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32  ダンスパーティ


「ライラがそう望んだなら、叶えようじゃないか」


 おじさん扱いされて落ち込んでいた公爵が、いいところを見せようと張り切った結果――遊びだったはずのそれは、本格的な催しに変貌を遂げていた。


(いや、これは張り切り過ぎだろ……)


 屋敷中が磨き上げられてピカピカと輝き、テラスから見下ろす庭では木々に淡い布が結ばれている。すでに準備が進んでいるエントランスホールからは、楽団が奏でる優雅な音色まで流れてくる。


 そんな周囲のドタバタなど歯牙にもかけず、主役となる少女はくるりと回った。


「ねえねえ、どう?」


 ライラの動きに合わせて淡い桃色のドレスがふわりと広がる。結われた髪には生花が散りばめられていて、公爵でなくても「まるで春の妖精だ」と言いたくなる愛らしさだ。


「うん、かわいいよ」

「……そう」


 アレクが褒めるとツンと顔を背けたが、その頬は淡く色づいている。嬉しいのを隠しているのだろう。そのあまりにいじらしい態度を見て、アレクは耐えきれず笑みをこぼした。


「エスコートさせてあげても、いいけど?」


 チラと上目づかいで見てくるライラに、アレクはうやうやしく手を差し出す。


「それは光栄です……お手をどうぞ、レディ」


 教科書通りにアレクが声をかけると、ライラは満面の笑みで小さな手を預けた。





「ファーストダンスは父親であるべきだろう」


 そう主張する公爵にエスコートを譲って、アレクはホールの壁に寄りかかる。楽曲がかかるが、当然ながら三歳児にダンスなんてできるはずもない。公爵が小さな身体を持ち上げてくるくる回ると、ライラはキャッキャッと楽しげな声を上げた。


「つぎは、おまえ!」

「うっ、私もなのか……?」


 アレクの隣に控えていたピスティスが指名されて、ホールに引っ張り出される。馬にされていたためか恐々した様子だったが、持ち前の身体能力で危なげなくライラをぶん回して大喜びさせている。


 散々はしゃいでから戻ってきたライラは、今度はアレクの手を引く。


「おまえもよ!」

「はいはい、ただいま」


 相手は三歳児とは言え、成長途中のアレクにはまだまだ重たい。身体を寄せて「よいしょ」と抱き上げると、ライラは頬を赤く染めた。そしてアレクの耳元で小さくささやく。


「わたくしとおどれて、うれしい?」

「ええ、勿論ですとも」

「そう……おまえもわるくないわよ?」


 その言葉を聞いて、思わず笑みがこぼれた。ライラがたまに言う「悪くない」は彼女なりの誉め言葉なのだと、アレクは知っている。それが、こんな幼い頃から変わらないなんて。


 アレクの笑顔をぼうっと見つめていたライラは、なにか決心したように頷く。


「もう、おどるのはおしまいにする」


 その一言で音楽が鳴り止み、アレクはホールの床にライラを降ろした。しかしライラはアレクの手を離さず、グイグイと引っ張っていく。されるがままに連れ出され、庭に出る。


「なあ、どこまで行くんだ?」

「あっち!」


 夕暮れの庭にはランタンが灯され、幻想的な雰囲気がかもし出されている。


 ライラは中央の噴水までアレクを引っ張っていき、ようやく手を離した。そして周囲に人がいないのを確かめるようにキョロキョロした後で、真剣な表情でアレクを見上げた。


「……わたくしね、ほんとうはとってもさびしいの」


 突然の告白にアレクは息を飲んだ。寂しいなんて言葉をライラから聞くとは、思わなかった。答えないアレクにライラは目を伏せて、もじもじと自分の指をいじりながら続ける。


「おかあさまはいなくて、おとうさまはかなしそうなのに、わたくしはなにもできない……だれかにそばにいてほしいのに、わたくしがコウキだからみーんなちかよれないの」


 皇族の母を持つ、公爵家の一人娘。あまりに高貴な身分はライラを孤立させてきたのだろう。その上、母はすでに亡くしていて、父は亡き母以外が目に入らない。そんな幼少期は、どれだけ心細かっただろうか。


 幼さに似合わない切なげなライラの表情に、アレクの胸が痛む。


「おまえといるとね、なんだかここがあたたかくなるの」


 そう言ったライラは、その小さな手でトントンと胸を叩いた。

 そして、ふうと深呼吸をしてからまっすぐにアレクを見る。


「だから、わたくしといっしょにいて」


 涙で潤んだ目に、切実な掠れ声。幼いライラが一体どれほどの覚悟で、この言葉を口にしたのか。誇り高い未来のライラを知っているからこそ、アレクにはよくわかった。このいじらしい少女と一緒にいて、そばで支えてやりたいとも思う。


(けど、一緒にはいてやれない……)


 入れ替わりで未来に来た幼いライラは、もうすぐ過去へ帰ってしまう。この子が寂しさを拗らせて権威に執着した挙句、皇后になれなくて復讐を目論むようになる未来は必ず来る。


 それでも――せめて、この子を支えるあたたかい思い出を一つでもあげたい。


 アレクはかつて自分の騎士にそうされたように、地面に跪く。そしてライラの小さな手を取り、その手にそっと触れるだけの口づけを落とした。


「君が大きくなった時、同じ想いだったら……な」


 アレクの言葉を聞いたライラは、頬を赤く染めて頷いた。


 その姿をじっと見つめていたはずなのに、視界がぶれるようにぼやける。そして落ちてきた影を見上げると、アレクよりも大きな――いつもの見慣れたライラが目を瞬かせていた。


 繋いだまま変わらない手の体温を感じながら、アレクは笑いかけた。


「おかえり、ライラ」


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