27 アレクの母親
「つまり端的に言うと……カイロス公爵家のご令嬢であるライラ様は、十数年後の未来からお越しになった。そして未来でわたしの息子を庇護してくださっている――と、言うことでしょうか?」
女の要約に満足したライラは「そうよ」と鷹揚に頷いた。
なかなかどうして理解が早い。皇族に伝わる“時を操る力”など、複雑な説明もあったというのに。なにより「未来から来たなんて!」などという疑いをかけてこないのがいい。
「それで、おまえは?」
鋭いライラの問いに女は「申し遅れました」と礼をして答える。
「わたしはアイリスと申します。家名は……数年前に失くしました」
「つまり、元は貴族ということね。それがどういう経緯でここに?」
「外交官だった父が間違いを犯して、貴族の位を追われ……わたしは温情で皇城での職をいただき、洗濯係をしておりました」
そこで女――アイリスは言葉を切り、ライラの首から下に視線をやる。
「そちらのお仕着せ、洗濯室からお持ちになったのではありませんか? 皇子殿下はお忍びでよく顔を出されていて……それがきっかけで、皇帝陛下に」
まるで苦痛に耐えるように、アイリスの形のいい眉が歪む。
その先は言われずともわかる。皇子に目をかけられたのをきっかけに、皇帝に出会ってしまったのだろう。そして気に入られ、断れるはずもなく、手籠めにされてしまった。
「皇后陛下のお怒りに触れぬようにと、こちらのお屋敷に移されました。それ以後はここを出ることも、外と連絡を取ることも叶わず……一人で暮らしております」
聞いているうちに、ライラは眉間にしわが寄っていくのを感じた。
皇帝ともあろう者が愛する女を幸せにできず、悋気に怯えてこそこそするとは……なんとも不甲斐ない。皇帝だから許されるとしても、ライラの高潔なる精神はそれを許さない。
険しくなっていくライラの表情を見て、アイリスは力なく笑った。
「こんな話を聞かせてしまい、申し訳ありません」
「……おまえ、本当にアレクの母親なのかしらね」
あくまで控えめなアイリスの態度に、誰にでも堂々と物を言うアレクの片鱗はない。不思議そうに首を傾げたライラを見て、アイリスは表情を緩める。
「わたしの息子は、どんな子ですか?」
「このわたくしに口答えするくらいには生意気よ。そのくせ騎士が傷つけば動揺して、召使いにも気を遣うような、甘ったれたところもあるわね」
「まあ、強くて優しい子なんですね」
「無知で愚かなだけでしょう」
アレクの生意気さを思い出して鼻を鳴らしたライラに、アイリスは小さく笑う。少し明るくなった表情を見て、気が向いたライラは視線を逸らしながら言ってやる。
「ただ……器用で賢明なところは、評価してやってもいいわ」
それを聞いたアイリスがどんな表情をしていたのか、ライラにはわからない。ただ静かに「そうですか」と言った後に、アイリスはこう続けた。
「その未来に、わたしはいないのですね」
「……そうよ」
誤魔化しなく答えてから目を向けると、アイリスは穏やかに微笑んでいた。
「それならライラ様のお役に立てるように、賢い息子に育てないといけませんね」
「まあ……なかなか見上げた心がけじゃない」
ライラが褒めてやると、アイリスは花がほころぶように笑った。
(アレクのお人好しは、この母親譲りなのね)
富、権力、美貌、知性……すべてを持っているライラは、他人を羨んだことなど一度もなかった。しかし今、この母親と十三年の時を過ごせたアレクのことを、ほんの少しだけ羨ましく思った。




