13 襲撃
「貴殿の行動は、実に不誠実だ! この件、陛下に報告させていただく!」
仮面舞踏会から帰ってきたライラを迎えたのは、騎士の暑苦しい叱咤だった。クドクドクドクドうるさくさえずるのを聞き流していたら、憤慨して屋敷を出て行ってしまった。
「ピスさん、もう帰ってこないのかな」
翌日、午前のティータイムを楽しんでいるとアレクがぽつりと呟く。出ていった騎士を気にしている甘ったれなアレクに、ライラはフンと鼻を鳴らした。
「あのしつこい男が、あれで諦めるとは思えないわ」
そんなライラの予想は正しく、昼前には騎士が公爵家の屋敷に戻ってきた。
「貴殿の問題行動をご報告したところ、陛下が直々に話を聞きたいとのことだ」
誇らしげに胸を張る騎士に、ライラは大きなため息を返した。
恐らく、皇帝にもあの調子で文句を垂れ流したのだろう。この騎士を納得させる――いや、黙らせるためには、一度ライラを呼び出すしかないと悟ったに違いない。
「皇帝を動かすなんて、おまえはなかなか見上げた男ね」
「そ、そうだろうか?」
呆れ返ったライラの言葉に、騎士は照れたように頭をかく。皮肉も通じないのだから、余計に質が悪い。プッと噴き出したアレクの頭を扇でペチンと叩き、ゆったりと立ち上がる。
「まったく……やむを得ないわね、皇城へ行くわよ」
ライラに褒められたと思っているからか、馬車に乗ってからも騎士はどこか浮ついていた。アレクはそんな騎士を見て、面白そうに笑っている。なんとも穏やかな光景だ。
その生温かい空気が目ざわりで、ライラは馬車の外に目を向け――すぐ、眉をしかめた。
「……え?」
馬車が走る道の細い横道から、無人の荷車が飛び出してくるのが見える。同時に馬車がガタンッと強く揺れ、外から馬のいななきが響く。衝撃で飛び上がりそうになったアレクを捕まえた騎士が、そのまま素早く立ち上がった。
「これは、なにが?」
「どうやら、荷車の飛び出しがあったようよ」
ライラが指し示した窓の外には、荷車に乗っていた赤い果物が散乱していた。
それを認めた騎士は「御者と話してくる」と言って馬車を出たが、すぐに戻ってくる。
「馬車を乗り換えるしかなさそうだ」
「まあ……面倒だこと」
「しかたないだろ、とっとと降りようぜ」
アレクが早々に馬車を飛び出して行くので、ライラも騎士にエスコートをさせて馬車を降りる。そして果物の間に足を下ろそうとした瞬間――パンッという乾いた音と共に、足元の果物がはじけ飛ぶ。
「っ! 伏せろ!」
剣を抜く騎士の鋭い声で、状況を把握する。これは、襲撃だ。
ライラは咄嗟に、アレクの姿を探した。そばで呆然と立ちすくんでいるアレクを見つけ、すぐさま抱え込んで石畳に伏せる。目をぎゅっと閉じている間にパンッという音がもう一度響き、それにキンッという甲高い音が続いた。
終わったか、と思って目を開けた瞬間――今度はドンッと、低い音が響く。
思わず身を震わせたが、どこにも痛みはない。恐る恐る顔を上げると、カランという高い音と共に折れた剣が石畳に転がり落ちた。
「お、おまえ……!」
ライラたちの盾になるように、騎士がすぐそばに立っている。震えたライラの声に振り向いた騎士はゆっくりと膝をついて、そのまま転がるように座り込んだ。
「どうして、かばったりしたの!」
騎士の赤い制服が、どす黒い色に染まっていく。傷口を隠すように手で押さえた騎士は、力なく笑った。
「私は、貴殿らの護衛だ……騎士として、当然だろう」
答える声は、いつもと違って力がない。呼吸も荒くなっているようだ。騎士から流れ出る赤が石畳を染めはじめている……これはもう、助からない。
「ピスさんっ!」
ライラの腕の中から飛び出したアレクを見て、騎士は笑みを深めた。
「ピスさん、ではない……ピスティスだ……」
それを最後に、騎士はゆっくりと石畳に倒れ込んだ。その身体に縋りついたアレクが「嫌だ、死んじゃ嫌だ」と騎士を揺さぶっている。
高ぶりそうになる感情を、荒くなりそうになる息を、ライラはなんとか整える。冷静になれ。この局面を解決する方法は、必ずあるはずだ。
「……そうだわ、アレク」
「んだよ……こんな時に!」
「“時逆の力”で、この男を治しなさい」
「え?」
「この男の傷を、なかったことにするの」
アレクの力であれば、撃たれる前の状態に戻すことができるはずだ。死んでしまっては難しいかも知れないが、騎士はまだこと切れてはいない。傷口さえ閉じることができれば、生き残る可能性はある。
「そんな、の……俺、人間には力を使ったこと、ないよ」
「もし失敗したとしても、みすみす死なせるよりもマシよ」
「でも、俺……」
アレクは迷うように、揺れた目で騎士を見つめる。この男にとどめを刺してしまうのが、力を尽くしても救えないのが、怖いのだろう。ライラはため息を吐き、アレクの目の前に扇を差し向けた。
「わたくしが、命じるわ。この男の時を戻しなさい」
この責任は、ライラが負ってやる。
その意図を読み取ったらしいアレクは息を飲み、そして頷いた。すぐに騎士の傷口に両手を当てて、集中するように深呼吸をする。すると、服に広がっていたはずのどす黒い染みが徐々に消えていく――いや、なかったことになっていく。
徐々にアレクの呼吸は荒くなり、額から大粒の汗が流れた。それでも時は戻り続け、ついに傷口からメリメリと鈍色の塊が顔を出した。完全に傷口がなくなり、鈍色の塊はアレクの手の中に収まる。
「やった……やったよ、俺」
アレクは震える手で鈍色の塊を握りしめ、潤んだ目でライラを見上げる。
騎士は目を覚まさないが、呼吸は穏やかだ。ライラは微笑み、頭を撫でてやる。
「ええ、よくやったわ」




