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15  皇室主催の大舞踏会


 カイロス公爵令嬢が襲撃された。


 その噂は当日中には王都を駆け巡り、それを裏付けるように公爵家の屋敷を近衛兵が取り囲んだ。ティーパーティでも、ダンスパーティでも、貴族は口々に「なぜ襲撃されたのか」を面白おかしくさえずっているのだろう。


「まったく、馬鹿馬鹿しい話ね」


 盆の上に山のように積まれた手紙を、ライラは見もせずに片づけさせた。断りの理由なんて説明せずとも「静養だろう」と勝手に解釈されるはずだ。今のライラには、都合がいい。


 まだ目覚めない騎士を見舞うアレクを横目に、ライラは着実に準備を進めていた。


 ライラたちを守るという名目で増員された近衛騎士が持ってきた、皇室が主催する“大舞踏会”の招待状。そこにアレクも連れてくるようにと、皇帝から直々の申し出があった。皇帝の真意はわからないが、招待を断ることはできない。


「そんな情けない調子で大舞踏会に参加できるのかしら?」

「行くよ……俺が、必要なんだろ?」


 ライラの挑発にも乗らず、アレクは静かに頷いた。どうやら覚悟は決まっているらしい。

 これで、必要なものはすべて揃った――あとは、大舞踏会の当日を待つばかりだ。




 皇室が主催する大舞踏会は、年にただ一度。


 その年の叙勲者・叙爵者と両陛下の昼餐会の後に、彼らの顔見せとして開催されるもっとも格式の高い舞踏会だ。そこには国内の主要貴族がすべて招待され、日頃はパーティなどに顔を見せないお歴々も姿を表わす。


 エントランスホールから漂う張り詰めた空気に、ライラはアレクを見下ろした。


「さすがのおまえも、緊張しているのではなくて?」

「誰のことも知らないんだから、緊張もできないっての」

「ふふ……まさに怖いもの知らず、と言ったところね」


 ライラが隠しもせず笑うと、アレクは不機嫌そうに口を曲げる。しかし後ろで見守っている公爵の咳ばらいで居住まいを正し――そして、ライラの目の前に手を差し出した。


「私に、エスコートをさせていただけますか……レディ?」


 アレクの振る舞いに満足したライラは微笑み、「よろしくてよ」と手を重ねた。


 ライラたちが会場に足を踏み入れた瞬間、すべての音が消えたような感覚がした。それはほんの一瞬のことだったが、間違いなく周囲の注目がライラたちに集まっている。


 襲われたはずがいつも通り麗しいライラ、それをエスコートする“噂の”少年、そして少年の後ろに控えたカイロス公爵……これで注目を集めない方が、無理というものだろう。


(役者は――皆、揃っているようね)


 アレクへ向けられた視線を辿れば、こちらをじっと見ている皇帝が。そして、その隣には皇后。少し手前に目をやれば、準男爵となった商人がライラの視線に気づいて目礼をした。


 最後の一人――壁際で目立たないように縮こまっている姿を見つけて、ライラは迷いなく足を運ぶ。相手は向かってくるライラに気づき、背筋を伸ばす……が、その目に怯えが走ったのをライラは見逃さなかった。


「……お越しにならないかと、思いましたわ」


 先日も聞いた言葉に思わず笑ってしまい、ライラは扇を開いて口元を隠す。


「侯爵令嬢こそ、よくお越しになれましたわね?」


 ライラの言葉に、侯爵令嬢は目を伏せる。影の実力者である伯爵未亡人の仮面舞踏会を荒らしたのだから、どこへ行っても笑いものだろう。よく社交の場に出て来られたものだと感心する……こんなにも愚かで、厚顔無恥なことに。


「でも、よかったわ。侯爵令嬢には、お会いしたかったの」

「わたくし、に?」

「ええ……わたくし、返礼は決して怠らないものだから」


 低く抑えた声で言いながら、侯爵令嬢を睨め付ける。もはやライラと目を合わせることもできないのか、顔を伏せた侯爵令嬢は握った手をブルブルと震わせている。


「わたくし、なんのことか……」

「あら、覚えていらっしゃらないの? 陛下の騎士を一人、殺したというのに」

「こ、殺してなんて……!」


 自身の失言に気づいたのだろう、再び顔を上げた侯爵令嬢は蒼白になっていた。それでも認めるわけにはいかないのか、ありったけの力を振り絞って叫び声を上げる。


「な、なにを根拠に、そんなことを!」


 その情けない声が、こちらを注視する者の耳に届いていることも気づかずに。


「これは、なんの騒ぎだ」


 その低い声を聞いて振り返ると、人の波が二つに割れるところだった。

 高座から降りて向かってくるのは、この帝国を支配するその人。皆がたちまち頭を下げる中、ライラは微笑んで「偉大なる皇帝陛下」と眼前に自ら立った。


「わたくし、先日の事件について進言がございますの」


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