9 近衛騎士ピスティス
ライラが応接室に足を踏み入れると、ソファに腰掛けていた男が立ち上がる。
すらりとした長身に、飾りがついた赤い装束。そして、傍らには長剣を携えている。
皇帝の側に仕えることを許された者――近衛騎士に、間違いない。
「貴殿らの護衛に任じられた、近衛騎士団のアダマス・ピスティスだ」
面白みの欠片もない挨拶を聞き流しながら、ライラは脳内の貴族一覧を洗う。
ピスティス家と言えば、土地なしの軍人貴族だ。皇室からの俸禄で存続している家系なので、側近中の側近と言えるだろう。それを送り込んできたのだから、皇帝は本気でアレクを皇族に迎えようとしているのかも知れない。
(いえ、それだけではないわね……監視、かしら)
忠実な臣下を送り込み、その言動を内密に報告させて、ライラたちに二心があればアレクを切り捨てる――そこまで考えての配置なのだろう。そうでなくては、面白くない。
ライラが扇を開いて微笑んだところで、騎士が誇らしげに胸を張る。
「陛下からは貴殿らの監視も命じられている」
「……は?」
騎士の発言に、ライラの口から間抜けな声が漏れた。
まさに今、想定していたので「監視されること」に驚いたのではない。貴婦人に男の監視をつけるなど、本来はあり得ないこと――にも、関わらず! よりにもよってライラを、密命でもなく当然のように監視するなんて。
ふつふつと湧き上がってきた怒りを込めて、ライラは扇を騎士に投げつけた。
「このわたくしを監視するなんて、百年早いわよ!」
厚い胸板にぶつかった扇も、ライラの怒りも諸ともせず、騎士はなおも堂々と言う。
「これは陛下のご意志だ、大人しく賜るべきだろう」
「白昼堂々こんな命令をするなんて、陛下のご判断が疑わしいわ」
「貴様、陛下を疑うのかっ…………いや、そういえば……そう、か……」
騎士が急に黙り込み、その目が動揺したように左右に揺れる。
「なんだというの? 勝手に一人で納得して」
「それで……陛下は『監視については黙っていた方がいい』と、おっしゃったのか」
思わず横転しそうなったのを、なんとか耐える。そんな喜劇のような動き、ライラに許されるはずがない。その視界の端でプッと噴き出したアレクを睨みつけて、騎士を指さす。
「アレク! このポンコツは、おまえが面倒を見なさい」
アレクは「えー」と抗議の声を上げたが、縋るような騎士の目を見て肩をすくめた。
「まあ、しかたないか。よろしくな、ピスピスさん」
「……“ピスティス”だ。よろしく頼む、少年よ」




