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11  これって浮気ですわよね


 ピタリと身体に沿う魅惑的なドレスは、歩く度に光沢ある生地が不思議な輝きを放つ。仕上げに銀の縁取りがついた仮面をつけて、ライラは振り返った。


「いいこと? おまえはポンコツを引きつけておきなさい」


 仮面舞踏会と聞いた騎士は断固として「危険なので着いていく」と言い張った。

 端的に言って、邪魔である。あんなのが着いてきて社交などできるはずもない。どんな失言が飛び出すか、想像するだけで寒気がする。


 言われたアレクは「ったく……しかたないなあ」と呟く。そしてライラに背を向け、わざとらしく足音を立てて廊下へ駆け出していった。


「なあ、ピスさーん! カードして遊ぼうぜー!」


 遠ざかっていく少年らしい高い声に「ピスティスだ!」という叫び声が被さるのを背に受け、ライラは屋敷を後にした。これで、後顧の憂いはない。





 紋章を隠した馬車から降り、見上げるとそこは帝国劇場のエントランス。


 格式高い劇場のホールを借りてパーティをするには、金と権力だけでは足りない。超一流の人脈――それも帝国の裏の裏にまで精通していなければ、叶わない。


(本来、こんな馬鹿げたお遊びはお断りだけれど……)


 高貴なるライラには、隠すべきことなどなに一つもない。身分を隠して乱痴気騒ぎをするほど、暇でもない。今回は主催者に興味があって足を運んでやったまでだ。


 大きなシャンデリアが煌めくホワイエに足を踏み入れると、周囲の視線が集まる。


 銀糸のように輝く髪に、稀有なすみれ色の瞳。いかに仮面で顔の半分を隠していようと、名高きカイロス公爵令嬢であることは一目瞭然だ。

 驚愕の視線の中に、歓喜の色が混じっている。日頃はライラに近づくことさえ叶わない者たちが、舌なめずりをしているのだろう。


(……あら? あれは、)


 向けられている視線を辿っていると、一人の男に気がつく。一方の男もライラに見られていると気づいたようで、笑みを浮かべて歩み寄ってきた。


「ごきげんよう、帝国に輝く月の君」


 まるで騎士が忠誠でも誓うように、男がライラの前に跪く。その顔は仮面をつけても分かるほど優美に整っており、多くの浮名を流していることを匂わせている。


 挨拶代わりに手を差し出してやると、男は「光栄です、姫」とライラの手を取る。そして手の甲に口づけをしようとした――その瞬間。


「オレオスーーー!」


 甲高い叫びが、会場に響き渡る。

 ざわめきの中でもはっきりと聞こえた声に目をやると、一人の令嬢が人波をかき分けて進んでくるところだった。目の前の男はパッとライラの手を放して、慌てて立ち上がる。


(あらまあ、滑稽だこと)


 ライラは扇を開いて、こぼれ出る笑みを隠した。ライラに礼儀を説いておきながら、みっともなく婚約者に縋りつく。皇后にすり寄る侯爵令嬢の醜態は、どんな喜劇よりも愉快だ。


「あなた、一体なぜ! こんな、浮気なんて!」

「ああ、ええと、その……」


 侯爵令嬢からの激しい追及に、男の目が泳いだ。

 一人娘しかいない侯爵家の婿養子だ、立場は弱い。婚約者に歯向かえない男は、救いを求めるようにライラへ視線を向ける。それを認めて、侯爵令嬢はキッとライラを睨みつけた。


「カイロス公爵令嬢は、本当に“手に入らない男”がお好きなのね」


 ざわっと会場の空気が揺れた。

 その失礼過ぎる発言はともかく、仮面舞踏会で相手の身分を明かすなんて、許されることではない。そんなことも分からない愚かな令嬢に呆れて、ライラはパチンと扇を閉じた。


「カイロス公爵令嬢、と言えば……わたくし、こんな噂を聞きましたの」

「な、なにを言って――」

「皇帝陛下とお近づきになりたくて、皇后陛下に意地悪をしていた“とある侯爵令嬢”……その罪をカイロス公爵令嬢に押し付けて、今度は皇后陛下にすり寄っているそうですの」


 舞台役者のように芝居がかったライラの声は、会場によく響いた。

 会場は今や静まり返っていて、突然はじまった余興の行方を見守っている。それを確認して、ライラは華やかな笑みを浮かべた。


「婚約者がいるのに、他の殿方に熱を上げる……そして次々と、権力にすり寄る」


 あえて言葉を止めて、ゆったりと首を傾げる。


「これって、浮気ですわよね?」


 クスクスという忍び笑いが、そこかしこから聞こえる。

 それに気づいた侯爵令嬢の顔は、みるみる間に赤くなる。そんなに赤くなっては、認めたも同然なのに。ライラも思わずクスリと笑うと、侯爵令嬢は目の色を変えた。


「この、性悪女ーーー!」


 金切り声を上げた侯爵令嬢は、ライラの銀の髪に掴みかかろうと手を伸ばし――


「これは、なんの騒ぎかしら?」


 熱気をさます冷たい声に、侯爵令嬢の動きが止まった。

 

 会場の中央にある大きな階段を、一人の女がゆっくりと降りてくる。夜の闇のように黒いドレスと黒いヴェールに包まれた姿は、まるで喪服。それでも不思議と色気を感じさせる。


「お招きしていない方がいるようね……お帰りいただいて」


 降りてきた女は、侯爵令嬢を一瞥して指示を出す。瞬く間に現れた黒服の男たちが、侯爵令嬢の周りを取り囲む。小さな悲鳴が聞こえた後、男たちと共に侯爵令嬢は消えていた。


 余興が終わったのを感じたのか、会場は元通りのざわめきを取り戻す。それを確認するように会場をゆったりと見回した女は、ライラに向き直って優雅な礼をした。


「お待ちしておりましたわ、すみれ色の方」


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