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10  伯爵夫人の秘密の会


 帝都の石畳を軽快に鳴らして、カイロス公爵家の紋章を刻んだ豪奢な馬車が走る。


 馬車はとある店の前でゆっくりと停まり、その扉を開けて赤い制服を着た騎士が姿を現す。彼のエスコートを受けて降りてくるのは、誰もが知る令嬢――ライラ・アリシア=アナッサ・カイロス。


(そう、そうでしょう! 気になってしかたないはずよ)


 集まる視線を感じながら、ライラは緩みそうになる口元を引き締める。


 ここは上流階級向けの店が並ぶ通りで、当然ながら貴族も足を運んでいる。ライラと“噂の”少年、それに近衛騎士が付き添っているのを見ては、注目せずにはいられないはずだ。


「おまえ、エスコートはできるのね?」

「このくらい騎士として当然だろう」


 礼代わりに声をかけてやれば、騎士は誇らしげに胸を張る。任務の秘密さえ守れないポンコツのくせに、よく言えるものだ。呆れたライラは騎士の手を無造作に払いのけた。


 続いて馬車から飛び降りたアレクが、危なげなく着地してライラのことを見上げる。


「別にパレードしに来たってわけじゃ、ないんだろ?」

「ええ、ついでに用事をすませていくわ……ほら、早く開けなさい」


 扇で指し示せば、騎士が「私は従者じゃない」と文句を言いながらも扉を開く。


 足を踏み入れてすぐ目に飛び込んでくるのは、色とりどりの装束。トルソーに飾られたそれらは、いずれも美しい装飾が施されている。帝都一の呼び声に相応しい美術品だ。


「まあ、カイロス公爵令嬢! ご足労いただけるなんて恐縮です」


 先日、アレクの衣装を任せたテーラーが店の奥から歩み出てくる。そしてチラと目線をアレクに向けて、深々と礼をした。アレクが着ている服が、自分の仕立てと気づいたらしい。


「先日はご令息の御衣装をお任せいただき、誠に光栄でした」

「ええ、わたくし大変満足しているの。その腕にも、慎み深い口にも」


 このテーラーは皇帝に引き合わせる前にアレクを見ていた。しかし情報は漏れることなく、皇后たちに驚きという一撃を食らわすこともできた。あの場にいた貴族たちも得意先だろうに、しっかりと秘密を守り切ったのはなにより評価できる。


「だから今度は、わたくしの衣装も任せたいのだけど」

「っ! それは、大変光栄です……どうぞ、奥の方へ」


 テーラーに促されて、奥の個室に足を進める。上客用の商談室だろう、表の店と違って展示品などはない。多少粗末だが座れる程度のソファに腰を下ろし、テーラーを見据える。


「実は、さる伯爵夫人の“秘密の会”にご招待をいただいたの。わたくし、はじめてなものだから用意がなくて……いくつか見せてもらえるかしら?」

「かしこまりました」


 わざわざ「なにを」と言わずとも通じたようで、テーラーは個室を出ていく。所在なさげに立ち尽くしている騎士を横目に、ライラの隣に腰を下ろしたアレクが首を傾げた。


「秘密の会って、なんだよ?」

「おまえみたいな子供には、まだまだ早い場所よ」

「なっ! まさか、いかがわしい場所ではないだろうな」


 顔を赤くして割り込んできた騎士がおかしくて、ライラは扇を開いてフフッと笑う。


「……さあ、どうかしら?」

「私は貴殿らの護衛を任されているんだ! 勝手な真似は許さんぞ」

「落ち着けって、ピスさん。からかわれてるんだよ、アンタ」

「ピスさんではない、ピスティスだ!」


 アレクと騎士が戯れていたところで、扉を叩いてテーラーが入ってくる。声もなくライラの前で跪いたテーラーは、持ってきた箱を開いた。いくつか入っていた中から一つを選び、取り出して――そのまま顔に当てて、アレクたちに見せてやる。


「ただの“仮面舞踏会”よ」


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