33 さっきの返事は?
「おかえり、ライラ」
目を閉じたと思ったら、次の瞬間――目の前に跪いたアレクがいた。
状況が理解できずに何度か瞬きをした後に、手を握られていることに気がつく。その手を「なにしているのよ」と払いのけると、立ち上がったアレクが苦笑いをした。
「さっきまであんなにかわいかったのになあ」
「なに寝ぼけたことを言っているの」
おかしなことを言い出すアレクを鼻で笑い、ライラは腕組みをする。
「わたくし、過去へ行ってきたわよ。そこでおまえの母親に会ったわ」
「そっか……どこにでもいる、普通のおばさんだっただろ?」
「なにが『どこにでもいる』よ、しっかり元貴族じゃない」
「え!? 知らなかった……」
息子にさえ自分の出自を明かさず、皇后との誓いを守って皇族から距離を取り続けたアイリス。穏やかなように見えて強情な彼女は、やはり死ぬまで公爵家を頼らなかったらしい。
(未来は、変えられるものではないのね)
もしかするとライラの介入がなくても、アイリスは屋敷から逃げおおせたのかもしれない。そしてアレクは誰にも知られずに生まれていた――だとしたら、出会ったはずのライラとアイリスを確かに繋ぐものは一つしかない。
「……あの、指輪は?」
「ああ、これな」
ポケットから指輪を取り出したアレクに、ライラは素早く一歩後ずさった。
「わたくしに近づけないでよ! また過去に飛ばされたらどうするの」
アレクは「指輪のこと聞いたのは自分だろ」と文句を言い、すぐポケットに戻す。
「陛下に聞いたら、皇族の力を強める指輪なんだってさ」
「陛下……? おまえ、一人で皇帝に会いに行ったの?」
「入れ替わりなんて目の前で起こったら原因調べないと、だろ。皇家の紋章が入ってるものなら、陛下が詳しいかと思って……ライラが無事に戻るのか、確認したかったからさ」
なるほど、なかなか悪くない判断だ。アレクの主体性がある行動に感心して、ライラは鷹揚に頷く。しかし一つだけ引っ掛かる言葉があって、ピクリと片眉を上げた。
「……入れ替わり?」
「ライラと入れ替わって、小さい頃のライラがこっちに来てたんだ」
一瞬、思考が止まる。理解が追いつかず、思わず問い返す。
「なんですって?」
「だから、三歳くらいのライラがここにいたんだよ。つい、さっきまで」
アレクが「ここ」と言いながら地面を指さすのを、ぼんやりと見る。それで、さっき跪いていたのか。そんなどうでもいいことを考えながら、脳裏では記憶が走馬灯のように駆け巡る。
かなり幼い様子だった皇子、同時期に出会ったはずの少年。
あれから数年後に皇太子に出会った時、記憶の中の少年とほぼ同じ見た目だった。よく考えれば、数年の間に成長しているはずなのにおかしい――つまり、二人は別人だったということだ。
『君が大きくなった時、同じ想いだったら……な』
跪いてライラにそう言った少年は、ちょうどこんな見た目じゃなかったか。
赤い宝石のように美しい目をして、艶やかな黒髪を軽く流し、貴公子然とした服装に身を包んだ――目の前のアレクを見て気づいたライラは、目を見開いたまま言葉を失った。
そんなライラを見て小さく笑ったアレクは、いたずらっぽい目をして言う。
「それで、さっきの返事は?」
アレクは「どうせ覚えていないだろうけど」とつけ足したが……一度たりとも忘れたことなんてない。至上の令嬢を目指す上でいつも支えだった、ずっと信じてきた言葉だ。
頬がみるみる熱くなっていくのを感じて、ライラは慌ててアレクに背を向ける。
「……ライラ? どうしたんだ?」
こちらの気持ちなんて知りもしない、アレクの間抜けな声に腹が立つ。信じた言葉が踏みにじられた訳ではなかったのを喜ぶ、愚かな自分にも。こんな顔、誰にも見せられない。
ライラは背を向けたまま、震えそうになる声を誤魔化すために思い切り叫んだ。
「おまえがもっと大きくなった時、考えてやるわ!」
二章はここまでになります。
明日、幕間を一話投稿する予定です。




