16 どうぞお元気で
「わたくし、先日の事件について進言がございますの」
その“事件”とはなんなのか――説明がなくとも、この場にいる者は皆知っている。不気味に静まり返った会場すべてが、皇帝とライラのやり取りに注目していた。それを悟ってか、皇帝は眉をしかめる。
「その進言は、カイロス公爵家として責任を持てるものか?」
こんな公の場で口にしては、高貴なるライラと言えど撤回はできない。それでも公爵家として構わないのか、と皇帝は問うているのだ。公爵は心得ているとばかりに歩み出る。
「我が娘の言葉は、私のものと同等とお考え下さい」
カイロス公爵が自身の立場を賭けると表明しては、皇帝も無視はできない。それでも悩むように押し黙った皇帝に、ライラはもう一手――隠していたカードを切ることにする。
「わたくし、自身が狙われていると思うと恐ろしくて……誰による犯行なのか、信頼のおける者に調べさせましたの」
ライラの言葉を受けて、人波から商人が歩み出てくる。
まさに今日、皇帝が叙爵したばかりの人間だ。それを信頼しないとすれば、皇帝自身の権威が失墜する。商人が深く頭を下げるのを見て、皇帝はため息を吐くように言った。
「……奏上を許そう」
ライラは微笑み、商人を近くに呼び寄せる。そしてうやうやしく差し出されたチーフの上にある鈍色の塊を摘まんだ。シャンデリアの明かりで鈍く光るそれは、銃の弾頭。
「犯行に使われた銃は、国内でつくられたものだそうですわ」
会場に抑えたざわめきが広がる。
帝国では銃火器が皇室によって管理されている。つまり、国内の銃が犯行に使われたなら皇室は犯人を把握できるはず――そう考えた貴族たちの視線が皇帝に向かうが、その人は険しい顔をして「続けろ」と言った。
ライラは弾頭をチーフに戻し、商人に「説明を」と声をかける。商人はすかさず頷く。
「帝国の正規品とは異なり、線条痕が隣国のものに似通っています。恐らく密輸入したものを元にした金型でしょう。そして弾の素材が、国内の鉱山で採掘される成分と一致しています」
この話が意味するのは……武器の密造。
話を噛み締めるように瞼を閉じた皇帝は、意を決したようにライラに目を向けた。
「その鉱山の、名は?」
ライラは機嫌よく笑い返して、侯爵令嬢に扇を差し向ける。
「こちらの侯爵令嬢の生家にございます、ホロス・オロス鉱山ですわ。そして侯爵領は隣国とも接している……あら? 偶然にしては出来過ぎていますわね」
人波から慌てて出てきた令嬢の父――今まさに話題の侯爵が、蒼白な顔で口を開こうとする。どうせ醜い弁明だろう。一睨みで黙らせて、ライラは令嬢の周りをゆっくりと歩く。
「領地で秘密裏に武器を製造して、皇族に連なる者の暗殺を試みたとしたら……」
ライラは足を止めて、凍り付いた侯爵令嬢の顔を覗き込む。
「これって……叛乱と、言えないかしら?」
侯爵が「ま、まさか!」と声を上げようとしたのを、皇帝が手で制する。
「侯爵家には、話を聞かせてもらおうか」
皇帝の言葉を受けて、近衛兵たちが姿を現す。
迫ってくる兵士に怯えた侯爵令嬢は、一歩……二歩、と後ずさった。
「だ、だって……わたくし、知らなかったの……」
助けを求めるように、侯爵令嬢の視線が彷徨う。その視線は蒼白を通り越して土気色をした彼女の父を捉え……次に、皇帝の後ろに控えている皇后に向かった。皇后は興味なさそうに視線を逸らし――ライラを見て、にこりと笑った。
(ほんっとうに、いい性格しているわね)
苛立ちにピクピクと震える口元を、ライラは扇の裏に隠す。無視された侯爵令嬢は「そんな……」と小さく呟いた。抵抗する気を失くした様子の彼女を、近衛兵が捕らえる。そこでライラは「お待ちになって」と声をかけた。
「侯爵令嬢にご挨拶をさせてくださらない?」
問われた近衛兵が判断に迷っていると、皇帝が「いいだろう」と頷く。侯爵令嬢が「一体、どういうつもりで……」と顔を引きつらせるのを見て、ライラは微笑みながら膝を折った。
「これで最期になるでしょうけれど、どうぞお元気で」
滅多に見せないライラの優雅なカーテシーに、周囲から感嘆のため息が聞こえる。そして呆然としたまま連れていかれる侯爵令嬢の耳元に、すれ違いざまに低くささやく。
「わたくしに歯向かうから、こうなるのよ」
侯爵令嬢の身体が、小さく震えた。
視界の端で同じく震えたアレクに目を向けると、あからさまに「うわぁ……」と顔を歪めている。勝手に盗み聞きした上に、表情管理までなっていない。ライラはいつもの癖で、アレクの頭をパシッと扇で叩いた。
そんなアレクの頭を庇うように、大きな手が覆う。
手を差し伸べているのは、皇帝その人だった。アレクが目を見開いて見上げると、それを見下ろした皇帝は小さく笑う。そして愛おしむように、撫でるように手を前後に動かした。
「思いがけず騒ぎがあったが……この機会に、皆に知らしめたい慶事がある」
皇帝の一言で、場の空気が変わる。物々しい雰囲気が一掃され、浮ついたささやきがそこかしこで聞こえる。期待に満ちた目が皇帝……そして、その隣に立つアレクに集まった。
「長らく行方が知れなかった我が血族を、カイロス公爵家が見つけてくれた」
それが誰であるのか、皇帝とアレクを見れば一目瞭然。あまりによく似た二人に血の繋がりがあることを、疑う方が難しい。数の少ない皇族が増えることは、国の慶事に違いない。
巻き起こった歓声と拍手が収まるのを待って、皇帝は続けた。
「この者に銃口を向けることは、皇帝にそうするのと同じと心得よ」
その鋭い目つきと低い声に、ピリッと緊張が走る。
その一言で、皇帝の静かな怒りを誰もが悟った。皇族に連なるカイロス公爵家に喧嘩を売るだけでは飽き足らず、皇帝が庇護を表明した少年を危険に晒した侯爵家に、未来はない。
高座へ戻っていく皇帝の背中を見ながら、ライラは微笑んで扇をパチンと閉じる。
そのそばに立ちすくんだアレクは、ぼんやりと撫でられた頭を擦っていた。




