17 まだはじまったばかり
手のひらの上で、鈍い光を放つ金属が転がる。
それをじっと眺めているライラに、アレクは首を傾げた。
「それ、近衛に渡したんじゃなかったのか?」
「弾頭は一つではなかったのよ」
ライラの足元を狙った一発目、騎士が剣で弾いた二発目……そして、低い音を響かせて騎士の剣をへし折り、命を奪おうとした三発目。近衛に渡したのは、このうち一・二発目だ。
「これは……そう、切り札ね」
微笑んだライラの言う意味がわからないのか、アレクは眉をしかめる。さらに質問を重ねようと口を開いた――その瞬間、トントンッと力強い音で扉が叩かれた。
「失礼する」
その言葉と共に入ってきたのは、長らく眠っていた件の騎士だ。つい一昨日に目が覚めて、しばらく寝台にいたとは思えないほどの元気さで動き回っている。
「ピスさん、おかえり」
「陛下と話してきたのでしょう? 向こうの状況は?」
アレクの挨拶とライラの追及、それぞれ目を向けてから騎士は話し出す。
「侯爵は密造について認めているが、捕らえられた令嬢はそれを知らなかったと主張しているらしい。犯行はあくまで脅かしのつもりで、殺すつもりはなかった……とのことだ」
「あら、そう……愚かな女ね」
侯爵令嬢の行く末を思って冷たくなった空気の中で、騎士がコホンと咳ばらいをする。
「そして、だな……陛下より、今回の顛末を詳細に教えていただいた」
「まあ、そうなの」
「少年が陛下の弟君に当たることも、奇跡の力で私を救ってくれたことも」
「いや……別にそんなんじゃないよ」
アレクは困ったように眉尻を下げて首を振った。しかし騎士がアレクを見つめる目には、今までにない熱いもの――危うささえ感じさせる、メラメラとした情熱が宿っている。
「少年……いや、アレク様」
「様っ!?」
「救っていただいた我が命、どうか貴殿に捧げさせて欲しい」
そう叫びながら剣を抜き、騎士はアレクの目の前に跪く。美しい、騎士の礼だ。
「あらまあ、よかったじゃない」
「よくねえよ! 俺のおかげじゃ、ないし」
アレクはそう言って、情けない顔でライラを横目で見る。命じられて力を使ったことを気にしているのだろうか。くだらないことで悩むアレクに呆れて、ライラは肩をすくめた。
「忠犬の一匹や二匹、皇帝を目指すなら必要よ」
「ピスさんは犬じゃねえだろうが!」
「どうぞ犬でも、ピスでも、お好きにお呼びください」
「あー、もう! いらないって言ってんだろーがー!」
アレクは頭をかきむしり、廊下へと飛び出す。すかさず立ち上がった騎士が「お待ちください、アレク様!」と追いかけていく。それに「様って言うな!」と叫び返す声が続いて響いた。
一人残されたライラは手の上にある鈍色に、もう一度目を向けた。
(……知らなかった、ね)
本当に侯爵令嬢は知らなかったのだろうか。
自身の父が隣国に対抗するために武器を研究していたことも、その武器に遠くから騎士を狙うほどの精度がないことも、自身の犯行がカムフラージュに使われたことも。それとも、隠すことで“あの女”への忠誠を示しているのだろうか。
大舞踏会でライラを見て、にこりと笑った皇后の顔を思い出す。
三発目の弾頭は、侯爵領で密造されたものではない。皇室が海の向こうから仕入れさせた最新の銃のものだ。この銃を皇室以外が所持している可能性はないことを、“死の商人”がその命に懸けて請け負っている。
アレクを擁立しようとする皇帝の動きは、表向きの芝居でしかないのか。あるいは皇帝の意思とは別に、あの女――皇后が裏ですべての糸を引いているのか。
「どうやら……わたくしの復讐はまだ、はじまったばかりのようね」
手にした弾頭を握りしめたライラは、血濡れたように赤い唇を笑みの形に歪めた。
第一章、完。
明日、幕間を更新予定です。




