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5  信じてきた言葉


「はあ? 服なんて、もう山ほどあんだろ」

「なに寝ぼけたことを言っているの。クローゼットひとつ分では社交シーズンを乗り切れなくてよ。そうね、お披露目のために流行を取り入れたものをいくつか作っておきたいわ」


 言いながらテーラーに目を向けると、心得たとばかりにすかさず礼をする。さすが帝都で一番人気のテーラーだけあって察しがいい。ライラは満足して薄く微笑み、スカートをさばいて踵を返す。


「では、任せたわよ」


 背中に向かって「おい、置いてくなよ!」とわめくアレクを置き去りに、ライラは公爵家の屋敷(タウンハウス)を出て颯爽と馬車に乗った。行先は、帝都にある大神殿だ。


 敷地内の庭園を通って門を抜けると、小さな屋敷が道沿いに続いている。些末な貴族たちが見栄を張っている展示場だ。見慣れたつまらない景色だが、久しぶりなので暇つぶしにはちょうどいい。


 しばらくすると街並みが途切れて、唐突に森林が現れる。その緑を抜けた先に、白亜の大神殿が鎮座している。皇族を神と祀り上げるためにつくられた、帝国の欺瞞の象徴だ。


「カイロス公爵家令嬢、ライラ様。お待ちしておりました」


 先触れを出しておいたので、門番がライラが馬車を降りた途端に声を上げる。それに目もくれず門をくぐり、勝手知ったるとばかりに通路を進む。

 庶民にも解放される前庭と礼拝堂を横目に、迷いなく奥の扉まで突き進む。ライラの姿を認めた神官が深々と頭を下げ、二人がかりで大きな扉を開いた。その先が、皇族の墓地だ。


 ここはいつでも白い花が咲き乱れている。まるで、時が止まったかのように。


「ご無沙汰しておりますわ、お母様」 


 花畑に転々と置かれている墓標の一つに近づいて、ライラは声をかけた。そして胸の前で手を組んで「でも、このわたくしに謹慎なんて言い渡した陛下のせいなのです。まったく腹立たしいですわよね」と呪いにも似た祈りを込める。


 ライラの母は先々代の皇帝の遅くに生まれた末娘で、カイロス公爵家に降嫁した。とはいえ皇帝の直系だったので、皇族の一人として神殿に亡骸が納められている。


「……懐かしいわ。はじめて陛下にお会いしたのも、ここでしたもの」


 白い花の中にうずくまって、幼き日のライラは涙を堪えていた。


 幼くして母と死に別れた後、喪失感で胸が苦しくなる時があったのだ。しかしライラは当時から誇り高き令嬢だったので、使用人はおろか父の前でさえ涙を見せなかった。

 どうしようもなく耐えがたくなった時は、ここに来ればいい。この花畑には特別な人間しか入れないことを、その時からライラはすでに知っていた。


『……泣いてるのか?』


 だから、その声がした時は驚いて飛び上がってしまった。


 思い出すのも憚られるほどの失態だが、声の主は気にする様子もなく歩み寄ってきた。

 顔を上げれば、艶やかな黒髪をなびかせた少年がそこにはいた。その赤く美しい宝石のような目が、ライラを驚いたような目で見つめていた。


 それから彼は、しばらくライラと一緒に過ごした。


 どのくらいの日数だったか詳細には覚えていないが、忙しそうな父や入れ替わりの激しい使用人たちと違ってライラにじっと寄り添ってくれた。ライラの言葉に苦笑いしつつも、優しく受け止めてくれた。


『ずっと、わたくしといっしょにいて』


 そう告げたのは、別れの直前だったと思う。縋りつくなんて愚かなことだとわかっていた。しかし日ごろの気高さを忘れてしまうくらい、彼と過ごした時間はライラにとって特別なものだった。


 彼はライラの手を取って、騎士が姫にするように唇を落とした。

 

『君が大きくなった時、同じ想いだったら……な』


 彼と会えなくなった後も、その言葉はライラの頭の中から消えなかった。いつ彼と再会してもいいように、早く大きくなれるように、完璧なる令嬢を目指して日々邁進していた。


 その過程で、あの花畑に入れるのは皇族に連なる者だけだと知った。


 条件に当てはまる少年は、一人だけ。気づいた時にはみっともなく胸が高鳴った。その数年後、ようやく皇太子――現皇帝への拝謁がかない、黒い髪と赤い目を持つ彼に出会ったのだ。


 思い返せば、三文芝居のように陳腐な話だ。


 ずっと信じてきた言葉は、守られなかった。ライラは幼子だと馬鹿にされ、軽く扱われていたのである。そのようにライラを扱うなど、何人たりとも許されない。愚かなる皇帝を、ライラは憎んでもいい。


 おのれの愚かな恋心は、この墓地に母の亡骸と共に埋葬しよう。


 そう心に決めたライラは、スカートを翻して踵を返す。

 明るい花畑を背にした顔は暗く陰り、目は爛々と光り、口元は深い笑みをたたえていた。


「さあ、復讐をはじめるわよ」


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