12 帝国の毒婦
「どうぞ、こちらへ」
黒いドレスの女に導かれて大階段を上がり、絵画や芸術品が飾られた廊下へ入る。この廊下が貴賓席へ続いていることを、何度も訪れているライラは知っている。
(やはり、この女……間違いないわね)
このパーティの主催者、ライラを招いた伯爵未亡人だ。
喪服であっても隠せない色気は、彼女の過去を如実に表わしている。高級娼館から伯爵の後妻に迎えられ、先帝に愛人として差し出された――それは誰もが知る、公然の秘密。
「さあ、おかけになって?」
伯爵未亡人が示した貴賓席には一対のソファとローテーブルがあり、その奥の舞台では弦楽器がカルテットを奏でている。舞踏会の喧騒は遠く、二人の他に人影はない。
「この度は、興味深い催しに招待してくださったわね」
「ご令嬢にお越しいただけるなんて、光栄の至りですわ」
お互いに正体はわかっている――つまり、もう芝居はいらない。ライラはうっとうしい仮面を外し、ローテーブルに置く。伯爵未亡人もヴェールを除けて、年齢を感じさせない美しい顔を覗かせた。
「はじめて会うけれど、名乗る必要はあって?」
「名高いカイロス公爵令嬢を知らぬ者など、この帝国におりませんわ」
「わたくしもおまえを存じていてよ……“帝国の毒婦”、だったかしら?」
伯爵未亡人の異名を口にしてやれば「お恥ずかしいわ」と穏やかに笑った。
「毒を持って毒を制す、と言いますでしょう? 帝国に新たな太陽をお迎えするには、毒婦だからこそお役に立てることもございますわ。そこで恐れながら、お呼び立てしましたの」
まるでアレクが何者かを察しているかのような言い方に、ライラは片眉を上げる。
「新たな太陽だなんて……おまえ、なにを知っているのかしら?」
「カイロス公爵家にさる貴公子がいらっしゃること、くらいですわ」
「その貴公子の出生について、なにか知っていることは?」
「わたくしが皇城に迎えられたのは、皇太后陛下の亡き後ですの」
皇太后――つまり先代の皇后が亡くなったのは、アレクが生まれた頃だ。それより後となると、ライラが知りたい情報を伯爵未亡人は持っていないらしい。
(まったく、とんだ期待外れね)
失望のため息を吐いたライラに、伯爵未亡人は「そういえば……」と続ける。
「森の庭園にはかつてお屋敷があって、先帝陛下の恋人がお住まいだったそうですわ」
そう言ったきり、伯爵未亡人は微笑むばかりで続きを言わない。どうやらこれ以上は話す気はないようだ。あるいは、本当にこれ以上は知らないのかも知れない。
いずれにせよ、話が聞けないのなら用はない。立ち上がりかけたライラに、伯爵未亡人はすかさず「お待ちになって」と声をかける。
「ご足労いただいたお礼に、お土産をお渡ししたいの」
伯爵未亡人はライラの返事も待たずにパンッと手を叩く。
すると、まもなく一人の若い男が現れてうやうやしく礼をした。
「この度、準男爵に迎えられる予定の商人ですのよ」
準男爵という一代のみの爵位であっても、皇室への貢献なしに迎えられるほど帝国貴族は甘くない。それも、こんな若い男が――ライラは興味をそそられて、また腰を落ち着ける。
「それは一体、どのような理由で?」
「血生臭い話になりますけれど、ある国が開発した武器が革新的だそうで。我が帝国でも取り入れるために、皇帝陛下が取り寄せていらっしゃるそうなの」
「それを、この商人が?」
「ええ……巷では“死の商人”なんて呼ばれていますのよ」
伯爵未亡人が微笑みながら言うと、男は「恐れ多いです」とさらに礼を深くする。
(叛意があるならば、武力は必要だろう――と、言うことね)
“お土産”の言外の意図を、ライラは正確に読み取った。
それで皇室と繋がっている武器商人を紹介するあたり、この女は質が悪い。いざとなれば、どちらに転んでもいいように立ち回るのだろう。
「どうやら聞きしに勝る“毒婦”のようね」
眉を寄せたライラの言葉に、伯爵未亡人は黙って笑みを深めた。




