14 忠誠を誓いなさい
翌日になっても、騎士は目を覚まさなかった。
医師は多くの血を流したせいだと言ったが、自分の力によるものだと思っているのか、アレクは騎士のそばを離れない。暗い顔をしているアレクに、ライラはため息を吐く。
「死んでいないのだから、そのうち目を覚ますわよ」
「無事かどうかなんて、わかんないだろ」
「そんなことより……おまえ、わたくしに言うべきことがあるのではなくて?」
腕組みをして見下ろすと、アレクは少し考えた後で頬をほんのり赤く染める。
「……かばってくれて、ありがとう?」
「なに言ってるの、そんなくだらないことじゃないわ」
ライラがバッサリと切り捨てると、アレクは「せっかく言ったのに」と口を尖らせる。その間抜け面をフンッと鼻で笑い、ライラは手を突き出した。
「騎士から取り出したものを、わたくしに報告していないでしょう」
「ああ……これ?」
ポケットに手を入れたアレクが、鈍色の塊を取り出してライラの手の上に置く。それをゆっくりと握りしめたライラは、小さく口の端を上げた。
「……なんか悪いこと、考えてるんだろ」
「悪いこと? わたくしに盾突く愚か者を、あぶり出すだけよ」
騎士が撃たれたのは結果論に過ぎない。狙いはライラ……もしくは、アレク。
荷車の転倒は二人を外におびき出すための罠だったのだろう。皇城への呼び出しが皇帝によるものであることを考えると、犯行自体を皇帝が命じた可能性も十分にある。
それを確かめるためにも、必要なのが“これ”だ。
コツコツと扉を叩く音と共に「お嬢様」と呼ぶ声がする――使用人の声だ。ライラはスカートを翻して踵を返し、開かれた扉から廊下へ出る。来客があるのは、わかっていた。
「ご用命に従い、参上いたしました」
応接室に足を踏み入れると、若い男が深々と頭を下げてくる。不思議と印象に残りづらい顔をした、その男。仮面舞踏会で伯爵未亡人から紹介された“死の商人”だ。
ライラは目を細め、顎を上げて男を見下ろす。
「聞いたところによると……おまえの商会、まだまだ小さいようね」
「お恥ずかしながら、その通りです」
「商会の拡大のために闇に紛れて危険な品物を扱うよりも、陽の下で貴族向けに高額な品物を扱う方がずっといいと思うのだけど……わたくしの考えは、間違っていないかしら?」
「おっしゃる通りでございます」
慇懃な商人は決して感情を漏らさない。ライラも扇を広げて口元を隠す。
「おまえの商会、今後はカイロス公爵家の御用達を名乗りなさい。わたくしの身の回りのものすべて、おまえを通して仕入れることを約束するわ。おまえが勧めるものを、このわたくしが率先して使うこともね」
「っ!」
ここではじめて商人は驚きを露わにしてライラを見た。その様子にライラは微笑む。
「その代わり、わたくしに忠誠を誓いなさい」
ライラの言葉に、商人は迷うように目を伏せた。それも当然だろう。皇室から密命を受け、伯爵未亡人ともコネがある商人だ。あえてライラにつかずとも、貴族との縁は繋がる。
「おまえが賢い選択をすることを、願っているわ」
ただし、カイロス公爵家の屋敷から無事に出ることができれば……の、話だが。
「……ご用命は、なんでしょうか」
承服の返事にライラは笑みを深めて、商人に向けて手を差し出す。商人は胸元のチーフを抜き取り、ライラが渡したものをうやうやしく受け止めた。鈍色の塊――犯行に使われた、銃の弾頭だ。
「これを持ち主にお返ししたくて。どなたのものか、調べてくださる?」
こんなものを送りつけてきたのだ、相手には十分に返礼をしなくてはならない。思わず手に力が入り、扇がミシッと音を立てる。息を飲んだ商人は「御意に」と大人しく頭を下げた。




