぶつかると危ないので、行き交う車の上をジャンプしながら。牢記が急げばTTコープなんてすぐのはずである。
「オイ、TTコープっつったか!? 全然反対方向じゃねえか!」
「そうなの? ありがとう」
「あ、しまっ……クソ!」
方向転換して再び走る。
繁華区域からTTコープにつくまでよりも、かなり時間がかかった。TTコープと間反対に飛ばされたのかもしれない。
再びTTコープ本社の前にやってきた。最初に来た時よりも警備員が増えている。牢記は自分のせいだと気づいていた。とっとと侵入しよう。
暴れ続ける狼頭を高く上げ、それを振りかぶる。
「おいクソ野郎! 今テメェオレのこと投げようとしてるよな!?」
「そう。オマエで騒ぎになってる内に中に入る」
いきなり人間が壁を割って侵入してきたら大騒ぎになるだろう。その対応に追われて牢記はフリーになるはずである。投げるのがこいつなら心も傷まない。
投げようとした時、再び静止の声がかかった。
「クソ、聞けよ馬鹿が! んなことしなくてもTTコープなんて簡単に入れるだろうが!」
「え、どういうことだ」
聞き捨てならない発言だ。振りかぶるのをやめて、持ち上げながら話を聞く。
「落下救助サービスに電話しろ! テメェ使ったことねぇのかよ!」
「……ああ、なるほど」
落下救助サービスとは、異瀬横内で高いところから落ちた時にテレポートで助けてくれるサービスのことだ。
牢記は頑丈なので使ったことはないが、存在は知っている。送迎料金込みのお得なプランがあるという話を聞いたことがあった。
「だろ? だから離せよ!」
「電話」
「……は?」
「電話ないから、貸して」
牢記は携帯電話を持ってきていない。今から帰るのも面倒である。なので、狼頭に要求した。
「嫌に決まってんだろ! テメェは絶対に壊す!」
「ならいい。勝手に貰う」
「ああ、クソ野郎!」
ポケットをまさぐり、携帯電話を取り出す。
電話番号は確か「9」だ。特徴的だったので覚えていた。
「ありがと。いつか返す」
「ふっざけんな、クソ!」
狼頭から手を離し、即座にその場から離れる。牢記の足にあのチンピラはついてこれない。負け惜しみの鳴き声が聞こえてきた。
落下救助サービスは使用者が落ちていないと、かけても対応してくれない。そこそこの高さのビルを目指して走る。
一道を救助した後、ノーティーに文句をたくさん言ってやろうと牢記は考えていた。




