13話 どうしようもない
――サイレンが鳴り響く。まるで、俺の心の中をそのまま表しているみたいだ。
どう考えても牢記でしかない不審人物。ロボットたちはタイヤやキャタピラを回して慌てふためていている。サイボーグとテレ社長の話し声がやけに遠くで響いた。
「あ、あの、もしかしテ……」
ポットが小声で俺に近づいてくる。ポットも牢記を知っているから、不審者の正体に気がついたのだろう。
「どういうことでしょうカ」
「お、俺も全然分かんないよ……!」
もしかして、俺を連れ戻しにやってきたのか?いや、ならこんな「不審者」認定されるはずがない。まさか、牢記は実はヤバい奴で、テロを起こしにきたとか。
(ありえないと思うけど、世界規模テロリストのノーティーのとこのやつだしなぁ……)
いい人たちだと思ってはいるが、それでも知り合ったばかり。あらゆる可能性は考えておいた方がいい。
「んー、とりま探さなきゃかなー。全く知らんヒトはテレポートできんし」
「ええ。とりあえず、小柄なイァドユーザーたちは避難を……」
まずい。やっぱりおおごとになってる。今はとにかく、牢記が何をしにきたか知るべきである。
「あ、あの、俺、ちょっと……」
「あー、地球ユーザーだし危険だよねー。先に部屋戻っといて」
テレ社長がそう言うと、俺は真っ白なワンルームの中にいた。隣にはポットもいる。ジジ、と空間が歪んで見えたのは気のせいだったかもしれない。
「やばい、本当にやばい……」
「カズミチ様、どうしましょうカ」
「とりあえず、牢記に話を聞かないと……あ」
目の前にころころ転がる銀の筒。それを見て、肝が冷えていく感覚がした。
「わーっ!? なっ、これごと!?」
「カズミチ様、気をつけテ!」
銀の筒――高密度転移電波装置を腕の中に入れる。てっきりテレ社長が回収するもんだと思っていたのに。
牢記を探さないといけないのに、これを持っていくのは怖い。でも部屋に放置するのも怖い。
アウスに入れに行って手放したいが、テレ社長が見てないところで勝手に投入するのも気が引ける。俺は小心者だ。
散々悩んだ挙句、俺は筒を抱えて移動することにした。見てない間に失くしたら一番まずいから。
「よし、探しに行こうポット」
「あの、本当に本当に気をつけてくださいネ!」
ポットの忠告を心に留め、無機質な部屋から出る。外は真っ赤だ。ドローンが空を飛ぶ。
TTコープの社員たちが逃げる方向と反対に走る。居場所は検討つかないが、人が逃げてきた方にいるはずである。
「おい、テレポート使うなよ!」
「あわわ、あわわわわ」
「危な! ちょ、足で移動しなさい!」
バチバチと火花が弾けるような音が時たま耳を刺す。アウスが転移電波を多少吸っていると聞いているが、それが完全ではないことがその音で理解できた。
赤いランプで視界が悪くなって、つんのめって転けそうになる。それでも、この筒を傷つけまいと必死で耐えた。
「地球ユーザー!? 危険ですヨ!」
「すみません、ちょっと急いでて!」
ポットの色違いみたいなロボットを横切る。警備員みたいな格好をしていた。
それを最後に、ヒトの姿は見えなくなった。無人の会社を、オレンジの囚人服を探して走る。
携帯が二つ空中で重なっている。ここまで来たのかと考えていると――
「うおっ!?」
ボールプールの山の中から、赤い大きな手が飛び出してきて俺を引っ張った。俺はポットごと中に吸い込まれる。
コツンと額に軽いボールが当たる。その中で、人体の感触がして目を開ける。そこにいたのは、お尋ね者の牢記だった。
「わ――むぐ」
「叫ぶな、バレる」
外からおもちゃのサイレンみたいな音が別に聞こえてくる。テレポートしてきたのだろうか。
「警備隊長、こちらにもいませんでしタ」
「落下救助サービスを利用するなんテ……」
心臓の鼓動が早まっていく。
恐らく「警備隊長」であろうロボがもう一度探すよう指示を出して、それから人が散っていく。それから、広く響く音だけになって、ポットが「ふう」と息をついた――音を出した。
「迎えにきたぞ、一道」
「……とりあえず、どういうことか説明して」
「検閲済」の「検」の字が凹み、「済」の字が引き伸ばされる。
「……迎えにきた」
「じゃあ、なんでこんなことになってるの」
「不審者だと言われた」
「……どうして?」
「受付でノーティーの名前を出した」
頭を抱える。そこまで広く悪評が知れ渡っているとは。というか、なんでそんなとこであの人の名前を出したんだ。
「じゃ、じゃあ、一応勘違いってことなんだよね? テロを起こしにきたわけじゃなくて」
「テロ? なぜそんなことを?」
ひとまず、彼女が変なことを起こそうとしていないことに安心した。ひとまず、でしかないが。
俺の脇から顔を出して、ポットが瞬きをする。画面が光っていて見やすい。
「で、ではワタクシが誤解が解けるように説得してみましょうカ? あ、その、上手くいくかは分かりませんガ」
「ポ、ポット、ほんとにいい人……」
ずっしりとした機体を撫でる。ポットなら無事に丸く収めてくれるはずだ。俺や牢記が余計な口を挟まなければ。
「頼む。追い回されて困っていた」
「本当に、本当にありがとう、ポット」
誤解が解けたらポットに感謝をしなくては。言葉でなく、行動で。
牢記に抱えられ、ボールプールから脱出する。色とりどりのプラスチックがぼろぼろとこぼれた。
「じゃ、まずは……あ」
目の前に、警備隊のロボットたちがいる。水筒みたいな形の一際大きなロボットが、こちらをギロリと見ていた。
「……えーっと」
「ふ、不審者だ!」
「まずいでス! 地球ユーザーを人質にとってますヨ!」
「しかもテルイン・ポットまデ! どうしましょウ!」
牢記に抱えられる俺とポット。彼らから見れば、間違いなく牢記が俺たちを誘拐しようとしているように見えるだろう。これはまずい。
「あ、いや、これには事情ガ……」
「あーっ! し、しかもあれ、あれ持ってますヨ!?」
ポットの色違いが俺の腕の中を指す。まずい、かなり良くない方向に解釈されている。
「いっ、今すぐ捕えろ! 丁重に、刺激を与えぬように!」
「ラジャ!」
ラジコンロボたちが一斉に腕を構え――そこから、リングが無数に飛んできた。
「な、なにこれ!」
「掴まっていろ」
ぐんと身体に力がかかる。思わず目を瞑った。何かすごい速さで動いているのは分かるが、どんな状況かは全く分からない。高密度転移電波装置、あとポットが振り落とされないように必死で金属を掴んだ。
これからどうすんだ。そればかりが回る。
「ちょ、牢記――」
目を開けた時、俺は宙にいた。頭が逆さになって、空中浮遊したのかと錯覚する。
牢記は投げられた大きな輪を一つ掴み、それをあろうことか隊長っぽいのに引っ掛けた。
「おい、この――」
それが赤く光ると――水筒のロボットが消えた。
テレポートされたのだ。
心臓が縮まる。おい、それは本当にまずいんじゃないのか。
「た、隊長ー!」
「バッカヤロ……!」
ラジコンロボたちがその場で慌てふためく。彼らは隊長を連れ戻すためのテレポート能力を持っていないようだ。
サイレンの中に、パトカーのような音が混じる。廊下の角から大量のロボットが現れた。
浮遊して、同じようにリングを飛ばしてくる。――それを理解できたのは、俺の頬に赤い線がまっすぐ伸びた時だった。
「……は?」
床に輪っかがからからと落ちる。なんだこれ、さっきのポットの同族はこんな速さで飛ばしてこなかったのに。
まずい。今度こそ死ぬ。
(これじゃ、ほぼ殺しに来てるだろ!)
「ままま待って、彼らはワタクシの――」
「逃げるぞ! 落ちるなよ!」
牢記は彼らに背を向け、ロケット花火みたいに走り出した。風が当たり、さらに体が冷える。
ここからどうやったら丸く収まるんだ。切実に、タイムリープの能力を持つヒトの存在を望む。




