6 こちらから仕掛けるわよ
社交シーズンの幕開けを告げるのは、皇城大庭園の開放だ。
その庭園でティーパーティを開催できるかどうかは、貴婦人の権威そのもの。特にシーズン最初は“もっとも高貴な貴婦人”が主催するのが通例で、その席は当然ライラのものだった。
しかし今年、その栄誉は――皇后に与えられた。
「……へえ、そう」
ライラは手元の招待状に視線を落とし……次の瞬間、躊躇なく引き裂いた。
「このわたくしを招待するなんて、いい度胸じゃない」
投げ捨てた紙片をアレクが拾い上げ、控えていた使用人に渡す。本来はズタズタになるまで踏みつけたいところだったので、勝手なことをしたアレクを睨んで苛立ちを紛らわす。
「こんな手紙を寄越して、貴婦人の頂点にでも立ったつもりかしら」
「んなこと言って、どうせ呼ばれなくても怒るんだろ」
「当然でしょう。わたくしを無視するなんて、ありえないもの」
予想通りの答えだったのか肩をすくめるアレクが気に食わず、その額を扇で叩く。
思いのほかいい音が鳴り、痛そうに額をさすったアレクが「で、」と切り出す。
「結局、行くのか?」
「行くわよ――皇城の大庭園に」
「ティーパーティ、出席するのか?」
「するわけないでしょう、あの女の茶番なんて」
ハッと短い嘲りの笑い声を上げ、ライラは扇をアレクに差し向ける。
「さあ、用意なさい。こちらから仕掛けるわよ」
大庭園はいくつかの区画に分かれている。
ティーパーティが開催される花の庭園、大きな池の周りに東屋が点在する水の庭園。そして今、ライラたちがいる本格的な散策が楽しめる森の庭園だ。
「例年だとこの時間帯に、皇帝は森の庭園をうろついているわ」
凡庸な令嬢であれば泣き言を上げそうな距離を、ライラは臆せず突き進む。その横を歩いていたアレクは、変なことでも聞いたように眉を寄せた。
「なんでそんなこと知ってんだよ?」
「獲物の行動くらい、把握しておくのは当然のことよ」
アプローチするなら、会う回数を増やすのは鉄則。しかし無様に男を追いかけるなど、ライラには許されない。相手を調べ尽くし、偶然を装って遭遇する――それこそが、高貴なる戦略だ。
「それ、ストーカーって言うんだぞ」
皇城に来ても止まらぬアレクの減らず口が、なんとも小憎たらしい。教育的指導として扇で打ち据えてやろうか、そう思った瞬間。前方から感じた気配に、ライラは素早く居住まいを正した。
「その憎たらしい口を閉じていなさい……お出ましよ」
低木に囲まれた小路の向こう側から、ゆったりと一人の男が歩み出てくる。
その赤い目に見つめられたライラの胸がわずかに痛んだが、瞬きする間に持ち直して優美な微笑みを浮かべた。
「ご無沙汰しておりますわ、皇帝陛下」
挨拶はしても、頭は下げない。ライラはそれを許される存在であり、この男に唯一並びたてるはずの令嬢だった。皇帝もそれを承知しているので、ライラの態度を咎めはしない。
「久しいな、ライラ。まさかこんなところで再会するとは」
「うふふ、これも運命の思し召しかもしれませんわね」
その運命さえも、ライラの手の内――この出会いは、皇帝の運命を大きく変える。
「……そちらの、少年は?」
皇帝の目線が下がり、ぴたりと止まった。アレクは皇帝の視線にも動じず、同じ色の目をまっすぐに見つめ返している。その堂々たる態度に満足して、ライラは笑みを深める。
「さる高貴なお方と、この城の召使いの間に生まれた子供ですの。縁あって我が領で保護しましたので、あるべき“正しき居場所”までお連れした次第ですわ」
ライラの言葉に、皇帝は息を飲んだようだった。
当然だろう、ライラが「高貴」と認める人間が皇族以外のはずがない。
「あちらの庭園で、話を聞かせてくれ」
歩き出す皇帝の背中を見ながら、ライラは三日月のように口の端をつり上げて笑った。




