21 神代の道具
「陛下がすぐにお会いになるそうです」
公爵が出した遣いは、驚くほど早く戻ってきた。
慌てて準備を整えたアレクは、馬車に飛び乗って皇城へ向かう。
(皇帝って、こんな簡単に会えるもんなのか……?)
ライラと一緒に待ち伏せしてまで皇帝に会ったのは、一体なんだったのだろう。そんな疑問に首を傾げているうちに皇城に着き、待ち構えていた侍従に案内されて部屋に通される。
そこは執務室らしき部屋だった。
重厚な執務机の上にはペンと紙が並び、部屋の両脇をずらりと書棚が囲む。手前には応接用のソファとローテーブルが置かれ、奥側のソファには皇帝が座っていた。
「よく来たな……アダマスも、久しいな」
皇帝に目を向けられたピスティスは「はっ!」と短い返事をして頭を下げる。その視線はまたアレクに戻り、「座りなさい」と正面の席を勧めてくる。
促されるままソファに腰かけると、目の前にはたくさんの茶菓子が置かれていた。
「好きな菓子はあるか?」
席に着くなり、皇帝が尋ねてくる。
もし「ある」と答えれば、口にしなければならないだろう。毒殺を防ぐために皇城ではなにも口にするな――ライラにそう言われたのを思い出して、視線を彷徨わせたアレクは首を振る。
「では、なにが好きだ?」
なんでそんなに菓子を食わせたがるんだよ!
と、叫びたいのを堪えてアレクは考える。もし用意できるようなものを言えば、この様子だと運ばれて来かねない。かと言って、下手に嘘をついて後でバレても面倒だ。
嘘にならず、用意できないもの……考えた末、浮かんできた答えを呟く。
「母さんがつくった、柑橘のケーキ」
思わず口に出してしまってから、自分で恥ずかしくなって頬が熱くなる。しかし皇帝は笑わず――それどころか、感極まったように息を詰めて「……そうか」と目を伏せた。
とてつもなく気まずい空気が流れた。
後ろで控えているピスティスも、居心地悪そうに身じろぎをしている。しかし質問されないなら、アレクにとっては好都合。本題に入ろうと、件の指輪をテーブルに置いた。
「こちらの指輪について、なにかお心当たりは?」
皇帝はテーブルに置かれた指輪に目をやり……目を見開いて、顔を上げる。
「これは、一体どこで?」
「母の遺品から出てきたのですが……これを手にしたライラが、三歳の頃の自分と入れ替わってしまって。陛下であれば指輪についてご存じではないかと……どうですか?」
皇帝は指輪を手に取って、確かめるようにあらゆる角度から見る。そして確信が持てたのか、指輪をアレクに差し出した。
「ごく幼い頃に目にしたことがある――国宝の指輪だ」
「こ、国宝!?」
そんなとんでもないもの、受け取りたくない。激しく首を振るアレクに皇帝は小さく笑い、手を伸ばしてアレクの手を掴み、指輪をしっかりと握らせた。
「どのような経緯があったかは知れないが、これは君のものだ」
「け、けど……俺が触っても、なんも起こらないし」
「この指輪は“皇家の力を強める”とされる神代の道具だが……その効果は、とうに失われたと思われていた。我々には及びもつかない、なにか特別な条件があるのかもしれないな」
皇室としても無用の長物となっていた代物、ということだろう。それならもらってもいいか……と納得したアレクは、恐々とポケットに指輪を入れた。
「それじゃあ……公爵にも、このことを知らせたいので」
「ああ、ライラが無事に戻ることを願っている」
皇帝の言葉に頷いて、席を立つ。そのまま背を向けたところで、後ろから声がした。
「頼ってくれて、ありがとう」
振り返って見ると、その人は穏やかに微笑んでいた。しかし表情にはどこか影があり、大帝国のもっとも高いところにいる人には、とても見えない。
「……こちらこそ、ありがとうございます」
丁寧に頭を下げて部屋を後にしたアレクは、廊下を歩きながら手を擦る。さっき掴まれた手の温かさが、まだ残っているような気がした。




