23 むしろ好都合だわ
目を開けた瞬間、見慣れた天井が目に入った。
やわらかく身体を受け止めているベッドの感触も、窓の外に広がる庭園の長閑な景色も、たっぷりと毛足の長い絨毯も……どれも、よく知っている――帝都の屋敷のもの、だが。
(……模様替えでもしたかしら?)
わずかに異なる家具の種類や配置、カーテンの色合いが目に留まる。
(いえ、それよりも……どうして、ここに?)
直前の記憶がよみがえって、強烈な違和感として襲ってくる。ライラは帝都の屋敷にいるはずがない。カイロス公爵領にあるアレクの生家を訪ねていたはずだ。
アレクの母の遺品――皇家の紋章が入った指輪を握った瞬間、ここにいた。
移動した理由はどう考えても、この指輪だろう。握っている指輪の感触を確かめつつ、ライラはベッドを降りる。ひとまずアレクに連絡を取るため、遣いを出すべきだろう。
(まずは、使用人ね)
部屋にベルが見当たらず、しかたなく廊下に出る。昼間にしては静まり返っている屋敷を妙に思いつつ進むと、少し先に使用人の姿を見つけて「ちょっと、おまえ」と声をかける。
使用人はライラを見た瞬間、目を見開いて「ひ、ひぃ!」と悲鳴を上げる。
「奥様の、幽霊が出たあぁあああぁ!!!」
大声を上げて逃げていく後姿を、ライラは唖然として見送るしかない。
「奥様……ですって?」
この屋敷でそう呼ばれる者は、ライラの母――アリシア以外にありえない。しかし使用人の入れ替わりが激しい公爵家で、アリシアの顔を知る者は古株の執事しかいないはずだ。
それなのに見覚えのない使用人がライラを見て「奥様」と言った。
母譲りの銀色の髪を見て、見間違えたのだろう。それは、つまり――あの使用人がアリシアを知っているということに他ならない。これらが意味することは、ひとつだけ。
(なるほど、過去に来たのね)
ライラの明晰なる頭脳は、すぐに正解をはじき出した。
恐らく時期は母が亡くなってまだ間もない頃。それならば屋敷の沈んだ空気にも納得できる。自身の部屋に違和感があったのも、十年以上も昔ならば当然のことだろう。
「これはむしろ好都合だわ」
誰に聞かせるでもなく口に出し、ニヤリと口の端を上げる。
足早に部屋へ戻ったライラは、宝石箱から目ぼしい宝飾品を掴み取る。これだけあれば、十分だろう。あとは、また見つかる前に屋敷を出るだけだ。本来はライラが忍ぶ必要など微塵もないが、対応が面倒なので人通りが少ない廊下を選んで外を目指す。
その途中で父の執務室の前を通ると、扉が薄く開いていた。
(おとう、さま……)
見えてしまった部屋の中では、父が壁にかかった肖像画を見つめて立ち尽くしている。かつて愛する母を失った父は、ライラが目に入らないほどの絶望の中にいた……きっと、今がその時なのだろう。
幼い頃に感じた無力感を思い出し、ライラは目を伏せる。
ライラには、父を救うことはできない――父を癒すことができるのは、時間という薬だけだ。それをよく知っているライラはそっと扉を閉めて、そのまま通り過ぎた。




