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22  泣いてるのか?


「アレク様! お待ちしておりました」


 公爵家の屋敷に戻ると、使用人たちが熱烈に出迎えてくれた。口々に「助かった」「救いの主」「頼りになる」などと言われては、言われなくても「なにかあったのだ」とわかる。


「……で、なにがあったの?」


 アレクが聞いてやると、歩み出てきた執事が沈痛な面持ちで「実は、公爵様が……」と言う。その先を聞いたアレクは力なくため息をついて、執事に「案内して」と頼んだ。


「ライラが、目を覚ましたんだ……」


 連れていかれた先にいたのは壁に向かって立ち、いじけている公爵だった。


「目を覚ましたなら、よかったじゃないですか」

「ライラが……『こんなおじさん、おとうさまじゃない!』と……」


 聞いていたとは言え、あの公爵が「おじさん……」と生気なくつぶやく姿を見ると、さすがに笑いがこみあげてくる。それをなんとか押し殺し、ゴホンと咳払いしたアレクは公爵に尋ねた。


「それで、肝心のライラはどこにいるんです?」

「『おかあさまのところへいく』と言うのでね……大神殿に行かせたよ」


 公爵は「今、顔を合わせる勇気がない」と嘆くので、アレクが大神殿までライラを迎えに行くことにする。代わりに励まし要員として置いていったピスティスは、縋るような目をしていたが……見なかったことにした。





 貴族たちの立派な邸宅がひしめく通りを抜け、帝都をしばらく進む。すると、街並みが途切れて森林が現れた。


 こんな場所が帝都にもあるのか、と窓の外を見ながら驚く。


「着きましたよ、アレク様」

「ああ、ありがとう」


 顔見知りの御者に礼を言って、馬車を降りる。そこには白い石造りの大きな建物が鎮座していた。全面に細かい細工が施されており、まるで一つの彫刻作品のようだった。


(これが、大神殿か……)


 この国は始皇帝を神として崇めていて、その血族たる皇帝の権威を保証している。故に皇族は死後、神の国に帰ったとして大神殿に祀られる……知識としてはアレクも知っていた。


 自分もいつか、ここに葬られるのだろうか。


 そう思うと急に、この美しい建物が冷たい牢獄のように感じられた。ライラには鼻で笑われるかもしれないが、気軽に誰かが来てくれる母の墓のような場所に眠る方がいい。


「カイロス公爵家におわす、アレク様ですね」


 声をかけられて振り向くと、白い装束を着た神官らしき人物が近づいてくるところだった。アレクが「はい」と頷くと、深々と頭を下げる。まるで、礼拝でもするように。


「皇帝陛下よりいつでもお通しするよう命じられております……どうぞ、こちらへ」


 神官に先導されて門を潜り、前庭を通り抜ける。大神殿の中に入ると、広い空間が広がっていた。神官に先導されていなければ、迷っていただろう。次々と人が吸い込まれる部屋をちらと覗けば、中では人々が熱心に祈りを捧げていた。


「ここより更に先になります」


 そうアレクに声をかけた神官は、どんどん奥に進んでいく。


 奥の突き当りに、ひときわ大きな扉が見えてくる。両脇にはまた別の神官が控えていて、こちらを認めた瞬間に深く頭を下げる。そして二人がかりで、その扉が開かれていく。


「ここより先は、おひとりで」


 その声に頷いて顔を向けた先は――真っ白い花畑だった。


 花の盛りは過ぎつつある時期なのに、白い花々は美しく咲き乱れている。抜けた天井から差し込む光に照らされた花畑には、点々と石の彫刻のようなものが置かれている。


(ライラは、いないな……もっと奥の方か?)


 足を進めるたびにサクサクと音を立てて倒れる花たちは、次の瞬間には元に戻って咲き誇っている。まるで常時“時逆の力”が使われているような、神秘の力の存在を感じさせる。


「ひ……っく……」


 風の音に混じってかすかな声が聞こえて、アレクは周囲を見回した。


 少し先にある石の彫刻のすぐ下……小さな影が、白い花の中にうずくまっている。その身体が小刻みに震えるのを見て、なにかあったのかと慌てて駆け寄って――ふと、気づく。


「……泣いてるのか?」


 少女は飛び上がるように大きく身を震わせて、ゆっくりと顔を上げる。


 潤んだすみれ色の目がまっすぐに、アレクへと向けられた。


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