表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/36

幕間 ライラとアイリス


 屋敷からの脱出の準備を整え、朝までの時間を持て余していた時のこと。ライラはふと思い出して、しまい込んでいた指輪を取り出して手に乗せる。


「おまえ、この指輪に心当たりは?」


 ライラが差し出した指輪をアイリスはじっくりと観察した後、首を横に振った。


「いえ、存じ上げませんね」

「そう……おかしいわね」


 これはアイリスの遺品だったはずなのに、本人が知らないとは。一体どこから出てきたものなのだろう……そう思って指輪を見つめたライラの脳裏に、ふと同じようなものを見た記憶が浮かんでくる。


『わたくしが死んだら、これはライラに……』


 風に舞う銀髪と、細くて白い指。穏やかな日差しを受けて赤い目が、キラキラと輝いていた。その指にはまっている、虹色に輝く銀の指輪。母が亡くなってから輝きを失くしたそれを、幼い頃に手に取った時があった――ような気がする。


「まさか、これはお母様の……?」


 思わず呟いたライラの声を聞きつけたのか、アイリスが首を傾げた。


「ライラ様のお母様は、どんな方なんですか?」


 唐突な問いに、ライラは答えに詰まる。


「……幼い頃に亡くなられたから、あまり覚えていないわ」


 さきほど思い出したおぼろげな記憶が、実際にあったことなのかもわからない。自身の髪色が母譲りであることと、皇族の血族として受け継いだ赤い目をしていたことは、遺された肖像画で知っている。


 母――アリシアは、一体どんな人物だったのだろうか。


「お辛いことを思い出させてしまいましたか?」


 その声に目を向ければ、アイリスが眉尻を下げてライラを見ている。まさか同情でもされているのだろうか。そんなことはライラの矜持が許さないので、腰に手を当て胸を張る。


「わたくしは完全無欠よ? 身内の不幸さえ、わたくしを損なわないわ」

「……そうですね。ライラ様は、本当にお強いです」


 眉尻を下げたまま、アイリスが微笑む。この女と話していると、どうにも調子が狂う。心の中を見透かされているような奇妙な気持ち……そういえば、最初からそうだった。


「おまえ、なぜわたくしが未来から来たことに疑いを持たなかったの?」


 疑われたら大いに憤慨していた自信はあるが、疑問を持たれてもしかたがない状況であったはずだ。しかしアイリスはまるで心を見透かしたかのように、ライラのことを信じた。


 なにかよからぬ力でも持っているのでは……と半目になるライラに、アイリスは笑う。


「簡単ですよ。ライラ様が『息子の名前はアレクだ』とおっしゃったからです」


 アイリスは少女のような表情で「女の子ならフィリア、男の子ならアレクにしようと昔から決めていたので」と手を合わせる。なんだ、馬鹿馬鹿しい……ライラはまたも拍子抜けしてふうとため息を吐いた。


「そんなことで他人を信じるなんて、おまえは本当に愚かね」

「そう言って、信じなかったらお怒りになるんでしょう?」

「当然じゃない。わたくしを疑うなんてあり得ないわ」


 自信満々に言い放つライラに、アイリスは「やっぱり」と楽しそうに手を叩く。またも見透かされたような気持ちになり、眉を寄せたライラは「おまえ、生意気よ」とアイリスを睨みつけた。





「おまえ、本当に生意気よ」


 話しかけても返事はない――相手は墓石なのだから、それも当然だ。


 今度こそ家の荷物を整理するというアレクについて町にきたのは、文句を言うためだった。ライラの言いつけを破ったのだから、叱りつけてやらなくてはならない。アイリスはそれでも微笑んでいそうだが……。


「勝手に死んだら許さないって、言ったじゃない」


 微笑むばかりの女は、やはり嫌いだ。皇后の座をかすめ取った、狡猾な女がそうだったから。アイリスも同じだ。穏やかに微笑んでおきながら、とんでもなく強情で言うことを聞かない。


 嫌いなはずなのに……アイリスの最後の微笑みが、まだ記憶から消えてくれない。


 ライラの記憶に残るだなんて、そうできることではない。無害そうなふりをしておきながら、なんて不遜な女だろうか。フンと鼻を鳴らして踵を返すと、ちょうど男が一人歩いてくるところだった。


「おや? お嬢さん、アレクは一緒じゃないのかい」


 アレクが「ヒポさん」と呼んでいた男だ。こうして見てみると、その間抜け面に残る面影には見覚えがある。ライラが過去で雇っていた、あのギャーギャーとうるさい御者の男だ。


 御者はライラの言葉通りアイリスを送り届け、ずっと見守ってきたのだろう。


「大儀だったわね」


 すれ違いざまにライラが声をかけると、男は「……へ?」と間抜けな声を上げた。


ここまで読んでくださって、ありがとうございました。


4月中には3章の学院編をはじめる予定です。

ブックマークをしてお待ちいただけたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ