幕間 アレクとライラ
色とりどりの紙がパッと宙に舞い、そのまま落ちて絨毯を彩った。
床に飛び散る手紙に一瞥もくれることなく、放り投げた当人は机に頬杖をつく。
「まったく、読む価値もない紙クズばかりね」
彼女の名前は、ライラ。
正式にはライラ・アリシア=アナッサ・カイロスという長ったらしい名前で、帝国最高の貴族と言われるカイロス公爵家の一人娘だ。月の輝きを集めたような銀髪にすみれ色の目をした、この世の者とは思えぬほど美しい令嬢――では、あるが。
(いや、手紙投げる必要はなかっただろ!)
この女、とんだ性悪なのである。
アレクが足元に目を向けると、少女が涙目になりながら手紙を拾い集めている。
貴族の手紙なんて平民の少女にとっては恐怖でしかないだろう。しかし手紙を扱うはずの侍女はライラが先日クビにしたので、清掃係だった少女が臨時で側仕えを任されている。
アレクはため息を吐いて、震える手で手紙を持つ少女に手を差し伸べた。
「あとは俺がやっとくから、君は外に出てて」
少女は救いの主とでも言いたげな目でアレクを見て、何度も頭を下げて部屋を出ていく。それにヒラヒラと手を振って応えつつ、少女から受け取った手紙の差出人に目を通す。
「この手紙、ちゃんと返事しなくていいのかよ」
「弱小貴族たちへの断りなんて、このわたくしがする必要あって?」
ライラは小首を傾げて、不思議そうにアレクを見た。ああ、皮肉じゃなくて本気で言ってるんだな。そう理解したアレクは脳内の「敵にも味方にもならないリスト」に差出人たちを分類した。
「役に立ちそうなのは、これくらいかしら」
ライラは一枚だけ残したすみれ色の封筒を指先でつまんだ。その目がキラリと楽しげに輝くのを見て、悪い予感しかしない。きっと、ろくでもない奴からの手紙なのだろう。
ろくでもない、と言えば……この家にも一人、そう呼ぶにふさわしい人間がいる。
「ライラ、失礼するよ」
「あら、お父様。ごきげんよう」
扉を開け放つなり入ってきたのは、カイロス公爵家の当主――つまり、ライラの父親だ。
「今日も美しいね、春の妖精かと思った」
「ふふ。お父様ったら、いつもお上手ね」
「私のかわいい妖精に、必要なものはないかな?」
「品位保持費は十分いただいていますから、大丈夫ですわ」
「なんて慎ましいんだ、ライラ。もっとわがままでもいいのに」
これ以上わがままになって、どうするつもりだよ!
と、口を挟みたいのをなんとか堪える。この父親がライラを全肯定するせいで、とんだ高慢ちきになったに違いない。このドロッドロの甘やかしで正気を保てる方がおかしい。
『いいこと、アレク――誰かを見かけや言葉尻だけで判断してはダメよ。そうなるまでには、その人なりの人生があるの。あなたは相手の事情をわかってあげられる人になってね』
亡き母の言葉が、頭の中で戒めのように浮かんでくる。自分に言い聞かせるようにそう言っていた母は、そうやって色んなことに配慮してばかりで人生を終えてしまった。
ライラが性悪なのには理由があるかも知れない。だからと言って、ライラに同情してやるつもりはない。ただ、生き伸びるため。そして、人生を自分で選べる力を手に入れる――そのために、ライラを利用しているだけだ。
「……旦那様、ご用件の方は」
「ああ、そうだ。すっかり忘れていた」
扉のところで所在なさげに立っていた執事の声に、公爵は手を叩く。
「アレク、君に客人が来ているよ」
「俺……私に、ですか?」
故郷から遠く離れた帝都での客なんて、心当たりなんてあるはずがない。
しかしライラは違ったようで、公爵の言葉に「まあ」と声を上げた。
「動いたようね、皇帝が」




